表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冬の話  作者: ロボ
10/22

第十話 電話

 家に帰ってからまずやったことは、有坂に電話をかけることだった。


 「あのあとは何もされなかった?」

 「うん。黒川君は?」

 「いつもどおりだよ」

 受話器の向こうで、有坂の声が曇るのがわかった。

 「大丈夫だった?」

 「へいきへいき。いつものことだしね」わざと明るい声を出す。

 「それならいいけど…むりしないでね」

 「ありがと。心配してくれて」

 「そ、それよりも、あの事件のことを調べたんでしょ?なにかわかった?」なぜかややあわてた声で、有坂が言った。

 「二、三わかったことはあるんだけどね。これがどう結びつくのかは、まだ今ひとつ」

 「そっか…」

 「まあ、焦らずに調べてみるよ。素人のすることだし、テレビみたいには行かないって」

 「まあ、そうだね。私にも何かできることがあったら言ってね。なんでもするから」

 「ありがと」


 礼を言って電話を切る。

 正直、有坂が協力してくれてもあまり調査が進むとは思えなかった。こういう調査だと、みんなに話が聞けなければどうにもならない。それは今日一日で痛いほど分かった。僕と同じでクラスから孤立している有坂に、僕よりうまく調査ができるとも思えない。

 でも、有坂の気持ちはうれしかった。

 (ありがたいよな)

 実際、思う。あれだけのことをしておいて、まだ協力してくれるんだ。どれだけ感謝したって、したりないと思う。


 (でも)

 ふと、思った。

 どうして協力してくれるんだ?それが少し、気にかかった。僕は有坂に、何にもしてあげられてないのに。どうして有坂は、あそこまでして…

 しばらく考えたけれど、どうもわからない。結局、それは棚上げにすることにした。有坂は、僕の味方をしてくれる。それで十分じゃないか。今はそれよりも、もっと別のことを考えよう。

 僕はこの事件を、順を追って考えることにし、ベッドに寝ころんだ。


 あの日の前の何日間かの木田の行動を思い出そうとして、それが思い出せないことに気がついた。いや、思い出せないのではなく、もともと知らないのだ。

 そういえば最近、いじめられる回数が減っていたような気がする。

 だから有坂と会えたわけだし、そこで気分が良くなっていたからこそ、屋上の鍵を取り上げられたときのショックが大きかったわけだ。

 でも、それは偶然なのか?

 そのときなにかあって、僕に関わり合っていられなかったとは考えられないか?

 そうだとすれば、いじめが鈍ったのも納得がいく。そこで起こったことが、木田が死ぬ原因になったのかもしれない。

 とりあえず、あの日の木田たちの様子を聞かなければならない。といっても、誰に聞けばいいのか…


 不意に、電話が鳴り響いた。知らない電話番号だ。

 あの事件があってから、たまにおかしな電話がかかってくるようになった。たいていは無言のままか、僕のことをなじって終わる。知り合いからの電話なんてかかってこないけど、親の都合上電話ははずせなかったから、しばらくは電話にでるのも怖かった。今日になって、やっとそれが一段落ついたところだった。


 十分に用心しながら、受話器を取る。

 「…黒川?」

 秋川の声だ。

「…なんの用だ」声が硬くなるのがわかる。

 なんで秋川から電話がかかってくる?

 「しらばっくれないでよ」電話の向こうの声は、硬くとがっている。

 「なんのことだ?」

 「木田を殺したことよ!」

 「僕は別になにもやってないよ」

 本当は、すぐに電話を切ってしまえばいいことはわかっていた。しかし、なぜか切ることはできなかった。普段の秋川とは違う…

 少し考え、すぐに答えがでた。いつもと違って、声に余裕がない。

 「あんた以外に、誰があいつを殺す必要があるのよ」

 「知らないよ。とにかく、僕じゃない」


 秋川の声を聞きながら、僕は秋川がなぜこんな電話をかけてきたか必死で考えていた。

 僕に嫌がらせをするくらいなら、なにも自分の名前をあかす必要なんてどこにもない。自分が不利になるだけだ。無言で、匿名で嫌がらせをするだけで、十分に向こうの目的は果たせるのだから。

