悪役令嬢は、断罪の日を待っていた
明日の正午、私は王都中央広場で首を落とされる。私の名はルシアン・アルヴェール。アルヴェール王国の第一王子として生まれ、ひと月前まで王太子だった男だ。
罪状は、十年にわたって婚約者だったセレスティア・ルーヴェン公爵令嬢に無実の罪を着せ、大勢の貴族が見守る卒業記念舞踏会で一方的に婚約を破棄したこと。さらに、聖女候補アイリス・ベルを利用して公爵家を失脚させ、王権を自分の手へ集めようとしたことである。
王都の民は、私の処刑を心待ちにしているらしい。
広場にはすでに露店が並び、王冠をかぶった私の砂糖菓子まで売られている。首の部分を折ると中から赤い蜜が流れ出す趣向で、子供たちに人気なのだと、若い看守が得意げに教えてくれた。
実に悪趣味だが、民が私を憎むのも無理はない。
彼らが知っている物語の中で、私は愚かで傲慢な王太子である。完璧な婚約者を顧みず、身分の低い聖女候補に心を奪われ、彼女の言葉だけを信じて公爵令嬢を断罪した。企みが露見すると、今度は自分を慕っていた少女にすべての責任を押しつけようとした。
その物語だけを聞かされれば、私自身も、そんな男は処刑されて当然だと思っただろう。
ただし、一つだけ訂正しておきたい。
セレスティアは、無実ではない。
彼女はアイリスを陥れた。禁書を盗ませ、社交界で恥をかかせ、階段から落ちるよう仕向け、母親の命を使って脅迫した。そのすべてが事実であり、私は今も、自分の疑いが間違っていたとは思っていない。
私が間違えたのは、彼女を疑ったことではなかった。
皆の前でセレスティアを悪役として断罪し、自分が正義であると証明しようとしたことだった。
なぜなら彼女は、最初からあの日を待っていたからだ。
◇
私とセレスティアの婚約が決まったのは、私が十歳、彼女が八歳のときだった。
ルーヴェン公爵家は王国南部に広大な穀倉地帯を持ち、王家に次ぐ財力と軍事力を有していた。その一人娘であるセレスティアを未来の王妃として迎えることは、王家にとっても公爵家にとっても、ごく自然な選択だった。
初めて会った日の彼女は、淡い水色のドレスをまとい、銀色の髪を白いリボンで結んでいた。紫水晶に似た瞳と、人形のように整った顔立ちは、八歳の少女というより、名工が作った美しい置物のように見えた。
だが、彼女は決して無口な人形ではなかった。
形式的な挨拶を終え、二人で王宮の庭園を歩いていたとき、セレスティアは唐突に尋ねてきた。
「ルシアン殿下は、どのような王になりたいとお考えですか?」
婚約者となる相手に、将来の抱負を聞きたかったのだろう。そう考えた私は、家庭教師から何度も褒められた答えを、少し誇らしい気持ちで口にした。
「父上のような王だ。強く、公平で、民を守る王になりたい」
「では、殿下が民を守るために正しい決断をなさっても、その民が殿下を憎んだら、どうなさいますか?」
思いがけない問いだった。私はしばらく考えてから、正しいことをしたのなら、いずれ民も分かってくれるはずだと答えた。
しかしセレスティアは、そこで質問を終えなかった。
「どれほど説明しても、信じてくださらなかったら?」
「それでも、正しいことを続ける。正しいと証明できれば、最後には理解してくれるはずだ」
十歳の私には、彼女が何を知りたがっているのか理解できなかった。正しい決断をした王が民に憎まれ、その理由を説明しても信じてもらえない。そんなことが本当に起こるとは思っていなかったのだ。
しばらく私を見つめたあと、セレスティアは小さく微笑んだ。
「殿下は、お優しい方なのですね」
私は褒められたのだと思った。
今になれば分かる。あれは、私がどのような人間なのかを確かめるための質問だった。
自分が正しいと信じたとき、周囲の言葉に耳を貸せなくなる人間なのか。虐げられた者を見せれば、相手の素性を確かめる前に手を差し伸べる人間なのか。そして、一度正義の側に立ったつもりになれば、どこまで自分を疑わずに進める人間なのか。
八歳のセレスティアは、あの日すでに私を測っていた。
婚約が結ばれてからの彼女は、未来の王妃として非の打ち所がなかった。
学問では常に首席を争い、三か国語を操り、舞踏や楽器だけでなく、領地経営や外交史まで学んでいた。王妃である母には素直な娘として接し、国王である父の前では臣下としての礼を崩さず、年少の王族や使用人にも穏やかに声をかけた。
誰もがセレスティアを褒めた。未来の王妃にふさわしい令嬢。王国の至宝。王太子殿下は、実によい婚約者を得られた。
もっとも、婚約を決めたのは私ではない。それでも幼い私は、彼女が褒められるたび、自分まで評価されているように感じた。
私もまた、彼女を好ましく思っていた。
恋をしていたのかと聞かれれば、答えるのは難しい。セレスティアは常に正しかった。私が必要とする言葉を選び、隣に立つべき場所へ立ち、私が失敗すれば人目につかないよう補ってくれた。
