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冬の話  作者: ロボ
16/22

第十六話 解答

 放課後、ちょっとだけ寄り道をした。

 繁華街の片隅にある小さな塾。木田の通っていた塾だ。

 チャイムを押すと、五十歳くらいの体格のよい男性が出てきた。

 「塾の見学をしたいってのは、君かい?」

 見も知らない子供が押し掛けてきて、いきなり木田の様子なんか聞いたら、相手にされないことは目に見えている。

 だから、ちょっと搦め手を使うことにしたのだ。

「はい、そうです」

 少しだけ良心がうずいたが、無視することにした。


 塾についての説明を受けながら、辺りを見回す。

 窓際、前から二番目の机の上に、菊の花をいけた花瓶が飾ってあった。

 「あの花瓶は何ですか?」

そう尋ねると、彼は顔を曇らせた。

 「ああ、それは、この塾に通っていた子が自殺しちゃってね。喪中の間だけでも飾っておこうかと思って」

 新入生が見学に来るなんてときは、普通はそういったものは隠したりすると思うのだが、ここはちゃんと花瓶を置いたままにして死者を悼んでいる。

 ここの塾長の人柄がわかるような気がした。


 まあ、どちらにせよこちらには好都合だ。

 「あの子はいつも座る場所が決まっていたから、その場所に飾っておこうと思って」

 塾の先生の声を聞きながら、そのあたりを見て回る。

 机の中を見たのは、本当に何気なくだった。 


 「あれ、なにかありますよ」

 僕の声に、先生は驚いたようだった。

 机の中に、白い紙が転がっていたのだ。

 その紙を引き出す。

 クラスの中に、驚愕が声もなく広がったのがわかった。

 それは、白い半紙に筆ペンで書かれていた。その紙には、新聞で見たのと同じ内容。

 遺書だった。たぶん下書きだったのだろう、くしゃくしゃに丸めてはあったが、紛れもなく木田の字だった。

 そして、文の最後に目をやったとき。

 「!?」

 そこには、紛れもない僕の名前が、しっかりと書き込んであったのだ。


 その後は大変だった。警察まで呼ばれかかったが、何とか思いとどまってもらった。塾のコピー機でコピーをとらせてもらうと、僕は退散することにした。


 家に帰ってから、あの遺書を広げてみた。

 何度見返してみても、それはやっぱり僕の名前だった。

 でも、筆跡は僕じゃない。きれいに整った字。木田の字だ。

 これはたぶん、木田が実際に使った遺書と同じものだろう。それはわかる。

 けれど、何で僕の名前が書いてあるんだろうか?

 ふいに、思い出したこと。何かの本で読んだ、十年以上も昔の事件。

 確か本棚に今でも置いてあったはずだ。


 僕はその本を取りだし…そして、すべてがわかった。

 この事件が、どのようにして起こったか。誰が犯人で、どのようにして殺したか。

 そのとき、自分でも理解できないほど凶暴な感情が鎌首をもたげた。

 我慢できなかった。こんなことを考えついたやつらを死ぬほど後悔させてやりたかった。

 はいつくばらせてやる。生まれてきたことを後悔するくらい、完膚無きまでに叩きのめす。僕を甘く見ていたことを、思い知らせてやる。

 

