歴史小説【鉄の夢、韮山の空に燃ゆ 、江川親子と反射炉の物語】
天保11年、アヘン戦争の報は江戸を震撼させた。大国・清がイギリスの巨砲の前に屈した事実は、「次は日本だ」という強烈な危機感となって幕臣・江川太郎左衛門英龍を突き動かす。
当時主流だった青銅砲は、製造こそ容易だが素材が柔らかく、重い。さらに、連射すれば熱で歪み、射程も短いという致命的な弱点があった。
対する鉄製砲は、軽量でありながら極めて硬く、強力な火薬爆発に耐え、圧倒的な飛距離を誇る。それは、中世の戦を終わらせる近代化の象徴であった。
「青銅の砲では勝てぬ。強固な鉄の大砲を、我ら日本人の手で造らねばならん」
幕府から命を受けた江川英龍は、伊豆・韮山の地に巨大な反射炉の建設を決意した。しかし、当時の日本には大量の鉄を溶かすための反射炉の設計図はない。
英龍の手元にあるのは、オランダの技術書ただ一冊。彼は蘭学書を読み漁り、一字一句を紐解きながら、職人たちと膝を突き合わせた。
反射炉の建設には膨大な資金が投じた。その額、小判3200枚。現代の価値にすれば数億円という巨費であった。
外部には伊豆石を積み上げ、内部には熱を反射させるための耐火煉瓦を、職人たちが一つひとつ丁寧に焼き上げた。
しかし、安政2年。道半ばにして江川英龍は病に倒れる。「あとは頼む……」その執念を継いだのは、息子の英敏。
父の背中を見て育った英敏は、動揺する職人たちを鼓舞し、再び炉に火を灯した。
韮山反射炉
連双2期(4炉)
外部 伊豆石
内部 耐火煉瓦
煙突部 煉瓦組積
溶解量 一炉 500〜700貫
(1.9トン〜2.6トン)
安静4年(1857年) 職人たちの作業により連双2期(4炉)の反射炉が完成させた。
反射炉の図
完成後に困難を極めたのは、火を止めぬことだった。炉内で鉄を溶かすには凄まじい高温を維持しなければならない。
「火を絶やすな! 風を送れ!」
夜の闇を焦がすほどに赤々と燃える高炉。英敏と職人たちは、顔を煤で真っ黒にしながら、昼夜を問わず炉に石炭を投げ込み続けた。
吹き出す熱気に肌を焼かれ、咆哮を上げる炉の音に耳を貸しながら、彼らは日本の未来をその炎に見出していた。
純日本製の鉄製の砲身の完成。
「撃て!」
轟音と共に放たれたのは、18ポンドカノン砲。ついに日本は自力で鉄製の大砲を鋳造する力を手に入れた。
残念ながら、歴史は残酷な一面を見せた。日本の鉄鉱石に含まれる不純物が災いし、実戦に耐えうる強度が不足していたため、完成した四門の砲が江戸のお台場に据えられることはなかった。
量産化という点では「失敗」だったかもしれない。
しかし、異国の技術に頼り切るのではなく、自らの力で産業革命の扉を叩こうとしたその「苦闘の跡」は、150年以上の時を超えても色褪せることはなかった。
2015年、韮山反射炉は世界文化遺産登録。
かつて夜を徹して高炉を動かし続けた男たちの熱き魂は、今も韮山の四本の煙突に宿り、静かに日本の空を見守っている。
歴史小説
【鉄の夢、韮山の空に燃ゆ 、江川親子と反射炉の物語】 完