だが、彼女は一度も私に甘えなかった。
不満を訴えることも、嫉妬を見せることも、個人的な望みを口にすることもなかった。私はそれを、王妃となる覚悟の表れだと思っていた。
実際には、彼女は私に何かを願う必要がなかったのだろう。
欲しいものがあるのなら、自分で手に入れればよいと知っていたから。
◇
アイリス・ベルが王立学院へ入学したのは、私が十七歳、セレスティアが十五歳の春だった。
アイリスは地方男爵と平民女性の間に生まれた庶子で、幼い頃は母親と二人、王都の外れで暮らしていた。しかし希少な光属性の魔力が発現し、教会から聖女候補に認定されたことで、王立学院への入学を許された。
彼女は、貴族社会に慣れていなかった。
高位貴族への敬称を間違え、正式な茶会で菓子を手づかみにし、国王の肖像画を見て「殿下とあまり似ていませんね」と口にした。悪意はなかったが、身分と礼儀を重んじる学院では、何かと目立つ存在だった。
私が初めて彼女と話したのは、学院の中庭である。
アイリスは噴水の縁に腰を下ろし、教科書を膝に置いたままパンを食べていた。そこは王族とその客人のために整えられた場所であり、普通の貴族なら、たとえ注意書きがなくても勝手に座ることはない。
私がそのことを教えると、アイリスは慌てて立ち上がり、残っていたパンを喉に詰まらせた。ひとしきり咳き込んだあと、涙目のまま、「王族専用とは、どこにも書いてありませんでした」と訴えた。
「普通の貴族なら、書かれていなくても分かるものだ」
「普通の貴族なら、ですよね。私は先月まで、洗濯物を干す場所を巡って隣のおばさんと争っていた人間ですから」
王太子を前にして、そのような返答をする令嬢を私は知らなかった。思わず笑うと、アイリスは不思議そうに私を見上げた。
「殿下も笑うんですね。もっとこう、椅子に座ったまま難しい言葉だけを話す方だと思っていました」
「それでは父上と同じだ」
口にした直後、国王を軽く扱う発言だったと気づいたが、アイリスは遠慮なく笑った。
その日から、私たちは時折話すようになった。
王族や高位貴族は、私の前では必ず言葉を選ぶ。教師も臣下も、私が望んでいる答えを探してから口を開く。
アイリスだけは違った。
「王太子って、不便ですね」
ある日、彼女はしみじみと言った。
「好きな席にも座れないし、廊下を歩けば皆さんが頭を下げるし、失敗しても誰も笑ってくれない。疲れませんか?」
その問いに、私はすぐ答えられなかった。自分が疲れているのかもしれないと、初めて考えたからだ。
アイリスへの感情が、いつから友情とは違うものに変わったのかは分からない。
彼女の前では、自分が王太子であることを忘れられた。セレスティアの隣では未来の王として振る舞い、アイリスの隣では、ただの十七歳の少年でいられた。
それがどれほど危ういことなのかも知らずに。
セレスティアは、私とアイリスが親しく話している場面を何度か見ていた。しかし、彼女が嫉妬や不満を口にしたことは一度もない。
私は自分から、気にならないのかと尋ねたことがある。
「アイリス様は聖女候補です。将来、王家を支えてくださる大切な方でしょう。殿下が親しくなさるのは、よいことだと思います」
模範的な回答だった。あまりにも正しく、少しの隙もない。
私はそのとき、初めてセレスティアに対して苛立ちに似た感情を覚えた。
婚約者である私が別の少女と親しくしているのに、何も感じないのか。少しくらい怒り、私を責めてもよいのではないか。自分勝手な不満だと分かっていたが、私は彼女の完璧さに息苦しさを感じ始めていた。
おそらくセレスティアは、そのことにも気づいていた。
◇
最初の事件は、薬草学の授業で起きた。
教授から傷薬の調合法を問われたセレスティアが、教本どおりの配合を答えた。そのとき、アイリスが何気なく手を挙げ、その配合は古いものだと指摘した。
「光魔術と一緒に使うと、薬草の成分が強く出すぎて、傷口が化膿することがあります。教会では、昨年から分量を変えています」
実際、教会ではすでに調合方法が改良されていた。アイリスに悪意はなく、怪我人を治す知識について、間違いをそのままにできなかっただけだ。
セレスティアは大勢の前で訂正されたにもかかわらず、顔色一つ変えなかった。
「教えてくださってありがとう、アイリス様。新しい知識を学べて嬉しく思います」
彼女はそう言って、いつもどおり優雅に微笑んだ。
事件が起きたのは、その三日後だった。
アイリスの机から、使用を禁じられている精神操作魔術の術式が見つかったのである。彼女は知らないと訴えたが、紙にはアイリスの指紋が残っていた。教科書の間に挟まっていたため、気づかず触れただけだという主張は一応認められたものの、学院内では彼女を疑う者が増えた。
次に起きたのは、ドレスを巡る騒ぎだった。
