第十五話 予兆
次の日の昼休み。僕は校舎裏で人を待っていた。
校舎裏の空き地。あいつらに何度も呼び出された場所だ。
そのときは、ただからだを縮こまらせて、嵐が去るのを待つしかなかった。
そのときとは立場が違う。今は人を呼び出して、じっくり話を聞くだけのこと。余裕はあるはずなのに、心は晴れない。その時よりもずっと、大きなものがかかっているから。
やがてむこうから、どことなくおどおどとした様子の男子がやってきた。僕が呼び出した一年生らしい。
長谷部から聞いた名前を頼りに、何人かに当たって聞きだした名前。
「浜中君…だっけ?」
声をかけると、その男子はびくっと体をふるわせた。
「いや、そんな緊張しなくてもいいから。ちょっと聞きたいことがあるだけで」
「な、何の用ですか?」
「おとつい、二年生の女の子が自殺したのは知ってるよね」
「…ええ」
「そのとき、彼女が病院に通ってたっていう噂について、よかったら、きかせてくれないかな?」
「いや、知らないですよ、そんなこと」
そう言ってはいるものの、彼の目の奥が輝いたのを僕は見逃さなかった。
「君が最初に噂を流したってことはわかってるよ。だいじょうぶ、誰にも君から聞いたことはばらさないから」
「本当ですか?」
もともとしゃべりたくてうずうずしていたのだろう、僕がうなずいたあと彼は得意げに話し始めた。
「僕は倉田病院の前に住んでるんですよ」
倉田病院とは、このあたりで古くからやっている産婦人科の名前だ。
「ちょうど、四日ぐらい前かなあ。僕が家の玄関の前まできたときに、うちの制服の女の子が病院から出てくるのに出くわして。その人はすぐに顔を伏せて逃げてったんですけど、顔はバッチリ見ましたし。で、誰なんだろうと思ってたら、二日後くらいに自殺しちゃったじゃないですか。もう僕びっくりしちゃって、すぐに刑事さんにいったんですよ。『あのひと、病院の前で見ました』って。刑事さんも驚いたみたいで、いろいろと聞かれました。ほんとにもう、なんかドラマみたいで…」
興奮してしゃべり続ける浜中。舌打ちしたい気分をこらえて、聞きたかったことを聞いてみる。
「それ、本当に自殺した女の子だったの?」
その質問に、浜中は気分を害したようだ。
「ほんとですよ!顔はバッチリ見ました。間違いようがないですよ!」
「わかった」
それ以上異議は挟まず、次の質問に移る。
「それ、いつ頃みんなに話したんだ?」
この問いに、浜中はきっぱりと答えた。
「死んだ人の写真をニュースで見てからだから、おとつい…葬式のすぐ前ですね」
「ありがとう。だいぶわかったよ」
そういって、質問をうち切る。
まだ話したそうな浜中を無視して、足早に校舎へと向かった。
「どうだった?」
校舎の端から有坂が顔をのぞかせた。
「あの噂、やっぱり本当だったみたいだね。病院にも警察にも聞けないから、噂の出所を当たってみたんだけど。彼の話を聞いてから警察が動きを止めたわけだし、本当だと思ってもいいんじゃないか?」
「そっか…」
「有坂さんたちは、知らなかったの?」
「…私は知らなかったけど。宮野さんたちはどうかわかんない」少し硬い声で、有坂が言った。
「うーん…」
これだけでは、正直言ってわからない。
「ね、これからどうするの?」有坂が、ふいに聞いてきた。
「とりあえず、木田の通ってた塾へ行こうと思う。あいつが死ぬ前、最後にいた場所だし。もう他にめぼしいところは残ってないしね。何か新しいことがわかるかもしれない」
「なかなかうまくいかないね…」
「そうかな?だいぶいろんなことがわかったと思うよ。ただ、それが上手く結びつかないだけでね」
そのとき。
「おい、もうすぐ授業だぞ」
学年主任の小平だ。
慌てて教室に戻ろうとする僕たちに、彼はあきれたように言った。
「おまえたち、いつもここにいるな。今日は高原達はどうしたんだ?」
「えっ?」なんのことかわからず、聞き返す。
「あれ?おまえ、いつもあそこにいなかったか?」
そう言って彼は階段の下の小部屋を指さした。
「いや、知らないですけど…」
このあたりは、教室に行くにも体育館や特別教室に行くにも通らない場所だから、ふだんからあまり人が来ない。もちろん僕も、ほとんど来たことなんかない。
「そういえば、あそこでおまえを見たことはなかったかな。…知らないのか?」
「なにがです?」
「木田達が、よくこの教室の中で集まってたんだよ」
知らない。
「それ、だいたいいつごろからかわかりますか?」
「ちょうど一ヶ月ぐらい前からかな。別に悪いことをしてたわけでもなさそうだったから、ほおっておいたんだけれども」
最後の言葉は、割引いて考えることにしよう。あいつらが、先生の目に付くようなときに悪さをするはずもないから。
この部屋の前を通るやつというと…
あんまり人通りのないところだ。通るのは、この先の体育倉庫に用事のあるやつぐらい。とすると…
「有坂さん。各クラスの体育委員の表とか、どこにあるか知ってる?」
三人目で手応えがあった。二年五組の体育委員は、ちょうど五時間目に体育の授業がある関係で、昼休みによくここを通るという。その彼の口から、こんな言葉が飛び出したのだ。
「ああ、この間死んだ子のことか?よく覚えてるよ」
「どんな様子だった?」
「ひどかったよ」
彼はそういうと、顔をしかめた。
「一番弱そうな子を、みんなでよってたかっていじめてさ。ほら、なんだかひょろひょろの子」
佐久間だな。
「パシリもよくさせられてたしな」
「小平先生は特にひどいことはなかったっていってたけど」
「あの人は悪い人じゃないけど、みたいものだけ見るから」
納得した僕は、礼を言って別れた。