第十八話 絶望
「…どうして、」
そんな、と聞こうとして、あることに気づく。
これまでの事件で、一番動機のあるもの。
秋川と木田を殺す、もっとも強い動機があるのは…
僕と、有坂。
でも、彼らの計画では、僕と有坂は、事件が終わったあと攻撃するためのスケープゴートだったはず。だから、有坂を殺しそのものに参加させることはできなかったはずだ。
じゃあ、どうして?どうして有坂が、向こう側に?
制服の裾を血管が浮き出るほど握りしめながら、僕は自分の失敗を悔いていた。
「どうした、拳なんか握って?」
佐久間のあざけるような声がした。
「俺達を捕まえるんじゃなかったのか?」
舌なめずりをするような、唐沢の声。僕は耳をふさぎたくなった。僕が負けたことを示す、その声から。
「どうして、有坂が、そっちに…」
そういってはいるものの、僕はもうすでに真相が分かっていた。
はめられたんだ、こいつらに。
「ごめんなさい」
有坂の声。今にも泣きそうな…いや、泣きそうに聞こえる声。
その声が、僕への謝罪を装って聞こえてくる。
「この計画を立てたのは、私だったの!」
ずっと、気にかかっていたこと。
木田殺しと秋川殺し、交換の話を誰が持ち出したのか。誰が中心になってこの計画を立てたのか。
有坂のアリバイは、聞けなかった。聞けば、あの日にたどり着くから。
「この計画は、前から立ててたの」
押さえたような声で、有坂が話し出す。
「あの日。屋上の鍵を取られた日。あのとき、気がついたの。
…いまなら、あの計画が実行に移せる。
鍵をとられたのは偶然。でも、それが最後の決め手になることに気が付いた。
だから、黒川君のアリバイを作ろうと思ったの。黒川君が疑われることのないように」
…そうか。
それで、彼女はあのチケットを持っていたんだ。それで僕のアリバイを作るつもりだったんだ。
遊園地のそばの店にでも僕を呼びだしてから、都合が悪くなったと有坂が連絡をすればいい。それだけで、僕のアリバイはできる。
「でも、あのとき、黒川君にさよならを言われて。
どうして、あんなことになったのか、わからなかった。黒川君が、私を見捨てたと思ったの。
だから、黒川君を置いて、計画を進めることにしたの」
有坂は、僕が事件に巻き込まれないように、できる限りのことをしようとしていた。
しかし僕は、有坂のさしのべた手を振り払ってしまった。あのとき、僕が犯人に仕立て上げられる状況ができた。
何のことはない、最初から僕は僕の手で自分を罠に引きずり込んでいたのだ。
うなだれる僕の前で、有坂の告白は続く。
「計画はできていたから。あの後は簡単だった。里中さん達に計画を話して。黒川君の葬式を、木田君に持ちかけて。学校に忍び込んで早いうちに準備しておいたほうがいいって言って、遺書を書かせて花を買わせて。そこから先は知らないけれど」
有坂が、いいにくそうにして、言葉を切った。
「でも、黒川君がどうしてあんなことをしたのか、どうしても気になって。それで、あの公園に行ったの」
有坂は、熱に浮かされたかのように話し続ける。
「黒川君がどんなことを考えてたかわかったときには、もうどうしようもなくなってた。
木田君はもう殺されたあとで、私はただ計画を進めるしかなかった。私は捕まりたくなんかなかったから」
「もういいよ、有坂さん…」
僕の制止の声も、有坂には届かない。
「私は、自分が助かるために、黒川君を…」
最後の方は言葉にならなかった。
ひどく重苦しい気分だった。
どうして気づかなかったんだろう。気づこうと思えば、気づけたはずなのに。
「…それで、僕をスケープゴートにしようとしたわけ?」
「違う!」
激しく首を振る有坂。
「そんなことは全然考えてなかった。私が考えたのは、木田君と秋川さんの交換殺人と、それを自殺に見せかけることだけ。木田君の遺書についても、私。その方が木田君の自殺に信憑性が出るから。でも、それだけ。
甘かった。私と黒川君をスケープゴートにするなんて、考えてもなかった。木田君と秋川さんを何とかすれば、いじめは収まると思ってた。とくに私は、この計画に加わってたから。まさか、わたしを犯行からはずして、そのことでいじめるとは思ってもなかった。
最初におかしいと思ったのは、木田君が殺されたとき。私はずっと家にいた。私には、何の連絡もなかった。
本当におかしいと思ったのは、秋川さんが殺されたとき。わざわざ電話で私を呼び出そうとしたとき。わたしには、アリバイがなければならないはずなのに。
次の日の学校で、それがどういうことなのかわかった。わたしが、スケープゴートにされたことがわかった。黒川君と一緒に。
だって、里中さん達が計画に沿って二人を殺した証拠なんてないから。犯行に参加させないということは、共犯じゃないってこと。グループの中には、永遠に入れてもらえないってこと。
他のみんなが口裏を合わせれば、私は簡単にスケープゴートになる。だから、木田君を殺したときに、私は呼ばれなかった。当然、アリバイもない。…里中さん達は、好きなだけ私をいじめることができる」
…そうか。有坂は計画を立てていたわけだから、警察に里中達を告発することもできない。
それでいて、本当に人を殺しているわけではない、つまり里中達と行動をともにしていないから、スケープゴートにされる。
あの日有坂があんなに取り乱したのは、自分がこの計画からはずされたことを知ったから。自分が結局捨て駒にすぎず、何かの時には責任を押しつけられることがわかったから。
だからあの日から、有坂の様子はだんだんとおかしくなっていった。それでも木田殺しを計画したという弱みを握られていた彼女は、宮野たちのシナリオのまま進んで行くしかなかったのだ。
「おまえがなにをするかってことは、もう昨日にはわかってたんだ。こいつが教えてくれたからな。おまえは、不思議に思わなかったか?たったあれだけの呼び出しで、俺達みんながここにのこのことでてきたこと。おまえを笑いものにするために、わざわざみんなここまででてきたんだ。予想通りに踊ってくれて、おまけにこの事件の罪までかぶってくださるんだ。よかったな、おまえみたいなやつでも、使い道があって」
得意げに高原がいう。
彼らがなにをするかはわかっていた。たぶん僕は木田と同じ運命をたどることになるだろう。
けれど僕の心には、有坂のことしかなかった。
考えてみれば、最近の有坂の様子はおかしかった。けれど僕はそれに気づかず、自分の考えを追っかけるのに夢中で…
また、有坂を守れなかった。
手のひらから血のでそうなほど硬く拳を握りしめる。
「さあ、おしゃべりはここまでにして」
里中の声で、出口にいる僕をあいつらが取り囲んだ。
「あまり自殺ばかり続くと怪しまれるぞ」
有坂に言ったことを、もう一度繰り返す。
「そのときはうわさを大々的に流すわよ。あんたがあの二人を殺したってうわさをね。動機は十分だし、アリバイもないしね」
「…そうか、だから僕にアリバイを作らなかったのか。何かあったときに、罪を着せられるように」
「そういうこと。正直、ここまであんたができるとは思わなかったから、私は作らなくてもいいっていったんだけど」
「…ほめられたと思っておくよ」
「ほめてるわよ。ここまで無駄な努力ができるなんて」
そういって、里中が笑う。
「どうせなら、これを書いてもらおうか」
そう言って高原がふところから何かを取り出した。
白い紙。木田の遺書と同じ紙だ。
「無理やり書かせるのか」
「言葉が悪いぞ。死の直前に悔い改めたに決まってるだろうが」
唐沢の言葉に、皆が笑った。僕と有坂以外の皆が。