王妃主催の茶会に招かれたアイリスが着てきたドレスが、ある伯爵令嬢のために作られたものと、色も刺繍もほとんど同じだった。社交界において、下位の令嬢が高位令嬢の衣装を意図的にまねることは、明確な侮辱とされる。
アイリスは仕立屋に任せただけだと説明した。しかし仕立屋は、彼女本人から細かな指定を受けたと証言し、アイリスは茶会の途中で泣きながら帰ることになった。
そして一月後、彼女は西棟の階段から落ちた。
幸い骨折は免れたが、右足首をひどく痛め、治癒魔術を使っても数週間は歩けなかった。
医務室で事情を尋ねると、アイリスは足を滑らせただけかもしれないと答えた。しかし何かを隠していることは、怯えた表情から明らかだった。
「私が守る。だから、覚えていることがあるなら話してくれ」
その言葉を聞くと、アイリスの目に涙が浮かんだ。
「セレスティア様と同じ香水の匂いがしました」
私はすぐには信じなかった。
セレスティアは私の婚約者であり、幼い頃から知っている完璧な公爵令嬢だった。嫉妬のために人を階段から突き落とすような人物だとは思えなかった。
しかし、一度生まれた疑いは消えなかった。
調べ始めると、すべての事件の周囲に、セレスティアの影が見つかった。
精神操作魔術の本を最後に閲覧したのは、セレスティアと親しい侯爵令嬢だった。問題のドレスを作った仕立屋は、長年ルーヴェン公爵家の注文を受けていた。アイリスが転落した時刻、西棟の廊下では、セレスティア付きの侍女が目撃されている。
どれも決定的ではない。だが偶然と呼ぶには、あまりに重なりすぎていた。
決定打となったのは、アイリスの母親へ送られた脅迫状だった。
『娘を学院から退学させなければ、あなたの過去を教会へ報告します』
差出人の名はなかったが、封蝋にはルーヴェン公爵家の紋章が刻まれていた。
手紙を読んだアイリスの母親は、娘に退学するよう泣いて頼んだという。自分には過去のことで負い目があり、教会に知られれば生きていけないと訴えたらしい。
「私が学院にいるせいで母が苦しむなら、もう辞めたほうがいいのかもしれません」
「辞める必要はない。私が調べる」
私はアイリスの手を取り、彼女も母親も必ず守ると約束した。
その瞬間、私は完全にセレスティアの狙いどおりの場所へ立っていた。
◇
私が頼ったのは、幼い頃から側近として仕えていたギデオン・レイだった。
彼は下級伯爵家の次男だったが、頭が切れ、何より私に忠実だった。学院卒業後は王太子府へ入り、将来は宰相として私を支えてもらうつもりでいた。
ギデオンは集めた証拠に目を通すと、険しい顔をした。
「殿下、これは慎重に進めるべきです。証拠が足りないというだけではありません。すべてがセレスティア様へつながりすぎています」
彼は、家紋入りの封蝋を使って脅迫状を送るような露骨な真似を、公爵家ほどの権力者がするだろうかと指摘した。また、侍女を動かすにしても、人目の多い学院内を歩かせるのは不自然だとも言った。
「自分が疑われないと考えたのかもしれない」
「あるいは、疑われることを前提にしているのかもしれません」
その言葉に、私は苛立った。
「では、誰が何のために、セレスティアへ疑いを向けるというのだ」
「それは分かりません。ですが、殿下が公爵家を告発すれば、王国を二分する騒ぎになります。正式な捜査を行い、本人の言葉では逃れられない証拠を集めるべきです」
「その間に、アイリスが殺されたらどうする」
声を荒らげると、ギデオンは口を閉ざした。
今思えば、彼の警告は正しかった。
だが当時の私には、慎重という言葉が臆病と同じものに聞こえていた。アイリスが傷つけられているのに、王太子である自分が何もできないことが耐えられなかったのだ。
私はセレスティアを王宮の応接室へ呼び出した。
部屋には護衛も侍女も入れず、二人きりで話をした。家名や立場によって守られていない場所で、彼女がどのような答えを返すのか確かめたかった。
「アイリスに何をした」
挨拶もせず尋ねると、セレスティアは紅茶のカップを静かに置いた。
「何のお話でしょうか」
私は机の上へ、脅迫状と証言書を並べた。禁書、ドレス、階段からの転落、母親への脅迫状。そのすべてに彼女か、彼女の周囲の人間が関わっていると告げた。
セレスティアは、一つずつ証拠を眺めた。驚きも、焦りも見せなかった。
「殿下は、わたくしがしたとお考えなのですね」
「ああ」
「では、わたくしが否定すれば、信じてくださいますか?」
私は答えられなかった。
すでに彼女を疑っている。今さら言葉だけで否定されても、信じることはできなかった。
私の沈黙を見て、セレスティアは寂しそうに目を伏せた。
「殿下にとっての真実とは、わたくしが罪を認めることでしょうか」
「言葉をすり替えるな。私は真実を話せと言っている」
「すり替えているのは、殿下ではございませんか。殿下は、わたくしを裁きたいのですか。それとも、悪しき婚約者を裁く正しい王太子であると、皆様に示したいのですか?」
