異性の幼馴染を保護した?
それは結婚前に愛人を見繕ったと考えてよろしい?それとも…?
そうですか、そちらの幼馴染の方を保護したと。
その方のことはご両親は?
へぇ快く受け入れたのですね、わかりました。
それはいつからのことで?
3月前…この事を報告は?されてない?
理解不能と言ったお顔ですね。
では今後の事を後日両家での話し合いを致しましょう。
それでは今日はこれで失礼します。
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あら子爵ご夫妻、顔色が優れませんね。
あぁ目の前の父が威嚇しているからでしょうか。
お父様お気持ちはわかりますけれど話が進みませんから。
えぇ、今回の話し合いはそちらのご家族が幼馴染さんを家に入れたことによる婚約解消のことについてです。
あら?何故とは?
私との婚約を厭ったから異性の幼馴染さんを家に入れたのではないのですか?
違うと。ただの保護だと。
でも別邸もしくは離れたところでの保護ではなく我が物顔で本邸にいらっしゃるのでしょう?
ではその方と貴方との間に男女の関係が“ない”という証明ができないのでは?対外的に。
少なくとも我が家では結婚前に愛人を見繕ったにしか見えませんのよ?
幼馴染を侮辱するな?
それはこちらのセリフですね。
貴方が虐げられていた幼馴染を不憫に思って保護することが悪いとは言いません。
ですが妙齢の男女が同じ家に住む。
例え客間であったとしてもすでに3月もの間一緒に過ごしてる。
それを貴方のご両親も了承され、そして私の家には隠していた。
これは不貞を隠していたと思われても仕方ないのですよ。
そして堂々と婚約者同士の語らいの場に、先に何も伝えずに連れてくる。
それがこちらを侮辱してないと言えますか?
逆に私が異性の幼馴染を匿って家に連れ込んでいた場合どうでしょうか?
貴方は私に疑いの目を向けずにいられますか?
えぇ、ようやくお分かりになられましたか。
貴方がやったことは人助けなのかもしれません。
ですがやり方が悪い上に、軽率で周りの目を判断できない愚か者という事実を突きつけたのですよ。
ご両親共々。
私、貴方方ご家族とそれなりに上手くやっていたつもりだったのですが、このような仕打ちをされるほど嫌われていたなんて。
あら、子爵ご夫妻はそんなつもりなかったと。ではその幼馴染さんをどうするおつもりだったのですか?
保護したままずっとお家に居させる予定だったのでは?
…違うと。
では幼馴染さんにどう身を振る様にさせるおつもりだったのでしょうか?具体的には?
まだ話す前段階でしたか。
ですがその前に私の所に連れて来られたのですよ、貴方方のご子息は。堂々と。
しかも私と仲良くなって欲しいと!
これが本妻に対して愛妾と仲良くなれと言ってる様に捉えられても仕方ないのですよ。
まぁまだ結婚してませんでしたけど。
そしてこれからも婚姻は結びませんけど。
…そんなつもりなかったと。
ただ私に友人になって欲しいかったからだと。
無理ですね。
前提として私がこう言った形ではなく、別の形で紹介を受けた上で、彼女を気に入っていたのであれば友人になることはできたかもしれません。
一応、彼女の境遇には同情は致します。
ですが、異性の幼馴染を頼るのは良いにしてもあまつさえその家の“本邸”に住み込み、幼馴染の婚約者の前に堂々と姿を現した時点で無理です。
しかも幼馴染同士にしかわからないお話を延々と聞かされて…それ以外にできる話がなかったのかもしれませんが。
それにしてもあまりにデリカシーがないと思いません?
馬鹿になさるのもいい加減にして欲しいくらいです。
そんなに彼女のことを思うなら彼女を婚約者に据えたらよろしい。と私が思ってしまうこともまた仕方ないと思いませんか?
そこまで思わせておいて婚約の継続など言いませんよね?
私としては思うことはあっても穏便に解消できるなら別に構いませんわ。
あら、何故と?
貴方への情が幼馴染さんへの対応によって霧散されたからです。
それに調べたところ、既に貴方方の噂が流れ始めていることを知りましたから。
あら、ご夫妻も貴方もご存知なかったのですか。
この婚約は王太子殿下ご夫妻の肝入りの政策のために、派閥間の融和を考えたものなのはご存知ですよね?