 なにか、秋川が名前を明かした理由があるはずだ。

 それを突き止めようと、僕は秋川の話しに耳を澄ます。しかしそれは、すぐに明らかになった。


 「木田は、あんたに殺された。あたしはなにもしてやれなかった。だからあたしにできることは、それをつきとめることだけ」

 秋川の声に、偽りは含まれていない、ように見えた。

 「今晩十時に、高夜団地の公園に来なさい。どんなことをしても、あんたからこの事件のことを聞かせてもらう。もしだめなら…」

 「だめなら?」

 「あんたを殺してもいいけど、それじゃあ一瞬で終わっちゃうから。もっともっと苦しめてあげる」

 「具体的にはどうするつもりなんだ?」思わず、声に力がこもる。

 「あんたはもう一人人を殺すことになるの」秋川の声には、紛れもない喜びの響きがあった。

 「私が自殺するの。この事件の「真相」を、遺書に書き残してね。あんたはもうひとり人を殺すことになる」


 「なんだと?」

 瞬間、これまでたまっていた怒りが、一気に沸騰した。

 僕ら二人に、あれだけのことをしておいて。

 この事件まで僕らのせいにして、それでまたいたぶって。

 今度は、勝手に自殺する秋川の責任までとれだと?

 ふざけるな。

 本当に死ぬ気もないくせに。

 このあと、どうなってもかまうもんか。

 勝手にしろ!


 「いいんじゃない?」

 自分でも思わなかったほど、強い声が出た。

 「な…」

 秋川は電話の向こうでただ絶句している。

 「あんたが自殺することに、どうして僕が罪悪感を抱いたり悲しんだりしなきゃならないんだ?控えめにいって、僕にとってあんたの存在はゴミ以下なんだ。どうぞご自由に。僕があんた達にいわれてた言葉を、そっくりそのままお返しするよ」

 「待っ…」

 皆までいわせず、受話器をたたきつけた。


 電話を切ってから、急に不安が押し寄せてきた。思わずあんな言葉を言ってしまったし、それはほとんど正しかったけれど、それでもどこかひっかかる。

 少し考えて、僕は有坂の家に電話をかけた。


 「私のところにも、同じ電話がかかってきたの」

 「どうしたらいいと思う?」不安げな声が聞こえる。

 「どうもしなくていいんじゃないかな?」

 「やっぱり?」

 「うん。秋川に死ぬ気はないと思う。本当に死にたいのなら、その前に僕たちを呼び出すなんてことはしないと思う。呼び出して、僕たちが来たのならともかく、来なかったら当てつけで死ぬこともできない。明日僕たちが電話のことを言ったら、大恥をかくしね。もし本当にやる気があるなら、遺書だけ残して人のいないところで死ぬか、逆に全校生徒の前で僕らを責めて、そのあとで死ぬか、どっちかだと思うよ」

 「じゃあ、何のために呼び出したの?」

 「たぶんあの電話のそばには宮野たちもいると思うよ。偽の電話で呼び出して、どうせまたいじめるつもりなんだろう。だから、絶対にいかないでね。…心配だから」

「…うん」


 返事が来るまでに、若干時間がかかった。

 どうやら有坂は、秋川が死ぬと言ったことに、少し罪悪感を感じたらしい。

「そんなに落ち込まなくてもいいよ。どうせ脅しだよ」

 そうやって慰めたものの、最後まで有坂が元気になることはなかった。


 受話器を置くと、またさっきの考えが頭の隅をよぎった。確かに、秋川の行動はおかしい。

 ぐるぐると頭の中でいろんな考えが渦巻いたが、あまり役に立つ考えがあるとは思えなかった。

 僕はあきらめて寝ることにした。明日になれば、良い考えが浮かぶこともあるだろう。今日はいろいろなことがあった。ゆっくり休んだほうがいい。

 眠りに落ちるとき、一瞬だけ有坂の顔が浮かんだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