穏やかな声だった。だからこそ、私は余計に腹を立てた。
「私を侮辱するつもりか」
「いいえ。確かめているだけです」
セレスティアは立ち上がり、乱れのない仕草でドレスの裾を整えた。
「殿下が本当にわたくしを罪人だとお考えなら、いつか皆様の前で同じことをお尋ねください。そのときは、きちんとお答えいたします」
私は、その言葉を挑発だと受け取った。自分は公爵家の令嬢であり、王太子である私にも裁けないと考えているのだと思った。
実際には違った。
彼女は私に、舞台の場所を指定していたのだ。
◇
卒業記念舞踏会の一週間前、セレスティアがアイリスへ毒を盛ろうとしているという情報が入った。
告発したのは、セレスティア付きの侍女マリアだった。
王太子府へ忍び込むようにして現れたマリアは、床へ膝をつき、アイリスさえいなくなれば殿下は自分だけを見てくれると、セレスティアが話していたのだと訴えた。卒業記念舞踏会では、アイリスの杯へ毒を入れるよう命じられたという。
マリアの証言どおり、公爵家の控室にある戸棚から小瓶が見つかった。
中身は遅効性の毒で、少量なら数時間後に呼吸困難を起こし、大量に飲めば命を落とす。ギデオンは、毒が本当にセレスティアのものなのか、侍女の証言に虚偽がないかを調べるべきだと主張した。
「舞踏会まで待てば、現行犯で押さえられる」
「であれば、その場で身柄を確保し、正式な裁判を開くべきです。大広間で婚約破棄を宣言する必要はありません」
「皆の前で明らかにしなければ、公爵家が証拠を握りつぶす」
ギデオンは、それ以上何も言わなかった。いや、言えなかったのかもしれない。当時の私は、反対意見を聞き入れる状態ではなかった。
アイリスを救う。セレスティアの悪事を暴く。身分によって罪が隠されることのない国を作る。
その思いに、嘘はなかった。
だが私は、正義そのものより、正義を行う自分に酔っていた。悪役を皆の前で裁き、被害者を救う。それこそが、誰の目にも分かりやすい正義だと信じていた。
◇
卒業記念舞踏会の夜、王宮の大広間には、国王夫妻をはじめ、国内の有力貴族がほぼ全員集まっていた。
セレスティアは濃紺のドレスをまとい、銀色の髪には、私が十五歳の誕生日に贈った青い宝石を飾っていた。いつもと変わらぬ微笑みを浮かべ、招待客へ丁寧に挨拶をしている。
私はアイリスを伴い、広間の中央へ進んだ。
「セレスティア・ルーヴェン」
名を呼ぶと、楽団の演奏が止まった。数百人の視線が、私たちへ集まる。
セレスティアは驚いた様子もなく、ゆっくりと私の前へ歩み出た。
「はい、ルシアン殿下」
「今日をもって、君との婚約を破棄する」
広間がざわめいた。隣に立つアイリスの肩が震えているのを感じ、私は彼女を安心させるように手を添えた。
「理由を伺ってもよろしいでしょうか」
「君がアイリス・ベルに対して行った数々の嫌がらせと、殺人未遂だ」
私は証拠を一つずつ示した。
精神操作魔術の術式。仕立屋の証言。アイリスの母親へ送られた脅迫状。階段付近で目撃された侍女の記録。そして、その夜アイリスの杯へ入れられるはずだった毒。
「君は未来の王妃という立場を利用し、自分の邪魔になるアイリスを学院から追い出そうとした。それが失敗すると、今度は命まで奪おうとした。これだけの証拠がある以上、言い逃れはできない」
セレスティアは、反論せずに聞いていた。
すべての告発を終えると、彼女はほんの少しだけ息を吐いた。
「ようやく、この日が来たのですね」
ほとんど独り言のような声だった。私が聞き返しても、セレスティアはこちらの話だとだけ答え、玉座に座る国王へ向き直った。
「陛下。恐れながら、発言をお許しいただけますでしょうか」
父が厳しい表情のまま許可すると、セレスティアはまず毒の小瓶を見た。
それがどこで発見され、誰の証言によってアイリスの杯へ入れられる予定だったと判断されたのかを、彼女は順番に確かめた。ギデオンが公爵家の控室から押収し、侍女マリアがセレスティアの命令だったと証言したことを説明すると、彼女はマリアへ視線を向けた。
「わたくしが、あなたへ毒を入れるよう命じたのですね。いつ、どこで命じましたか?」
「本日のお昼、公爵家の控室で……」
セレスティアは、すぐには反論しなかった。代わりに王妃へ視線を向けると、母は何かに気づいたように眉を寄せた。
「本日の正午前から夕刻まで、セレスティア嬢は私と礼拝堂にいました。式典で使用する聖句を確認していたのです。途中で席を外したこともありません」
王妃の証言に、広間が静まり返った。
マリアは、前日の夕方だったかもしれないと言い直した。しかし、人の命に関わる証言を、記憶が曖昧なまましたのかとセレスティアに穏やかに問われると、言葉を失ってしまった。
私は一つの記憶違いにすぎないと口を挟んだが、セレスティアは争わなかった。
「そうかもしれません。では、次の証拠を確認させてください」