私の家とそちらの家の婚約はその主軸とはなりませんが、絶妙なバランスで配置された婚約の一つではありました。
そしてそれを取りまとめたのがそちらの寄り親である侯爵家。
大事な政略結婚であったのです。
幸い私と貴方との相性も悪くなかったので今まで問題がなかったですが、それに亀裂を入れたのが今回のことです。
原因は貴方が保護した幼馴染さんの実家の男爵家ではなく、その親族の伯爵家。
伯父に当たるご当主と祖父に当たる先代が原因でした。
貴方が緊急で保護して彼女の親族に連絡された段階で、彼女を伯爵家の方に保護させるべきでしたね。
彼女があまりにも痩せ細っていたために静養が必要であっても、他人の家に3月も居候させる段階でおかしいのです。
領地ではなく王都の邸宅間の移動なのですから、そちらに保護してもらうべきなのです。
末端とは言え貴族の子女なのですよ?
誘拐と捉えられる様な事にもなりかねないので、親族の家に保護してもらうのが正しい。
もちろん親族であっても誘拐だと騒ぐ可能性はありますけど。
それでも親族がいるのに他家がずっと保護するのはまずいことなのは自明の理。それなのに…
しかも婚約者である私の家にも、更にはこの婚約を取りまとめた侯爵家にも、報告や相談がされていなかった。
これは由々しき事態なのです。
その上貴方と彼女とのヒーロー談、美談が流布されつつある。それも彼女の親族から。
私の家もそうですが、寄り親の侯爵家も更には王太子殿下ご夫妻も大変お怒りとの事です。
あの日の事の顛末つまりは幼馴染さんを紹介された事を、すぐに父を通してうちの寄り親の公爵家、更には取りまとめたそちらの寄り親の侯爵家に連絡致しました。
何故ですか?
むしろ私が知った段階で報告しなければいけませんもの。
そのままにしたところで悪化の一途。
貴方と幼馴染さん含めてそちらの家は謀反を考えていると捉えられても仕方ないのですよ?
それに私が報告しなくともこの婚約は破綻したでしょう。もっと悪い形で。
ですから速やかに報告する必要がありました。
お分かりになりました?
私の報告云々ではなく初手から間違えたそちらの落ち度です。
私のせいではありません。むしろこちらは比較的穏便に済む様に図っていますのよ?
話を戻しますが、侯爵家及び公爵家を通して更に上の王太子殿下ご夫妻にも報告が上がり、私を含めて両親と共にこの婚約の意義を確認された上で、上の方による会議が開かれた結果、この婚約を解消することが決定されました。
そちらが呼ばれていなかったのは子爵家と言う地位と、此度の事の対応で真面に話を聞いたところで意味がないと見なされたのでしょう。
漸くお分かりになられましたか?
そちらのお家の立ち位置の危うさとこれからの事とを。
ちなみにですが件の伯爵家にも自分達のやっていることの意味を確認されたそうです。
そしたらなんと!
全くご理解されていなかった様ですわ!
耄碌されたのでしょうか?
伯爵家ともあろう者ながら。
同じ爵位を持つ立場でありますが我々には考えられない事です。
まぁご当主と先代の言い分としては、今まで助けられなかった罪悪感から、孫もしくは姪を幸せにしたいと考えられた”だけ“だった様で。
救ってくれた貴方を本当にヒーローの様に思っていらっしゃる彼女の気持ちを後押しするため”だけ“にこの様な噂を流していったそうですわ。
それが侯爵家並びに王家に反旗を翻す様な危険な行為であると認識されていなかった様ですわ。嘆かわしい。
そして世間はそう言った娯楽が好きですわ。
苦難を乗り越えた先にヒーローと結ばれる悲劇のヒロインという娯楽が。
ですので、火消しをするよりもそのまま貴方の婚約者に彼女を据える様に持っていくと決定されました。
私は2人の絆を目の当たりにして潔く身を引いたと言う程で、速やかに他の方との婚約が決定することでしょう。
しかも上の方々から多少同情して頂いている様でして、新しい婚約者候補からある程度自由に選ぶ選択権を頂きました。
しかも婚約者候補の方は、貴方と違って十分にこの婚約に対してご理解されてるとの事で…本当に安心できます。それだけでも…ね。
惚れた腫れたなど些末なことに囚われ過ぎている貴方に比べて。
もちろん長い時間共に過ごす相手に良い感情を抱く事は問題ありません。むしろ推奨されるべきでしょう。
それでも権利の前に義務があるのですが
義務を怠った状態で権利ばかり主張していては問題なのです、我々の立場では。
それをご理解頂けるかしら?
