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冬の話  作者: ロボ
12/22

第十二話 有坂の場所

 有坂を家へと送ると、僕は帰ろうとした。

 けれど、有坂に呼び止められた。

 「あがっていってよ」

 「わるいよ、そんな…」

 「黒川君もずぶぬれじゃない。風邪ひいちゃうよ」

 「いや、でも…」

 「これぐらいさせてよ。それぐらいのことはしてもらってるよ」

 「…それじゃ」

 結局、有坂の言葉に甘えて、家へと上がらせてもらうことにした。

 

 玄関前の階段を、有坂の後ろについて歩く。

 階段を上りきると、熊の絵を描いたボードに、「優樹の部屋」と書かれている。

 「さ、どうぞ」

 有坂について、部屋へとはいる。

 有坂の部屋は、暖色系に統一してあって、居心地は悪くなさそうに見える。でもそれは、僕には何か、自分の紡ぎだした糸の中眠る蚕を思わせるものだった。

 たぶん、この中だけが、有坂にとっての居場所だったのだろう。それは僕と変わりなかった。中にはいるのが、ちょっと後ろめたい。が、すぐにあることに気づいて、おかしくなった。

 「どうしたの?」

 様子が変わったのに気づいたらしい。

 「有坂さんの場所にはいるのは、これで二度目だな、と思って」

 有坂の表情がゆるんだ。

 「一回目は不法侵入だったから、堂々とはいるのはこれが初めてよね」


 有坂は、タンスからバスタオルを取り出すと僕に渡した。

 「とりあえず、これでふいて。そのあとですぐお風呂に入ってね」

 「有坂さんはどうするの?」

 「私は黒川君が入った後で…」

 「だめだめ、有坂さんが先に入らなきゃ。大丈夫だよ、ここは暖房も効いてるし」

 有坂はしばらく躊躇していたけれど、僕が有坂さんのあとじゃなきゃ絶対はいらないと強くいうと、しぶしぶ折れた。


 有坂がいない間に、部屋を見回す。いけないことだとは思ったけれど、間が持たないし、有坂がどんな暮らしをしているかにも興味はあった。

 あたりを見渡すと、きれいな石があちらこちらに散らばっていた。石といっても、宝石屋よりショッピングモールの石屋に売っていそうな、どちらかといえばあまり高価でなさそうなものが多かった。

 本棚には、少女漫画や少女小説、他の漫画や小説もあった。

 一冊の本に手を伸ばす。確か、クラスの女子が何人か持っていた、最近人気のファンタジーだ。普通の女の子が異世界にとばされて、伝説の勇者として戦う話だった。


 しばらくして、有坂が風呂から上がった。

「じゃあ、次どうぞ」

「ありがと。じゃあ、遠慮なく入らせてもらうよ」

 風呂はちょうどいい暖かさになっていて、冷え切った体を十分に温め、リラックスすることができた。

 浴槽につかりながら、僕は有坂のことを思った。


 最近、有坂の泣き顔ばかり見るような気がする。昔はそんなことなかった。有坂はいつでも無表情で、いじめられているときでもずっとその顔のままでいた。

 今ならわかる。あれは自分を守るために、心をずっと奥の方へしまい込んでいたんだ。

 だから僕と会って、心を隠す必要がなくなってから。有坂は、歯止めが利かなくなった。

 今まで表に出すことに慣れていなかった心が、そのままでてくるようになったんだ。

 だから…


 有坂は、本当にきれいになった。と、僕は思う。


 会ったとき無表情だった顔に、表情があらわれるようになった。笑ったり、怒ったり、泣いたり、くるくると変わる表情。見ていて飽きないし、時々はっとするほど大人っぽい顔をする。

 もしいじめが終わったら、有坂はどうするんだろう。たぶん、また前と同じように、みんなと笑って、楽しく過ごしていくのだろう。

 僕はだめだ。しばらく人と話はしたくない。正直、もううんざりだ。誰にも邪魔さえされなければ、教室の片隅でじっとしているだけでいい。

 でもそのとき、笑っている有坂を、僕は笑ってみることができるだろうか。


 ひとつ頭を降って、今の考えを追い払う。いくら何でも先走りすぎる。今必要なのは、いじめから抜け出すための方法なのだ。



 風呂から上がると、有坂がシャツとズボンを貸してくれた。有坂の父親のものらしく、僕が着るとかなり余った。 


 柔らかい、ピンクのクッションの上にすわって、僕たちは話をした。

 といっても、自然と話は事件のことになった。

 有坂は、あのとき秋川のところに行かなかったことを、気に病んでいるようだ。

 「あのとき、秋川さんのところにいってたら、自殺は止められたの?」

 「そんなことないよ」

 僕は即座に答えた。

 「でも、どうして?」

 「里中さん達に言われたの。あのとき私があそこにいっていれば、秋川さんは死なずにすんだのにって。わたしが、」

そこで、有坂は言葉に詰まった。

「私が秋川さんを殺したんだって。みんなの前で、大きな声で決めつけられて。耐えられなくなって。なんでそんなこといわれなきゃいけないのかわからなくて。でも、確かに最後に電話をもらったのは私で…」

