第十四話 デート
葬式の後、僕は有坂を帰して、木田の家へと行くことにした。
「私も行った方がいい?」
「いや。僕が木田に借りてたものを返してもらうんだから、有坂さんとは関係ないし。だから、いいよ。何かあったら連絡するから」
「気をつけてね」
心配そうな有坂に軽く手を振って、木田の家へと向かった。
木田の家につくと、秋川の母親がそこにいた。
何かもめているようだ。秋川の母親が、憤然としてでてくるのが見えた。
「どうしたんですか?」
「ああ、なんでもないのよ」
何でもないはずはないが、僕はあえて無視した。想像できないこともない。
用件を言うと、木田の母親はすぐに僕を家に入れてくれた。
礼を言って、勝手知ったる…あまり知りたくもなかったけど…他人の家へと上がる。
玄関先の花瓶に生けてある、菊の花束に気がついた。
「この花は、木田君が持ってきた花ですか?」
「ええ」
なんだか、地味な花束だ。彼女に送ったとしても、あまり喜ばれそうには思えない。
「どうしてこんな花を買ってきたんでしょう?」
「さあ…」
木田の母親も、見当が付かないようだ。
断りをいれて、木田の部屋にあがる。
木田の部屋はきちんと整えられていた。前に僕が来たときそのままだ。まるで、今でもあいつが生きていて、そこからひょっこりと顔を出すような気さえしてくる。
取り上げられたものはすぐに見つかった。他にもたくさんあったけれども、あまり多すぎると不審に思われる。どうしても取り返したいものしかだめだった。
それが終わると、じっくりと彼の部屋を探し始めた。
日記みたいなものは残っていないだろうか。それでなくとも、何か手がかりになるようなものが。
手帳が見つかった。なにげない風を装って開いてみる。
木田の、割と几帳面な性格のせいか、けっこういろいろなことが書いてある。
読んでいるうちに、何かおかしな気分がした。
もう一度、そこを読み直す。
(十二月十日、遊園地へ行く予定)
…?
そんなばかな。あいつが死んだのは、十二月の七日だ。なんで、自殺した後の予定が書いてある?
手帳を懐に忍ばせると、僕は退散することにした。
「探し物は見つかった?」
「はい、おかげさまで。ありがとうございました」
そういうと、立ち上がって帰り支度を始める。
「これからも、たまにはきてちょうだいね。その方が、あの子も喜ぶだろうから」
その声と、
「冗談じゃないわ!」
という声は、ほぼ同時に聞こえた。
叫んだのは、木田の姉らしい、僕より二、三歳年上の女の人だった。
「こいつが、こいつが隆史を…」
「志緒理!」
母親のたしなめる声も、彼女には届いていないようだ。
「お母さんは、あの噂は知ってるでしょう?隆史は、殺されたんだって。殺す動機があるのは、こいつだけだって」
彼女は、さらに僕を責め続けた。
「覚えてなさいよ。絶対に許さないから!」
その声から逃げるように、木田のうちをでた。もう、ここにくることもないだろう。
木田の家をでて、角を曲がると、ふいに見知った顔に出会った。
有坂だ。
「ずっと待ってたの?」
「うん」
「ごめん、もっと早くでてくればよかったね」
「ううん、いいの。こっちが勝手に待ってたんだし」
「でも、寒かっただろ?どこかで暖かいものでも食べてこう。なにがいい?」
結局、近くのファーストフードの店にはいることにした。
有坂がハンバーガーセット、僕がフィッシュバーガーセットを頼み、窓際に座る。
「何かわかった?」
「うん、すごいことがわかったよ」
そういって、僕は木田の家でわかったことを有坂に伝えた。
「ということは…木田君は、自殺じゃなかったってこと?」
「その可能性は大きいと思う。これから自殺するやつが、その後の予定を手帳に書いたりはしないよ。ただ、あれを書いたあとに突然死にたくなったのかもしれないよね」
「とすれば、そのあとに、木田君が自殺を決意するような何かがあったってこと?」