彼女は脅迫状を手に取った。
封蝋がルーヴェン公爵家のものであることは認めたうえで、同じ印章は王都と各領地を合わせて十七か所で使用され、管理を任されている者は百人を超えると説明した。
「公爵家の者が関わった証拠にはなる」
「ええ。しかし、わたくしが命じた証拠にはなりません」
続いて仕立屋の証言書を手に取ると、その仕立屋が先月、王太子府から注文額の三倍に当たる金を受け取っていることを指摘した。
王家の礼装を注文した代金だと反論したが、帳簿には、差額が特別情報費として記載されていた。
「この仕立屋の証言が、王太子府の金で買われたものではないと、どのように証明なさるのでしょう」
「私は、そのような命令を出していない」
「こちらには、殿下の署名がございます」
差し出された帳簿には、確かに私の署名があった。筆跡は私のものとしか思えない。それでも、そんな支払いを承認した覚えはなかった。
最後に、精神操作魔術の術式が示された。
セレスティアと親しい侯爵令嬢が図書室から禁書を借りていたことを告げると、彼女は、その令嬢が術式の盗まれる三日前から高熱を出し、領地へ帰っていたと説明した。学院長が呼ばれ、その事実を認めたことで、最後の証拠まで私の手を離れた。
私はようやく理解した。
証拠は、初めから崩れるために置かれていた。
「セレスティア。すべて、君が仕組んだのか」
「何をでしょう?」
「この証拠を私に見つけさせ、ここで告発させた」
セレスティアは答えなかった。
ただ、その紫の瞳に、わずかな満足が浮かんだ。私には分かったが、周囲の者たちには、婚約者を犯人だと決めつけ、証拠を否定されても責任を押しつけようとする王太子にしか見えなかった。
そのとき、隣にいたアイリスが前へ出た。
「もう、やめてください。セレスティア様は、悪くありません」
泣きながら、彼女は禁書も脅迫状も毒も、自分が用意したものだと告白した。私にセレスティアを嫌ってほしかった。婚約者さえいなくなれば、自分が王太子の隣に立てるかもしれないと思ったのだと、床へ膝をついて訴えた。
私は、そんなはずはない、誰かに脅されているのだと彼女へ近づいた。
しかしアイリスは、怯えたように身を引いた。
「殿下は、私が何度否定しても、セレスティア様に虐げられたと話すよう命じました。母へ金を渡すから、殿下の言うとおり証言するようにと……」
思わず嘘だと叫んだ私を見て、招待客たちは息をのんだ。
泣き崩れる身分の低い少女。その少女へ詰め寄る王太子。無実の罪を着せられながら、静かに耐えている公爵令嬢。
人々の目には、そう映っていた。
「アイリスは君に操られている。家族を人質にしたのだろう。そうでなければ、彼女がこんなことを言うはずがない」
「また、証拠もなくわたくしを犯人と決めつけるのですか?」
セレスティアの目に涙が浮かんだ。
「殿下は、わたくしがどれほど否定しても、信じてくださらないのですね」
違うと叫びたかった。
だが、何が違うのかを説明できなかった。
私はセレスティアが犯人だと知っていた。けれど、知っているだけでは足りなかった。
証明できない真実は、大勢の前では狂人の妄想と変わらない。
国王である父が立ち上がった。
「ルシアン。本日をもって、王太子としての権限を停止する。これ以上、醜態をさらすな」
近衛兵が私の両腕をつかんだ。
セレスティアがすべてを仕組み、アイリスも脅されているのだと叫び続けたが、誰も信じなかった。
連れ出される直前、セレスティアと目が合った。
その紫の瞳に涙はなかった。
そこにあったのは、長い時間をかけて準備した舞台が、寸分違わず終幕を迎えたことへの静かな満足だった。
◇
翌日から、王国中で私の罪が報じられた。
王太子は聖女候補アイリスを誘惑し、婚約者を排除するため、偽の証拠を作らせた。アイリスの母親へ金を渡し、娘に虚偽の証言をさせた。王太子府の予算を使って証人を買収し、ルーヴェン公爵家を失脚させることで、王権を自分の手へ集中させようとした。
身に覚えのない罪ばかりだった。
だが王太子府の帳簿からは、アイリスの母親へ送金した記録が見つかった。仕立屋へ支払われた余分な金にも、私の署名入りの命令書が残されていた。
私は署名していない。それでも三人の筆跡鑑定人が、間違いなく私自身の筆跡だと証言した。
ギデオンも、裁判で私の命令だったと認めた。
証言台に立った彼は、私と一度も目を合わせなかった。私に逆らえば家族を処刑すると脅されたのだと語り、これまでの証拠はすべて、王太子の命令によって作ったものだったと証言した。
私が彼を脅したことなどない。
だが裁判のあと、ギデオンの母親と妹が、すでにルーヴェン公爵領へ移されていると知った。病気だった妹の治療費を、公爵家が何年も前から負担していたことも。
味方だと思っていた者たちは、知らないうちにセレスティアの手の内へ取り込まれていた。
