第十七話 犯人
八時。僕は有坂と一緒に学校へと向かっていた。
すでに校舎に明かりはない。それでも用心してあたりを見渡し、一回の教室の窓から部屋へと入る。理科準備室の前に立ち、ひとつしかない入り口のドアを開けた。
窓もない部屋だ。暗闇の中に、ぼんやりと人の姿が見える。
高原、唐沢、佐久間、宮野、岸、里中。
もともと狭い部屋だ。僕たちが入ると、ちょうどいっぱいになった。
「どういうつもりだ、こんなところに呼び出して」
高原が、押し殺した声で言った。
「わからないか?」
「わかるわけないだろう。おまえが、木田と秋川の自殺について話したいことがあるって言うから来たんだ。こんなところに呼び出さなくても、おまえが警察に自首すれば済むことじゃないか」
あたりで、いくつかうなずく気配があった。
「来たんだな」
「なに?」
「たったあれだけの呼び出しで、よく出てくる気になったよな。僕だったら、無視するけど」
沈黙。ややあって、さっきよりも大きな怒声が聞こえてきた。
「おまえが呼び出したんじゃないか!」
「まあね。じゃあ、さっさと始めようか」
相手の反応を無視して、続ける。
「今度の事件の謎は、どうして木田が死んだのかってことにつながってくる。その動機さえわかれば、木田の自殺が証明できた訳なんだけど…」
ここでいったん言葉を切り、続ける。
「死ぬ動機の代わりに、こんなものが見つかった」
そういって、あの木田の「遺書」をとりだす。
「これが木田の塾で見つかった時点で、木田の自殺はなくなった。木田が死んだのは、自殺なんかじゃない。木田は、殺されたんだ」
じゃなきゃ、どうして遺書の名前が僕の名前になってたんだ。自殺なら、普通名前には自分の名前を書くだろう。そもそも、塾の授業中に書くはずもない。ましてや、書き損じを机の中に入れっぱなしにするなんて、そんなことは絶対にない。
じゃあ、誰に?誰に殺された?
その名前はもうわかっていた。とうの昔に、気づいていなければならなかった名前だった。
「新聞やニュースでいってた遺書とこれは、全く変わらないものだ。そうすると…僕に罪をかぶせそうな人で、木田を殺して得をするものは」
僕はぐるりとあたりを見渡した。
「ここにいる人たちしかいないよ」
沈黙を続ける回りに違和感を感じながら、僕は続ける。
「おかしいとは思ってたんだ。普通、友達が死んで、しかも彼にいじめられてた人間を疑ってるなんて時は、もう少しおびえたり逆上したりするはずだとおもうんだけど。それが全然ない。
だから、少なくとも僕が事件とは関わりがないことを、おまえらは知ってたってことになる。それも、確信を持って。そんなことができるのは誰か?一番可能性が高いのは、犯人だろうね。そう考えれば、すべてにつじつまが合う」
「木田が死んだ日。おまえらが木田と下校したとき、途中で花屋によって、花を買った。なんのためか、ずっと不思議に思ってたんだ。…これをみつけるまでは」
そういって、遺書をふる。
「僕の葬式を出すためだったんだな」
昔、葬式ごっこというものがあったそうだ。もう十何年も前の話だ。一人の犠牲者の机に花が飾られ、教師まで混じって弔辞が捧げられた。あれと同じだとしたら?