「そういうことも考えられるってことさ。実際にはそんなことはないだろうね。もしそんなことがあったのなら、噂にならないはずがないよ。そうでなくても、少なくとも僕はあいつの様子がおかしいことに気づいてなくちゃならない。でも、そんな話はどこからもでてこないし、別にあいつの様子がおかしかった記憶もないけど」
「ということは、誰か他に犯人がいるってことだよね」
「僕が夢遊病とかじゃなければね」
「でも、いったいだれが?」
「それはわからない。ただ、殺すくらいあいつと関わりが深かったやつというと、そんなにはいないと思う。そのあたりから調べるべきだろうね」
「これからどうするの?」
「僕たち以外で木田を殺しそうなやつを捜してみよう。けれど、今日は…」
「今日は?」
「さしあたり、一緒に帰ろうか」
横を歩く有坂の顔をちょっと見る。
有坂は少し顔を赤らめ、「うん!」と、元気にいった。
商店街は、クリスマスを控えていつもよりさらににぎわっていた。
イルミネーションが町中に張り巡らされ、浮かれた人が町へと繰り出す。
そんな光景は、見ているだけで楽しくなってくるようなものだった。
「ね、あれかわいい!」
そういって有坂が指さしたのは、色とりどりの石が並んだ店の、小さなローズクォーツのボールだった。
「有坂さん、ああいうの好きなの?」
「うん。だってきれいじゃない?」
たしかに、女の子は好きそうな気はする。
僕は何気なく値段を見てみた。
「意外と安いんだね」
五百円と書かれた石を見ながら、つぶやく。
「うん。お金ができたら、絶対買おうと思って」
お金ができたらってほどの額じゃないと思うけれど…
「買ってあげようか?」思わず、口に出していた。
「いいの?」
「これくらいだったら、いいよ。かわいい彼女のためだし」
言ったとたん、顔が真っ赤になった。有坂を見ると、彼女も顔を赤らめている。
「じゃ、じゃあ、買ってきたら?」そういって、お金を渡す。
「プレゼントなんでしょ?」
「うん」
「じゃあ、ちゃんと渡してほしいな」
「ちょ、ちょっと待ってよ。このなかにはいって買ってこいと?」
「がんばってね」にっこりと、有坂にほほえまれる。
店の中には、女の子達が何組もいる。ちょっと男一人ではつらそう…というか、つらい。
でも、確かに手渡しはしたい。
覚悟を決めて、僕は店の中へと入った。
目当ての品をひっつかんで、一目散にレジへと向かう。
「ラッピングはどうされますか?」
「お…おねがいします」
ラッピングをしてもらっている間も、あたりの視線が気になってしょうがなかった。くそ。こんな店、二度と来ないぞ。
かわいいラッピングの箱を持って、すぐに店を出た。
店の前で待っている彼女に渡す。
「これ」恥ずかしくて、少しぶっきらぼうな渡し方になってしまった。
それでも彼女は、喜んでくれた。
「ありがとう。たいせつにするね」
無邪気に喜ぶ有坂を見ると、さっきの気分も忘れてこちらもうれしくなる。
「こんないいものをもらったから、何かお返しをしないとね」
有坂が言った。
「実はこんな券があるんだけど」
そういって有坂がさしだしたのは、この近くに最近できた遊園地のチケットだった。夜の十時まで営業していて、夜景を見に来るカップルも多い。
「よく手に入ったね」
「親がもらってきたの。ほんとはあの日に行くつもりだったんだけど…」
そこまでいって、有坂は顔を曇らせた。
有坂にも僕にも、あの日のことはタブーだった。
だから僕はすぐに話題を変えた。
「今日行っても、仕方がないんじゃないかな。今度の日曜日に、一緒に行かないか?」
有坂も、ほっとした表情でそれに乗った。
「うん。時間はどうしよう?」
「朝の十時に駅前で」
「わかった」
「それじゃ、また明日」
「ちょっとまって」帰りかけた有坂を呼び止める。
「何にもないけど、家にあがってってよ」