 いろんな感情が渦巻いていて、とてもうまく話せないみたいだ。握りしめた手がふるえている。


 「気にすることないよ」

 できるだけ、優しい声で言う。

 「あいつは、自分が死ぬことを有坂に印象づけたかっただけだよ。こう言っちゃなんだけど、有坂さんや僕が説得したところで、あいつが言うことを聞くと思う?」

 「でも…」

 「だいたい、卑怯だよ、あいつ」

 「卑怯?」

 「だってそうだろ?生きてる間はさんざんいじめておいてさ、死ぬときにはそんな電話かけて、有坂が悪いんだと思いこませて、自分はさっさと死んじゃう。呪いがかけられたようなもんだよ。あいつは死んでからも、有坂を支配していたかったんだ。有坂を苦しめて、縛り付けていたかったんだよ!」

 言っているうちに、怒りがこみ上げてきた。

 「僕は秋川を絶対許さないよ。なにがあろうとね。そこまで都合よく利用されちゃ、たまらない。あいつは一人で、勝手に死んだんだ。…有坂さんが気にすることはない。全部あいつが悪いんだから」


 言いかけて、あることに気づく。ふっと言葉がとぎれた。

 少しだけ昔の光景。今も机に残る、僕の遺書。

 自分の命と引き替えに、相手を呪う僕の姿。

 結局のところ、秋川のやったことと僕がやろうとしたことに、どれだけの違いがあるだろう?

 「ありがとう…」

 だから、そういってくれる有坂の言葉が、ただうれしかった。


 

 「ひとつ頼みたいことがあるんだけど」

 しばらくしてから、僕はそうきりだした。

 「なに?」

 「木田があの日何をしてたか、調べてくれない?僕は代わりに、昨日秋川が何をしてたのか調べてみるよ」


 有坂が、不思議そうな目で僕を見つめる。

 「有坂さんの事件と僕の事件と、全く関係ないとは思えないんだよね。こんな短い時期に、同じクラスで二人も死ぬなんて、偶然とは考えにくい。それに、死んだやつの立場も状況も似てるし。『容疑者』の立場もね」

 「秋川さんが誰かに殺されたって言うの?」

 「少なくとも、警察は疑うと思うよ。木田の場合は疑う理由がなかったけど、今度は不自然すぎる」

 「だって、私たちのとこにかかってきた電話は?」

 「けど、それだけで自殺って決めつけるわけにもいかないよ。殺したやつに、無理に言わされたのかもしれないし。とにかく、一通り調べてみた方がいいと思うんだ」

 

 僕がそういうと、有坂は不思議そうな目で、じっと僕を見た。

 「どうして?どうして黒川君、こんなにしてくれるの?」

 それを聞いて、僕にはわかった。

 有坂も、ぼくとおなじ。だれかとかかわるのがこわくて、自分には何の価値もないと思いこんで。

 そうやって、自分を守ろうとしていたんだね。

 一昨日までの僕と同じように。

 あのときは、有坂がそばにいてくれた。今度は、僕の番。

 前、有坂からもらったもの、今度は僕が君にあげるよ。


 「どうしてか、本当にわからない?」

 まっすぐに有坂を見つめる。有坂は少し視線をはずした。

「おとついのことは、覚えてる?」

 彼女が息をのむ音が聞こえた。

「うん…」

「だからだよ。あのとき、僕がどれだけうれしかったか、きっとわからないだろうけど。

でも、僕のことで誰かに泣いてもらったのなんて、初めてだったんだ…」

そういって、有坂の手を取る。

 沈黙。

 やがて、有坂が目をそっとつぶった。


 一瞬だけ唇がふれあい、すぐに離れた。

 頬に血が上る感覚がした。目を開けると、有坂の顔も真っ赤だった。

 そのまま有坂を抱きしめる。有坂の鼓動が聞こえる。きっと僕の心臓もやかましく動いているのだろう。

 少したってから、体を離す。本当はこのまま抱いてしまいたかったが、寸前で思いとどまった。

 何か気の利いたことをいいたかった。けれど僕の唇からは、たった一言、

 「好きだよ」

 それでも、有坂の顔が、ぱっと輝いた。

 「うん、私も好きだよ」そういって笑った彼女の顔は、今まで見たどんな有坂よりも、きれいだった。



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