葬式ごっこというかたちをとるためにこそ、ああいう書き方をしたんだ。あれだったら、死ぬのが誰でも使い回すことができるから。本当は、あれは僕の遺書だったはずだ。その遺書を作らせるために、そしてそれをあいつに書かせるために、葬式ごっこを仕組んだんだ。
たぶん高原たちは、木田に向かってこういったのだろう。「黒川の葬式を出してやろう」と。そして頼んだにちがいない。「あいつの遺書を書いてくれ」と。木田は字がうまかったし、リーダーだったから、喜んで引き受けたのだろう。
そして遺書を偽造させ、自殺の状況を作り上げた。
ごちゃごちゃと書き込みがしてあることからも、これは練習用紙だ。おそらく、僕にダメージを与えるために、できるだけ凝った文を考えようとしたのだろう。途中であきらめたみたいだけど。
「そういう風に、おまえらは木田に説明したはずだ。その後、あいつは家へ帰り、塾へと向かう。塾からあいつは家へと帰らなかった。まっすぐ学校へと向かったんだ。そして屋上で、木田は突き落とされ、死んだ」
「…秋川の自殺についてはどうなんだ?」
「それは木田よりもずいぶんと簡単だった。あの二、三日前から秋川の様子はおかしかったしね。それを知ってたおまえらは、有坂と僕を呼びだしていじめることを提案したんだ。秋川はそれに飛びついた。
そして秋川を信用させるため、それから僕らに『自殺』の設定を信じやすくするために、彼女に僕らを呼び出させた。まさか断られるとは思ってなかったろうけど、どうせ僕らが出てきてもどこかで足止めを食ったはずだよ。あとは頃合いを見計らって突き落とせばいいだけだ」
淡々と、僕は続ける。
「秋川の妊娠をおまえらが知ってたかどうかは知らない。たぶん知らなかったんじゃないかとは思うけど、別に知らなくても問題はない。秋川の自殺の理由については、木田の後追いで簡単に説明が付く。遺書なんか無くても、秋川と一番親しかったおまえらが『秋川の様子がおかしかった』と噂を流し、警察に証言するだけで、かんたんに自殺としてけりが付く」
「まあ、よくそんなことを考えたな。想像力だけはほめてやるけれど。それで、おれたちが木田を殺したとして、どんな理由で殺したんだ?一応聞くだけは聞いてやろう」
唐沢の声。
「理由は…」
前に、ふいに心のなかにひらめいた言葉。
「恐怖」
「恐怖?」
「ああ。それぐらいしか、理由が思い浮かばない。最近僕があまりいじめられなくなってきてたことと関係があるんだと思う。階段下の部屋で佐久間がなにをされてたかということとね。
いじめる相手が、移ってきたんだろう?ずっと僕だったのが、佐久間になった。次は唐沢かもしれないし、高原かもしれない。…でも、木田だけはない。あいつは、このグループの、本当に中心だからな。同じことは秋川達にもいえる。ただ、秋川達はいじめの相手が移ったなんてことはないみたいだ。…木田達の現状を見て、怖くなったんだろう。そして同じくリーダーを殺すことで、グループから誰も抜け出せなくなるようにしたんだ…」
高原が、あきれたように首を振った。
「もしおまえがいったのが正しいとして、あの事件の前日におまえはやられてるんだぞ。
いじめる相手がまたおまえになったってことじゃないか」
「いつまで続く?」僕は、短くかえした。
「一度対象が移った以上、これからはいつでもいじめる相手が変わるって可能性があるわけだ。あの日僕にいじめる相手が変わったってことは、おまえらのアリバイを補強する役目しか果たしてないと思う。さしあたり僕にターゲットが移っただけじゃ、おまえらが木田を殺すのを思いとどまる理由にはならなかったってこと」
「おまえ、ばかか?」
唐沢があきれた声で言った。
「木田が殺された時間、俺達はみんな他の場所にいたんだぞ?」
「知ってるよ。秋川が殺されたときも、里中達は別の場所にいたんだよな?」
僕の声に、彼女たちが頷く。
「じゃ、木田が殺されたとき、里中達はどこにいた?」
また沈黙が降りた。