言ってから、僕が何かとんでもないことをいったことに気づいた。
「い、いや、変な意味じゃなくて、今は母さんか誰かいるはずだし、話したいこともあるし、その…」
しどろもどろの僕を見て、有坂は少し笑った。
「じゃあ、おじゃまさせてもらってもいい?」
「へえ…こんなふうになってるんだ」
僕の部屋を見て、有坂は歓声を上げた。
「男の子の部屋に入るのって、初めてだから」
「汚い部屋だろ?」
「ううん、そんなことないよ!考えてたよりも、ずっときれい!」
僕の部屋には、そんなに余分な物は置いていない。机と本棚、パソコンに洋服だんす、CDラジカセ。壁にはカレンダーが、ぽつんとかかっている。基本的に白と黒を中心に、無彩色でまとめた機能的な、と言うよりは無機質なカラーリングだ。
あまりごちゃごちゃしたのは好きじゃなかったから、これでよかった。
「でも、寂しい部屋だね」
「そうかな?」
「うん。あんまり人のにおいがしない部屋だね」
確かに、そうかもしれない。
「なるべくひとりでいたかったから」
「ひとりで?」
僕の答えに、有坂が問い返した。穏やかな調子だが、声は笑っていない。
「いや…」
ひとりでも、いたくなかった。この部屋にも、いたくなかった。できればここからうんと遠くへ、だれもいないところへいきたかった。
ひょっとすると、僕さえいないようなところへ。
沈黙が降りた。それはほんの少しの間だけだったけど、永い、永い沈黙だった。
やがて、有坂がぽつりと言った。
「もしこれが終わったら、どうしたい?」
「どこかに行きたいな。なるべくひとのいないようなところ。見渡す限り山か、海か。
とにかくそんなところ」
「そう…」
どことなく気落ちしたような声だった。
「有坂も来ないか?」
「え?」
「だれもいないところに、ふたりだけで。きっと楽しいよ。誰もいないようなところで、一緒に遊んで、…ずっと、話をしよう。だれにもじゃまされずに、思う存分。もう飽きて、話なんかしたくなくなるまで」
「うん、いきたいよ、私。絶対に」
有坂が、力を込めて断言する。
そのまま、ぎこちない雰囲気が流れた。
「お、お茶でも淹れるよ。なにがいい?」
「い、いや、べつになんでも…」
「じゃあ、紅茶にしよう。ちょっとまっててね」
そういうと、僕は急いで部屋を出た。
部屋を出ると、僕はひとつ大きなため息をついた。
あぶなかった。自分を押さえる自信がなかった。少し、頭を冷やした方がいい。
紅茶を淹れ、部屋へと戻る。
有坂は、まだぎこちない雰囲気のままだった。
事件の話をして、少しでも気を紛らした方がいいだろう。
「僕の方は何にも手がかりがなかった。そっちは?」
「うん。こっちもなんにもない」
あの日、高原はいつも通りに塾にいたらしい。木田とは別の塾だが。唐沢はゲームセンターにいて、佐久間は家にずっといたらしい。それだけならアリバイにはならないが、その日彼の家には来客があって、そのお客がちゃんと覚えているはずだという。
これだけしっかりしたアリバイがあると、どうにもならない。
「また、ふりだしかあ…」つぶやいて、クッションにもたれかかる。ぽふっと情けない音を立てて、僕のかたちにクッションがへこむ。
「でも変じゃない?」
「どうして?」
「だって、平日の夜九時から十時頃よね。普通の中学生がそうそうアリバイを作れるような時間じゃないんじゃない?普通は家に帰ってる時間でしょう。それなのに、六人ともその日だけしっかりとしたアリバイがある」
言われてみれば、一理ある。
「でも、それだけじゃ証拠として無理があるよ」
「うん、でも、何となく気にならない?」
「まあね。何となく、以上ではないけど、調べてみてもいいかもしれない。どうせ手がかりもないんだし」
そういって、僕は立ち上がった。
「もう、こんな時間になっちゃったし。今晩はこれでお開きにしよう」