アイリスは聖女候補の資格を失った。
しかし自ら罪を認め、セレスティアへ謝罪したことで、死刑は免れた。彼女もまた、愚かな王太子に利用された被害者として扱われ、北方の修道院へ送られることになった。
セレスティアは、そんなアイリスを公の場で許した。
「彼女は身分の低さにつけ込まれ、殿下に利用されたのです。罪を憎んでも、彼女自身を憎むことはできません」
その言葉に、民衆は涙した。
自分を陥れようとした少女さえ許す、慈悲深い公爵令嬢。婚約破棄の夜よりも、彼女の人気はさらに高まった。
王太子を失った王家は、新たな後継者を必要とした。
選ばれたのは、私の異母弟ノアだった。
ノアは十五歳。母親を早くに亡くし、病弱だったため、これまで王位継承争いから遠ざけられていた。穏やかで心優しい一方、政治にも軍事にもほとんど関心を示さない少年だった。
そして幼い頃から、セレスティアを実の姉のように慕っていた。
ノアの王太子就任と同時に、セレスティアとの婚約が発表された。
彼女は未来の王妃という立場を失わなかった。
婚約者だけを、私からノアへ取り替えたのだ。
◇
処刑前夜、セレスティアは王宮の地下牢にいる私を訪ねてきた。
白いドレスに、銀色の髪。かつて婚約者として私の隣に立っていた頃と、ほとんど変わらない姿だった。ただし髪にはもう、私が贈った青い宝石はなかった。
「あれは返したのか」
「ルシアン殿下からいただいたものですから」
「もう殿下ではない」
セレスティアは少し考えたあと、ではルシアン様と呼びましょうと微笑んだ。
彼女が軽く手を上げると、看守たちは一礼して牢の外へ出ていった。重い扉が閉じ、足音が遠ざかってから、セレスティアは鉄格子の前に立った。
「明日の正午ですね。怖くありませんか?」
「それを聞くために来たのか」
「いいえ。お礼を申し上げに参りました」
何の礼なのかと尋ねると、彼女は、皆の前で自分を断罪してくれたことへの礼だと答えた。
予想していた。
それでも本人の口から聞かされると、胃の奥が冷たくなった。
「最初から、私に婚約破棄をさせるつもりだったのか」
「はい」
セレスティアは、ためらうことなく認めた。
アイリスの机に禁書の紙を入れたのは、金を渡した学院の清掃係だった。ドレスの件では、伯爵令嬢の注文書を仕立屋へ見せ、同じ意匠のものを作らせた。
「階段から突き落としたのも、君か」
「背中を押してはいません。靴底へ滑りやすい油を塗り、手すりの金具を緩めただけです。毒も致死量の十分の一でした。死なれては困りますから」
あまりに平然と答えるため、かえって現実感がなかった。
脅迫状の文面を考えたのも彼女だった。しかし実際に手紙を書いたのは、アイリス本人だったという。
「お母様を守りたければ、わたくしの言うとおりにするようお願いしました。アイリス様のお母様は、若い頃、教会の寄付金を盗んだことがございます。病気の娘を助けるためでしたが、正式に罪へ問われれば、平民である彼女は鉱山送りになるでしょう」
「それを使って脅したのか」
「選択肢を差し上げただけです」
何が違うのかと尋ねると、彼女は、受け取る印象が違うと小さく笑った。
ギデオンについても同じだった。
セレスティアは、命令も脅迫もしていないという。病気の妹を助け、母親へ安全な住居を用意したうえで、私への忠誠と家族の命のどちらを選ぶのか、本人へ委ねただけだった。
私の署名を偽造した王太子府の書記官には、賭博で多額の借金を抱えた息子がいた。筆跡鑑定人の一人は公爵家の領民で、残る二人は、元王太子の命令書を偽物だと証言したあと、自分たちがどうなるかを考えたのだろうと、彼女は他人事のように話した。
「直接命じなければ、自分には罪がないと思っているのか」
「いいえ。罪があるかどうかを決めるのは、勝った側ですから」
迷いのない答えだった。
「なぜ、ここまでした」
私が尋ねると、セレスティアは不思議そうに首を傾げた。
「王妃になるためです」
「君は、そのままでも私の王妃になれた」
「ルシアン様の王妃に、でしょう?」
初めて、彼女の声に明確な嫌悪が混じった。
「私は、君に何をした」
「何も」
意外な答えだった。
私は彼女へ暴力を振るったことも、人前で侮辱したこともない。誕生日には贈り物をし、社交の場では常に婚約者として気遣っていたと、セレスティアは認めた。
「なら、なぜ」
「あなたが王になるからです」
「私は暴君になるつもりなどなかった」
「存じております。きっと、多くの民に愛される立派な王になったでしょう」
セレスティアは、幼い頃と同じ表情で私を見つめた。
南部で飢饉が起きたとき、私は被害の大きい都市へ救援物資を集中させた。その判断によって何万人もの命が救われたが、物資が届かなかった北部の村では、二百人以上が冬を越せずに亡くなった。
国境の紛争では、主力部隊を守るため、辺境の砦を放棄した。軍全体の損害は抑えられたが、砦へ逃げ込んでいた住民は敵兵に殺された。
