表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

勇者は距離感を間違えたか

掲載日:2026/07/06

「……何だ?」

ラピスラズリの瞳が勇者を見つめる。

前世と同じ問い。

けれど、答えは違う。

「――あなたのことを、今度こそ知りたい」

入学式が終わり、新入生がまばらになった教室。異世界から召喚されたばかりの勇者アオイは、レオン・フォン・ヴァルハルトの前に立ち、満面の笑みを浮かべていた。

レオンは、そのラピスラズリの瞳をわずかに見開く。

(……おかしい。何かが致命的に狂っている)

前世――いや、彼にとっての「朧げな予知夢」のような記憶では、彼はここで彼女に「平民風情が」と言い放ち、険悪な関係になるはずだった。実際、今もそのセリフを喉まで出しかけていたのだ。

だが、目の前の黒髪の少女は、拒絶される隙を一切与えないほどの距離まで踏み込んできている。その瞳にあるのは、かつての敵意ではなく、底なしの執着と、ほんのりとした熱を帯びた好意だった。

「 私の前に気安く立つな」と冷たく突き放し、逃げるように教室を後にした。


翌日

「おはようございます、レオン様!」

満面の笑みで駆け寄るアオイ。

教室中が静まり返った。

(え?)

(勇者が……挨拶した?)

レオン自身が一番驚いていた。

「……私と話しているのか?」

「もちろんです!」

「何か企みか?」

「ありません!」

「ならなおさら意味が分からん。」

前世では初日から睨み合いになった少女が、今日は犬のように尻尾でも振りそうな勢いで笑っている。

理解不能だった。

そこへ王子が近づく。

「勇者殿、席はこちらへ──」

「ごめんなさい。」

あっさり断る。

「私、レオン様の隣に座ります。」

教室が凍った。

「なっ……」

レオンが珍しく言葉を失う。

将軍の息子は椅子から転げ落ち、魔法協会長の息子は持っていた本を落とした。

王子だけが作り笑いを浮かべる。

「……どうして彼の隣なんだ?」

「えっと……」

アオイは慌てる。

(『あなたのことを知りたい』なんて言ったら重いよね!?)

結局。

「顔が好みなので。」

教室中が爆発した。

「ぶっ!」

「はぁ!?」

「勇者ぁぁぁ!?」

レオンだけは真顔だった。

「初対面で容姿を理由に判断するとは。」

「はい?」

「実に浅薄だ。」

「違うんです!」

「違わん。」

「違いますって!」

顔を真っ赤にして否定するアオイ。

(前世ではもっと感動的に再会できると思ってたのに!)

レオンはため息をつく。

「……好きにしろ。」

そう言って窓際の席へ向かう。

その後ろを、小走りで付いていく勇者。

「レオン様!」

「何だ。」

「お昼、一緒に食べませんか?」

「断る。」

「では放課後は?」

「断る。」

「訓練は?」

「断る。」

「休日は?」

「断る。」

「じゃあ今度──」

「全部断る。」

周囲の生徒たちは目を疑った。

あの高飛車なレオン・フォン・ヴァルハルトが、勇者から猛烈に言い寄られている。

しかも本人は本気で迷惑そうだった。

昼休み。

アオイは食堂で一人落ち込んでいた。

「……嫌われた。」

「当然でしょう。」

後ろから声がした。

振り返ると、銀髪の少女がトレーを持って立っている。

聖女候補、リシアだった。

「あなた、距離が近すぎます。」

「そうかな?」

「初対面で襲いかかりそうな勢いでした。」

「そんなつもりじゃ……」

「本人は、完全に警戒していましたよ。」

アオイは机に突っ伏した。

「今回は、もっと話したかっただけなのに……。」

「……今回?」

「い、いや! 何でもない!」

リシアは首を傾げながら微笑む。

「焦らなくても、レオン様は努力する人です。」

「努力?」

「毎朝、日の出前から訓練しています。」

アオイの表情が変わる。

「……知ってる。」

思わず漏れた一言。

リシアは少しだけ不思議そうな顔をした。

「え?」

「……ううん。」

アオイは立ち上がる。

「決めた。」

「何をです?」

「今度は隣で、一緒に努力する。」




また別の日

訓練場では、レオンがいつものように家宝の宝剣を振っていた。

「九百九十七……

九百九十八……

九百九十九……

千。朝は、残りニ千回か」

汗を拭いた瞬間。

「レオン様、おはようございます!」

元気な声が響く。

振り返る。

勇者が木剣を抱えて立っていた。

「今日から一緒に朝練します!」

レオンは空を見上げ、小さく息を吐く。

「……本当に意味が分からん。」

しかしその胸の奥には、本人も気付かないほど小さな、懐かしい温もりが灯っていた。ラピスラズリの瞳に、今度は冷徹さではなく、少しだけ呆れた、けれど温かい光を湛えて、少年は小さくため息をついた。



その様子を、王子が見つめている。

その手には、一匹の蛇が薔薇へ巻き付く紋章の封蝋がされた封書を持っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