「聞いたよ。電話かけまくってさ。みんなあの日は夜遅くまで帰ってこなかったんだって?高原達も。秋川が死んだ日は、夜遅くまで外で友達と遊んでたって」
「それがどうしたっていうんだ?」
高原の声は落ち着いたままだ。ここまできても、まだ動揺していないのは、立派なのかどうか。
「そのときおまえらはどこにいたんだ?」
答えは返ってこない。
「じゃあ、言うよ。想像だけど、たぶんそんなに間違ってはいないはずだ。木田を呼びだしたのは、宮野たちだね?なんて言って呼び出したか知らないけど。木田を殺したのも、もちろん宮野たちだ。
そしてそのとき高原達は、全員外に出てた。夜の十時に、中学生が、全員目立つようなところにいた。もちろん、アリバイを作るためにね。
そして秋川の時は、それと逆。高原達が秋川を呼び出し、殺す。そして宮野たちは必死にアリバイを作ってたんだ」
佐久間が、あきれたように首を振った。
「俺達よりおまえの方がよほど強い動機があるはずだぞ?警察が見落としただけで、実はおまえのものがあのそばに転がってるかもしれないし」
「転がってはいるだろうね。ない方がおかしいよ。僕らがあそこに出入りしてたことぐらいは警察にもわかるだろう」
「だったら…」
「だから、僕らから屋上の鍵を取り上げたんだろ?」
「どういうことだ?」
「だって、わざわざあんなことまでして遺書を作ったのは、木田を自殺に見せかけるためだろ?僕らがあそこに自由に出入りできる状況だったなら、他殺の線が出てくる。そうすると警察は本腰を入れて調べるだろうから、もしかしておまえらにまで捜査の手が伸びるかもしれない。それを避けるためには、なるべく他殺を示唆するものを減らさなければならない。ひょっとしたら、僕たちのアリバイも必要なくらいなんじゃないか?
だから、僕らから屋上の鍵を取り上げた。これで僕らが屋上に入ることはできなくなる。木田を殺すこともできなくなる。
木田を殺すことができるのはおまえらだけになるけど、おまえらにはちゃんとしたアリバイがある。こうなれば、木田を殺すことができるものは存在しない。木田は自殺ということになる。
その上で、僕たちが木田殺しの犯人だという噂を流す。警察に悟られない程度に、ひそかにね。そしてその噂を使って、僕たちをいじめ続ける。そのことで、木田を殺した事実とともに、グループをまとめていこうとしたんだ。スケープゴートを…半永久的なスケープゴートを作ることで」
誰も、なにもしゃべらない。夜の学校は静寂そのもので、ときたま走る車の音だけがあたりに人がいることを示していた。
「証拠はどこにある?」
薄い笑みを浮かべたまま、佐久間がいった。
「そう、証拠がなかった。状況証拠だけだ。木田が花を買ったのも、里中達がその日の九時からいなくなってたのも、みんな状況証拠。
…ただ、秋川が死んだ日に、宮野達が有坂に言ったこと。あれだけは、ちょっとまずかった」
宮野たちが緊張するのがわかった。
「どうして秋川が死んだときの電話の内容を、おまえらが知ってるんだ?僕らのところに警察が来たのはあの葬式の後だったんだぞ。それに、警察からあの電話についての質問もなかった。おまえらが知ってるんだったら、絶対警察に言ったはずだ。その方がおまえらに有利になるからな。それを言わなかった。
わからないのは、おまえらがなんでそれを有坂にいったのかということ。あれだけ用意周到なおまえらが、なんでそこでだけ答えを漏らしたのか…」
ぴぴっ、ぴぴっ。
時計から流れる電子音が、耳障りに九時を告げた。
ふいに、高原が笑い声をあげた。
「それで勝ったつもりか?今ここでおまえを黙らせれば、証拠をすべて消すことができるんだぜ?」
「僕がそんなことも考えずにおまえらを呼び出したとでも思ってたのか?心配してもらわなくても大丈夫だよ。ちゃんと手は打ってあるさ。なあ、有坂…」
僕の声はそこでとぎれた。
有坂の手には、真ん中あたりでテープを切られたカセットが乗っていた。