どちらも、当時の私には最善の選択だった。全員を救う物資はなく、軍を失えばさらに多くの国民が死んでいた。
「ええ。殿下は、いつも正しい選択をなさいました」
責めているのか、認めているのか分からない声だった。
「しかし殿下は、切り捨てた人々へ一度も謝らなかった。必要な犠牲だったと説明し、自分が正しい選択をしたのだから、いつか皆も分かってくれると信じていらした」
「王は決断しなければならない。全員が幸福になる選択など存在しない」
「ですから、殿下は名君になったでしょう。多くの人を救い、多くの人に感謝され、正しい決断を積み重ねる王に。そして、自分が切り捨てた少数の人間が泣いていても、国のためだったと言える王に」
私は、彼女の言葉に含まれた悪意を理解した。
セレスティアは、私の判断に犠牲が伴った事実と、自分がアイリスやギデオンを私欲のために利用した行為を、同じものとして並べようとしていた。
「国と、お前自身を同じ秤に載せるな」
「目的を決める者が違うだけではございませんか。殿下は国の未来のために、わたくしは自分の未来のために、必要な者を切り捨てた」
「それを同じだと思えるから、お前は人を人として見られない」
「人を数として扱ってきた殿下に、そう言われるとは思いませんでした」
セレスティアは微笑んだが、その表情からは喜びも怒りも読み取れなかった。
「わたくしは怖かったのです。いつか、わたくし自身が殿下の正しさにとって、切り捨てるべき少数になることが」
八歳の少女が庭園で私に問いかけた言葉を思い出した。
正しい決断をした王が、民に憎まれたらどうするのか。説明しても信じてもらえなかったら、どうするのか。
あのとき彼女が見極めようとしていたのは、私が優しい人間かどうかではなかった。私が自分の正しさを疑える人間かどうかだった。
「だから、先に私を切り捨てたのか」
「はい」
セレスティアの表情には、すでにいつもの穏やかな微笑みが戻っていた。
私だけではなく、アイリスも、ギデオンも、その家族も利用したのだと責めると、彼女は、王になるとはそういうことではないのかと聞き返した。
「君は王妃になるのだ」
「この国では、女は王位を継げませんから」
その言葉で、ようやく彼女の望みを理解した。
ノアを王座へ座らせ、自分が国を動かすつもりなのだ。
ノアは心優しく、人を疑うことを知らない。政治にも軍事にも関心がなく、自分で大きな決断を下すことを恐れている。
「それこそ、王に向いていない」
「ですから、わたくしがお支えします」
「支えるのではない。操るのだろう」
「民が幸福であれば、どちらでも同じではございませんか?」
「君が民の幸福を考えているとは思えない」
「自分を守れない者に、国を守れますか?」
セレスティアは、私の返事を待たずに続けた。
「ルシアン様は、多くを救うためなら少数を切り捨てられる方です。わたくしは、自分の望む未来のためなら、必要な人間を切り捨てられる。その違いは、誰が目的を決めるかだけでしょう」
「私は自分のために、人を犠牲にしたのではない」
「ご自分が正しい王であるために、では?」
反論しようとして、言葉が出なかった。
私は本当に、国のためだけに決断していたのか。
多くを救う自分、正しい選択をする自分に酔ってはいなかったか。卒業記念舞踏会で、アイリスを救う英雄としてセレスティアを断罪しようとしたときと同じように。
私の中にある傲慢さを、彼女は正確に見抜いていた。
だが、それは彼女の罪を軽くするものではない。私に欠点があったからといって、セレスティアがアイリスを殺してよい理由にはならない。
「アイリスは、どうなる」
尋ねると、セレスティアは明日の朝、北方の修道院へ向けて出発すると答えた。
「生かしておくのか」
「修道院へ到着できれば」
北方への道は崖が多く、近頃は馬車の事故が増えているそうだと、彼女は穏やかに付け加えた。
「アイリスには、母親を助けると約束したのではないのか」
「お母様は、すでに教会の保護下へ移しました」
「アイリスの命は」
「彼女の命については、何も約束しておりません」
私は彼女を悪魔と呼んだ。
セレスティアは、悪役令嬢と呼ばれるよりは新鮮だと笑った。
「いつか、誰かが君の正体に気づく」
「すでに一人、気づいております」
「ノアか」
「いいえ。ルシアン様です」
「私は明日死ぬ。だから安心だと?」
「いいえ」
彼女は、ほんの少しだけ寂しそうに微笑んだ。
「わたくしのことを本当に理解してくださる方が、いなくなってしまいますから」
なぜそんなことを尋ねたのか、自分でも分からない。それでも私は、彼女がかつて私を愛したことがあるのかと聞いた。
セレスティアは、しばらく黙っていた。
「以前は、愛しておりました」
「いつまでだ」
「愛していたからこそ、よく見ていたのです」
彼女は鉄格子の隙間から手を伸ばし、白い指先で私の頬へ触れた。
