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冬の話  作者: ロボ
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第一話 日常

 今日も昨日と、変わらない一日。

明日も今日と、変わらない一日。

ずっと、そう思っていた。

今日のようでない明日など、考えることもできなかった。


 校門をくぐり、昇降口へと向かう。下駄箱には、いつもの通り、唾が吐かれた上履きが一足。僕は小さくため息をついた。

 靴を洗ってから、階段を上って教室にたどり着く。教室の中からは、笑いさざめく声が聞こえる。笑い声。今の僕が、忘れてしまったもの。

 教室にはいると、みんなの笑い声が止まった。冷たい目とひそひそ声。そしてすぐに生徒たちは自分の仲間との会話に戻る。僕と目を合わさないようにして。

 いつからこうなったかは、はっきりとはわからない。理由もわからないけれども、これはずっと、ずっと長い間続いてきた。


 やがて始業のベルが鳴り、授業が始まる。授業中でも、安心はできない。何か投げつけられたり、自分の悪口の書かれた紙が回ってきたりする。当てられて答えるときに、いきなり罵声が聞こえてきたりもする。

けれども休み時間よりは、ずっとましだ。


 休み時間になると、僕はいつもの奴らに呼び出された。毎回毎回、よくまああきないなと思うのだが、こいつらは何かあると僕を呼び出す。そして、理由は何もないのだが、僕を殴る。

彼らにとって、理由はどうでもいいのだ。ただ、殴ってうっぷんを晴らせる相手がいればいい。

けれども、断ることなどできるはずはなかった。


 右のストレートが決まって、僕は壁まで吹っ飛んだ。

今僕を吹っ飛ばして満足そうなのが、木田だ。いじめグループのリーダー格で、背が高くて力が強い。成績は中ぐらいだが、人望がある。先生の受けもよい。けれども、自分が一番でないと気がすまないところがあり、自分より劣った者をおとしめる事を好む。

「やっぱりこいつを殴らねえと、一日が始まった気がしねえな」

「全くだな」

 木田に追従するかのように、みじかくこたえたのが高原だ。クラスでトップの成績で、このグループの頭脳といってもよい。冷酷で、他人のことを虫けらとでも思っているようなところがある。

「まだ終わってねえんだよ!」

そういって、倒れていた僕を踏みにじったのは、唐沢だ。こいつはいつもこうだ。自分からは決して手を出さず、自分より強いやつが相手を痛めつけてから、まるで鬼の首でも取ったかのように騒ぎ立て、相手にとどめを刺す。

うしろにかくれていた佐久間も、その動きに安心したかのように僕を蹴り始めた。佐久間は臆病だ。彼は唐沢の、さらに後ろに回って、なるべく僕の視線からはずれるようにして僕を蹴り続ける。

たぶんこのことがばれたときに、「僕は脅されてやっただけです」とでもいうつもりなのだろう。けれども僕は、彼が実は誰よりも僕をいじめるのに熱心だということを知っている。