 これでこの事件は解決した。と、そのとき僕は考えていた。




 後から考えると、このときの答えは七十五点、といったところだと思う。まあ、悪くはないだろう。

 ただ、いくらいい点を取ったとしても、合格点に届かない限り全く意味はない。

 このときの答えに、本当に意味はあったのだろうか。

 あのときから、それが頭についたまま離れない。





 事件のおおよそがわかったにしても、まだ推論にすぎないところが多すぎる。それを明らかにするためには、仕掛けが必要だった。

絶対に僕が勝つための仕掛けが。

 そのためにも、そしてなによりもあいつを自由にするために、僕は有坂に真っ先に電話をかけた。


 「有坂さん…」

 電話で告げる声が、ふるえるのがわかる。

 「わかったよ、全部、わかった…」

「どういうこと?」

 僕は、塾で見つかった遺書について有坂に話した。僕の推論についてもはなした。

そして、言った。

 「今日の午後八時、理科準備室に来てほしい。この事件がどんな終わり方をしたのか、有坂さんには見る権利があると思う。できれば、手伝ってほしい」

 「どうすればいいの?」

 「あいつらとのやりとりをテープに撮っておきたい。カセットはこっちで用意するから、あいつらに見つからないように持っててくれないかな?」

 「うん、わかった」

 「それから、その前に迎えに行くよ。いろいろ打ち合わせもあるから、七時に有坂さんの家に」

「六時にしてくれない?なるべく時間があった方がいいでしょ?」

「わかった」

「これで…終わるの?」

 おずおずと、有坂が尋ねる。

「うん。これで、全部終わる。もう大丈夫だと思う。やり方さえ間違わなければね」

「…わかった」

 短くそれだけ言って、電話は切れた。


 そのあとも、僕は何本か電話をかけた。「今日の八時に理科準備室に来てくれ」と。

 関係者の呼び出しが終わると、僕は繁華街へと出かけ、また何人かと話した。

 絶対に負けない準備をするために。

 準備が終わると、僕は有坂の家へと向かった。


 六時。僕は有坂の家の前に立っていた。ベルを押すと、中から有坂が顔を出した。緊張した面もちだ。

 「おじゃまします」

 あいさつをして、部屋の中にあがる。

 僕は自分の推理をあらかじめ有坂に話すことにした。


 僕の推理を聞いたあと、有坂はしばらく言葉を発しなかった。

 「呼び出した後に、殺されるってことはないの?」

 「まずないと思う。何回も続けて殺すのはリスクが大きすぎる。僕ならやらないな。特に今回は、自殺に必死になって見せかけてるしね。この状態で殺しにはあまり持ち込みたくないはずだ。まず僕の持っている情報を知ろうとするはず。…そこでテープが必要になるんだ。あれで警察に情報を流す」

 「それで、カセットはどこにあるの?」

 ポケットから小型のテープレコーダーを取り出す。

 「これを持っててくれないかな?もちろん、犯人にばれないようにね。これで録音して、動かぬ証拠をつかんでやる」

 「何かあったときはどうすればいいの?」

 「合図をするから、そしたらテープを止めて。もちろん、これはまずいと思ったら自分でテープを止めてもらっていい」

 「わかった」

 有坂が頷く。


 「それにしても」

 ふいに、有坂が言った。

 「どうして黒川君は、私も連れていくの?黒川君一人でやった方が、ずっとよくない?」

 多少硬い表情。

 「有坂が、悪い夢にうなされないように」

 「どういうこと?」

 「うーん、うまくいえないんだけど…」

 考えながら、言葉を探す。

 「この事件はさ、僕だけが被害者なんじゃない。有坂さんもひどい目に遭ってるから。

 だから、有坂さんにも手伝ってもらうんだ。この事件に幕を引くのは、僕もそうだけど、有坂さんが自分自身でやるべきだと思うから。自分自身で決着をつけないと、たぶん一生負けを引きずらなくちゃいけないと思うから」

 あの記者が言ってたこと。

 「特別」という優越感を持ったまま、ただ泣いて、待っているだけ。

 そんなのは、もういやだったから。

 「ここで決着をつけたい。僕も有坂も、一生逃げ続けることのないように」


 僕の答えに、有坂は顔をゆがめた。泣きそうな顔になる。

 急に、有坂が僕に抱きついた。

 「どうしたの?」

 聞いても、首を振るばかりだ。

 「ごめん…ちょっとだけ、このままでいさせて…」

 弱々しい声で、有坂は言う。

 何か事情はあるのだろうが、聞くことはできなかった。

 代わりに、ただ抱きしめた。

 有坂が落ち着くまで、ずっとそうしていた。



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