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冬の話  作者: ロボ
19/22

第十九話 逆転

 すこしずつ、高原達が近づいてくる。

 ゆっくり、ゆっくりと。

 まるで、僕をいたぶるかのように。

 いや、本当にそのつもりなんだろう。

 抵抗できない僕を、こいつら全員でいたぶる。

 いつだってそうだった。

 こいつらは、自分たちが絶対負けない状況でないと、ひとを殴ることもできない。

 いつも安全なところから、僕が苦しむのを見て喜んでいる。

 こんども、それと同じだと思っているんだろう。


 ちらりと時計を見る。九時半。

 「…おまえら、不思議に思わなかったか?」

 ゆっくりと、声を出す。

 「なにがだ?」

 佐久間が聞き返す。笑いを含んだ声。勝ち誇った声だ。

 「僕が、どうして二人でのこのことこんなところに来たのか。どうして、こんなひとけのないところにわざわざおまえらを呼び出したのか。おまえらがその気になったら、すぐに僕らは殺されてしまうのに」

 「さあな。そんなこと聞いたってしょうがない。どうせすぐにおまえは死ぬんだしな」

 「…そうかな?」

 精一杯自信ありげな声を出し、あたりをうかがう。

 左の壁際。こういった教室にはたいていついているものが、そこにもあった。

 できるだけさりげなく、手を伸ばす。

 高原が気づき、それを止めようと動く。だけど、僕の方が少しだけ早かった。

 僕の指が小さなボタンを押した。火災報知器のボタンを。


 けたたましいサイレンの音がしんとした校舎に響き渡った。

 「誰もあたりに来ないのなら、来るように呼べばいい。何も、警察を呼ぶ必要はないんだ。誰か大勢が来て、僕らの安全が保障されればそれでいい。

 …だから、おまえらをここに呼び出したんだ。この事件を証明したいのなら、普通は木田の殺された屋上に呼び出すと思うよ。けれど、屋上にこんなものはないしね」

 そういって、報知器をたたく。

「これで、もうすぐ消防士が来るだろう。すくなくとも、僕を殺すことはできなくなったな」

 たちまち、あたりは罵声でいっぱいになった。


 その中で冷静さを失っていなかった高原が、鼻で笑った。

 「証拠もないくせに、どうするつもりだ?」

 「証拠ならあるさ」軽くいった。

 「どういうことだ?」

 「いわれなくても説明するよ。そんなに難しいことじゃないけどね」

といって、制服の裾のポケットを探る。

 そこに携帯電話があった。小さな画鋲が突き刺さり、画面に大きなひびが入っている。

 もう、どんな風に使うこともできないだろう。

 …高原達への脅し以外には。


 「壊れてるじゃないか、その携帯?」

 「壊れてるんじゃない、壊したんだよ。有坂さんに切ったテープを見せられたときにね」

 「だから、どうしたんだ?」

 「家にもう一つ携帯が転がってて、レコーダーにつないである、っていったら?」


 さっきよりも、もっとすさまじい罵声。

 「悪いね、証拠がたったひとつじゃ不安で」

 「おまえ、じゃあ、最初から…」

 「そう簡単に手の内なんか見せないよ。もちろん、録音もしてある。ああ、それから、聞くだけのことはもう聞こえてるはずだから。たぶん、有坂さんがテープを切ったすぐあとまでだ」

 「だからおまえ、あそこで拳なんか握って…」

唐沢がうめいた。

 「有坂さんに何か起こったのは、すぐにわかったから。できるなら、有坂さんを巻き込みたくはなかったし」

 声もなくうめく高原達。


 「状況が悪くなったらすぐに逃げる。どんな些細な兆候でも、決して見逃さない。…おまえらが教えてくれたようなもんだ。おまえらの足音だけ、耳を澄まして聞く生活が何年も続けばな。実際、危なかったよ。いつ気づくかと思ってひやひやしてたんだ」

 勝ち誇った響きが僕の声に混ざるのがわかった。

 「よかったよ、おまえらが単純で。ひとつ仕掛けをしただけで満足するなんてね」

 うなだれる高原たち。

 「なんで、わざわざ呼び出したんだ?」

 「わからないところを、おまえらの口からしゃべってもらう必要があったからな。だから、おまえらが優位に立てるような場所に、わざと呼び出した。油断して、何かしゃべってくれないかと思ってね。おまえら、面白いくらいに踊ってくれたよ。正直、感謝したいくらいだ。

 それから、もう一つ。個人的な理由だけど…」

にっこりと笑っていう。

 「一度、勝てる喧嘩をしてみたかったんだ。絶対に勝てる喧嘩。おまえらがいつもやってるみたいな、ね」



 それから僕は、ゆっくりと有坂の方に向き直った。

 勝ち誇った気分は一瞬だった。

 こんなことをしても、有坂がこの計画を立てたことには変わりない。

 僕は、結局有坂を助けることはできなかったんだ。


 「有坂、前にいったよね。僕は結局、人を信じることができないんだって。

 そうかもしれない。有坂を信じて、この計画を全部うち明けた方がよかったかもしれない。

でも…」

 言葉が続かない。僕のいっているのは、結局いいわけにすぎないことが、わかっているから。

 「本当に信用できなかったのは自分だよ。どうしても、僕がこれをやってのけられるなんて思えなかったから。だから、僕がどんな失敗をしてもいいように予備の手段を作っておいたんだ」

 うつむいている有坂に、淡々と語る。

 「できれば、使いたくなかったよ、こんなもの。有坂が持っていたテープだけで、どうにかできると思ってたし。

 けれど…

 絶対に勝ちたかった。有坂が、僕がどうなってしまっても、絶対に勝ち抜ける証拠がほしかった。

 …まさか、こんなことになるなんて、思ってもいなかったから」


 「ひょっとして、これが一番の失敗だったかもしれないけど。ひょっとしたら、このまま僕が殺されていた方が、有坂にとってはよかったかもしれなかったけど。

 でも、殺されてやることはできない。まして、その後で有坂がどうなるかわからないのなら。

 …うそだな。

 結局、僕は死にたくない。有坂の安全は、その次だ。有坂のことはできる限り守ってやりたいけど、僕の命と引き替えにはできない」

 有坂は、無表情に僕の話を聞いている。

 「ごめん、有坂…」

 謝ること以外、僕にはなにもできない。すくなくとも、いまは。それ以外になにを言っても、発した言葉は空回りして床に落ちるだけのような気がしたから。



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