「よく見ていたから、あなたが王となった未来を想像できた。立派な王になったでしょう。民から慕われ、後世の歴史書にも名君として記されたはずです」
「ならば、なぜ」
「その歴史書の隅に、あなたの正しい決断によって切り捨てられた者たちの名前は残らないでしょう。わたくしは、そこへ自分の名前が書かれる前に、あなたを物語から退場させました」
指先が頬から離れた。
「それが、君の愛か」
「愛がなくなったからできたのではありません。愛していても、自分のために切り捨てられる。それだけです」
セレスティアは背を向けた。
私が、皆の前で婚約破棄をしなければどうしていたのかと尋ねると、別の方法を考えたと答えた。最後まで彼女を信じていたなら、アイリスを殺し、その罪を私へ着せていたかもしれないとも言った。
「どちらにしても、私を排除したのだな」
「はい」
「ならば、なぜ私が婚約破棄をするよう仕向けた」
「そのほうが、美しい物語になるからです」
セレスティアは振り返った。
「傲慢な王太子に捨てられた令嬢が、自らの潔白を証明し、より誠実な王子に愛される。人々は、そのようなお話を好みますでしょう?」
「人の人生を、物語としか思っていないのか」
「人は皆、自分が信じたい物語の中で生きています。わたくしは、その物語を少し読みやすく整えて差し上げただけです」
そう言い残し、セレスティアは牢を出ていった。
◇
夜が明けた。
遠くから、私の処刑を知らせる鐘の音が聞こえてくる。
王都中央広場には、大勢の民が集まっているだろう。露店では私の首を模した菓子が売れ、子供たちは父親の肩に乗って、元王太子が処刑される瞬間を待っている。
セレスティアも来るという。
新たな王太子となったノアの隣で、黒い喪服をまとい、私の死を見届ける。
彼女はきっと泣くだろう。
自分を陥れ、殺そうとした元婚約者であっても、その死を悲しまずにはいられない慈悲深い令嬢として。
その涙は、本物かもしれない。
彼女は、私が死ぬことを寂しいと言った。セレスティアは感情を持たない怪物ではない。
愛しながら切り捨てられるだけだ。悲しみながら殺せるだけだ。相手の人生を奪ったあと、自分の胸に生まれた痛みさえ、次の物語を美しく見せるために使えるだけだ。
だからこそ、誰も彼女を怪物だとは思わない。
純粋な嘘つきなら、いつか言葉の矛盾を見つけられる。怒りや欲望を隠せない悪人なら、いつか誰かが本性に気づく。
だがセレスティアは、自分の行いを飾る必要さえない。
人々が見たいものを理解し、その通りの場所へ立ち、その通りの表情を見せればよい。周囲は自ら不足した部分を補い、彼女がもっとも美しく見える物語を完成させてくれる。
鉄の扉が開き、看守が時間を告げた。
両手へ鎖をつけられ、長い階段を上がるにつれ、民衆の歓声が大きくなる。地上へ出ると、眩しいほどの朝日が目に入った。
セレスティアの言ったとおり、雲一つない晴天だった。
広場の中央には処刑台が設けられ、その向こうには国王と王妃、新たな王太子となったノアが並んでいる。
そしてノアの隣に、黒い喪服をまとったセレスティアが立っていた。
私と目が合うと、彼女は悲しげに瞳を伏せた。あまりに美しく、あまりに哀れな姿に、広場のあちこちからすすり泣く声が聞こえた。
処刑台へ上がると、罪状が読み上げられた。
婚約者への虚偽の告発。聖女候補の利用。証拠の捏造。王位簒奪の企て。
私が行っていない罪を聞きながら、観衆を見渡した。
誰も、真実を知ろうとしていない。
彼らにとって重要なのは、私が本当に何をしたのかではなかった。傲慢な王太子が罰せられ、虐げられた令嬢が救われる。その結末によって、自分たちが正義の側にいると感じられることのほうが大切なのだ。
処刑人に最後の言葉を問われ、私はセレスティアを見た。
彼女だけに伝わる言葉を残そうと思った。たとえ民衆が別の意味に受け取ろうとも、彼女自身に、自分が何者であるかを忘れさせないために。
「セレスティア・ルーヴェンは、私よりも王にふさわしい」
一瞬の沈黙のあと、割れんばかりの歓声が上がった。
罪人が最後に自らの過ちを認め、善良な元婚約者を称えた。民衆は、そう受け取ったのだろう。
ノアは感動したように目を潤ませ、国王は静かにうなずいた。セレスティアは胸元へ手を置き、深く頭を下げた。
その仕草によって、私の最後の言葉は、彼女の正しさを証明する祝福へと変わった。
顔を上げたセレスティアが、私だけに分かるほど小さく唇を動かす。
――ありがとうございます。
私は最後まで、彼女の物語から逃れられなかった。
私が彼女を告発した言葉も、婚約を破棄した行為も、処刑台で残した最後の抵抗さえ、すべて彼女の正しさを飾るために使われる。
処刑人が剣を持ち上げた。
朝日に照らされた刃が、白く輝く。
悪役令嬢は、断罪されなかった。
彼女は断罪の舞台を、自らの戴冠式へと変えたのだ。