しばらく僕は、彼らに殴られ続けた。彼らが僕を殴るのに飽きたのは、休み時間も終わりになってからだった。


 あいつらが去ったあと、苦労して体を起こす。薄汚れた床の代わりに、くすんだ天井が目にはいる。

 空の財布。サンドバッグにされる僕。

 いつもの、ありふれた光景。

 授業に行かなければと思っても、体が動かない。行かなければ、またそれを理由にして、あいつらに殴られることがわかっているのに。

 少しだけ、袖がまくれていた。そこからのぞく、やけどの痕。何日か前に、たばこの火が押しつけられた、痕。


「なにをしてる!」

 突然、大声が響いた。

 生徒指導の小平だ。

「授業はどうした、授業は!」

 すいません、と謝って、体を起こしたものの、さっきの傷が痛んで、どうしても緩慢な動作になる。

 それがまた、小平の逆鱗に触れたらしい。

「職員室まで来い!」というと、有無をいわさない態度で歩き始めた。


 職員室というのは、どうしてこう落ち着かないのだろう。僕は小平のお説教を聞き流しながらそんなことを考えていた。

 「ひょっとして、なにかあったのか?」

 小平が突然そんなことを言った。

 「…どうしてですか?」逆に聞き返してみる。

 「黒川はまじめだからな。何にも理由もなく授業をさぼるとは考えにくいし」

 「…いえ、なにもありません」他にどう答えればよいのだ。

 結局、これは反省文を提出することで結論となった。

 給食も、いつもの通りだった。料理にはチョークの粉がかかっていて、机は誰からも離されていた。

…そして、放課後。


 僕はまた木田達に呼び出されていた。

 「おまえ、まさかしゃべってないだろうな」開口一番、そういわれた。

 「ああ」と答えたが、とたんに肩をこづかれる。

 「じゃあなんで職員室なんかから出てきたんだ?」

 「先生に職員室へ呼び出されたんだ」僕は弁解した。

そうしながら、何で弁解なんかしなくちゃならないんだろうと思い、卑屈に反応する自分に腹が立つ。まして、こうしたところで状況がかわるはずもないのに。

「言い訳なんかするな」高原が、冷たい、しかも自分が楽しんでいる事がはっきりとわかるような声で決めつけ、僕の顔に唾を吐いた。

「どうなるかわかっててやったんだろうな」

その声を合図に、再び僕は殴られた。四人に繰り返し繰り返し。僕は体を丸め、声も出せないまま、ただ殴られ続けた。


「反省が必要だな」木田の声に、他の三人も頷く。

「でも、どうするんだ?」佐久間の声に、高原が答える。

「こうするのさ」

というと、高原は僕を窓際へと連れていき、下を確認してから、僕の足首をつかんだ。

 下は校舎の裏側になる。さび付いた空き缶やガラスが散乱しているそこに、人の姿はない。


 一瞬、なにが起きたのかわからなかった。突然、目の前にアスファルトが迫る。

 高原が僕の足首をつかんだまま、窓の外へ僕を放り出したのだ。

 悲鳴が上がった。それが僕の口からでたものだとわかるのに、少しかかった。

 逆さまの世界が、右に左に大きく揺れる。

 僕は叫び続け、それを聞いてあいつらは腹を抱えて笑った。

 「大丈夫だって、手なんか…おっと、すべった」

 高原が、左足を離したのだ。さらに地面が迫り、大きく世界が揺れる。

 「は、早くあげてくれ!」

 必死になって哀願する。

 ふいに、体が軽くなった。やっとあいつらが僕を引き上げたのだ。

 何か言おうとしたが、声にならない。自分の顔が、涙と興奮でぐしゃぐしゃになっているのがわかる。それを見て、またあいつらは笑う。

 「これでわかったよな、逆らったらどうなるか」

 木田の言葉に、頷くしかない。すると、また殴られた。

 「ちゃんと言え!」

 唐沢の言葉に、僕はつぶやく。

 「わかりました。二度とこんなことはしません」

 「声が小さいぞ!」今度は佐久間だ。

そしてこのあとも、どうということもない理由を付けて、僕は殴られ続けた。

四人が僕を殴るのに飽きた頃には、日も沈みかけていた。



 四人は帰った。僕は何とか体を起こし、教室の空いている席へ腰を下ろした。歩くたびに傷が痛んだが、このまま教室の床に倒れていたら、また朝と同じことになる。だから椅子に座った。怪しまれないように本を開く。けれど、本の中身など頭にはいるはずはなかった。

 日は傾いている。教室には誰もいない。けれども、帰りたくはなかった。あいつらが、もし途中で待ち伏せでもしていたら。

 いっそのこと、家に帰らないでいようか…。

 そんな考えが浮かんだが、すぐにふりはらった。

 もし家に帰らなければ、親は当然不審を抱く。警察に届け出るかもしれない。警察は学校を捜査し、学校にいる僕を見つける。僕は理由を聞かれる。そして僕が話そうと話すまいと、彼らは口実を見つけ、また僕をいじめるだろう。

 下校の音楽が鳴り始めた。校内に残っていたわずかな生徒たちが帰り始める、そのざわめきが聞こえ始めた。

 …もう潮時かな。

 僕はそうひとりごちると、帰り支度を始めた。



 なるべく彼らに出くわさないようにして家にたどりつく。どうやら彼らは待ち伏せしてはいなかったらしい。僕はほっと安堵のため息をついた。けれども考えてみると、彼らにとって僕は、わざわざそこまでしていじめる相手ではないのだろう。彼らにとっては、僕はただのおもちゃに過ぎないのだろう。街角で売っているような、安物のしゃべるおもちゃ。こわれても、なんの後悔もなく捨てられ、そしてまた新しい物が買われていくような。


 階段を上り、部屋へと転げ込む。荷物を放り出して、ベッドに倒れ込んだ。目の前に黒いシェードがおりる。世界と一瞬だけ切り離されたような感覚。そのまま立ち上がる気にはなれず、窓から目に映る夕暮れの光景を、ぼんやりとみていた。

 窓の外の光景は、赤から徐々に深みを増していく。そしてそれは茜色から菫色へ、そして深い藍色へと変じていった。

 やがて空は昼の名残を完全に消し去り、それにともなって部屋は闇へと覆われていった。カーテンを閉めると、そこには全き闇が訪れた。

部屋の隅にうずくまり、闇を見つめていると、安らぐ自分がいるのがわかる。暗闇は、僕は好きだ。すべてのものを、無慈悲に、あたたかく包み込む闇が…。


 明かりをつけて、机から一枚の紙を取り出す。

その紙には、これまでのいきさつや、僕をいじめた奴らの名前等が書き込まれている。僕はそれに何か書き込もうとしたが、何もしなかった。耐えられないような状況になったら、これを証拠として新聞やテレビに送るつもりだった。

その隣には、白い封筒。僕はこれを遺書にするつもりだった。もっとも、いつ使うようになるかはわからない。ひょっとしたら明日かもしれないし、もしも僕が耐えきることができれば、これは半年ぐらいあとに使うことになるかもしれなかった。


使わないなんて事は、考えることもできなかった。


 これが公になるようなことになったら、彼らは裁かれる。世論やマスコミによって、今僕が受けているのよりずっとひどいめにあうのだ。

僕はそれを思い浮かべて、暗い笑みを漏らした。そうなれば、彼らも僕に大してしたことのひどさを知るだろう。これは復讐なんだ。僕をいじめた奴らへの…。

 そう思うと、少しは心に余裕ができて…。


そして、落ち込んだ。

僕は何をしてるんだろう?いじめている奴らに立ち向かいもせず、死んだあとのことを考えて、かろうじて生きながらえている…。

 そうして僕は考える。ひょっとして、これは当然なんじゃないか?僕には、何かいじめられても仕方ないところがあるんじゃないか?少なくとも…

 今の僕と友達になりたい人が、はたしているだろうか?


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