そう、貴方の主張は権利の主張ばかりになってしまっているのです。
私を愛してくださったのはありがたい事ですわ。
ですがここまでくるともうそう言った個人の主張は意味を為しません。ただの駄々っ子扱いにすらなります。
今後は絶対に控えてください。
本気で消されますよ?
今回の婚約解消に対して私に瑕疵はない上に、この国では婚約を解消しただけで価値が下がるほどでもないので、問題なく次の婚約が決まる事でしょう。
これまでも家の事情で婚約を変更することはどこにでもありましたし、相性が悪すぎる相手との結婚で刃傷沙汰が度々起こったことで無理な婚約・婚姻が問題視されたことがあってから余計に相性も加味しつつお互いが歩み寄れるお相手を考える方向に進んでいますから。
あら益々顔色が優れませんね。
ここまで言って漸く骨身に沁みたのでしょうか?
ですが、この程度で済んでまだ良かったのですよ。
ご子息に対して『王家の関わる婚約に不満を覚えて、結婚前から愛人を既に囲っている』と言う情報操作がされていないだけ有難いと思わないと。
貴方がヒーローとして祭りあげられているだけマシでしょう?
まぁその代わり貴方に嫁ぐのはその幼馴染さん以外あり得ないとなりましたけど。
この様な状態で幼馴染さん以外が嫁ごう思う方がいらっしゃるとは思えませんし。
婚約解消を撤回してくれ?ですか。
何故でしょう?
私への侮辱行為を平気でされるお家に何故嫁がねばいけないのでしょう?
それに先程も述べた通り、貴方に嫁げるのはその幼馴染さんだけです。
それを拒絶したらこの家など簡単に潰されてしまいますよ?
すでにその原因となった彼女の生家の男爵家は取り潰しが決定しています。
親族の伯爵家も降爵が決定しています。
色んな意味で貴族としての義務の何たるかを理解していないのですから、高位貴族としての自覚なしと判断されました。
こちらの家はヒーローとしての役割がありますから表向きも何もないでしょうけど。
でもそれだけですね。
今度この家がどうなるかまではわかりませんけど。
私を愛してる?
そんなの言い訳にもなりませんわ。
先程も言った通り婚約解消は覆りません。
貴方と幼馴染さんの婚約及び婚姻もです。
寄り親も王家も婚約の継続は認めませんし、場合によってはお二人で市井に放り込まれますよ?
駆け落ちした体で。しかも不幸にも市井降りたあとに野盗に襲われるやもしれません。
そして私は別の方と婚約致します。
それは規定路線です。
それに今言った愛の告白はむしろ逆効果です。
貴方は私を愛していながら幼馴染を囲ってる、愛がいくつもある浮気者にしか思えませんから。
お分かりになりました?
全てはもう遅いのです。
でしたらこの婚約解消の書類に素直にサインしてくださいませ。
素直に応じないなら多分捏造されると思いますよ、もっと悪い条件に変更されて。
これは子爵家並びに貴方と幼馴染さんへの恩赦だと思ってくださいませ。
子爵ご夫妻も納得して下さいますか?
そうですか。ご納得頂けましたか。
無益な戦いをせずに済んで良かったですわ。
そうそう、幼馴染さんの従兄弟様はとても優秀だった様なのです。
ご自身の父と祖父を諌めていたそうですわ。
それでも処置なしと判断されてそちらの方からも報告が上がっていた様でして。
そちらとこちらの両方から報告が入っていた事で今回すんなりことが運んだみたいですわ。
従兄弟が把握されたのが2週間ほど前だった様で、もっと早くに気づいていればと悔やんでいらっしゃるみたいですわ。
でも仕方ないと思いますわ。
いくら次代とはいえ、現当主と先代が組んでやらかしていたことですもの。
ですがその方が適切に動いたので降爵程度で済んだのです。
降爵は遡って先代からと言うことになりました。
汚名を被るのは先代と現当主です。
次代の彼は功労者で被害者ですから。
従兄弟様はご結婚されてお子様もいらっしゃたのですが、夫人の実家に即座に謝罪に向かわれ、こちらの不手際による離婚もやむなしとまで仰ったそうです。
夫人も夫人のご家族も従兄弟様の誠意ある対応にそのまま婚姻を続ける事になったそうです。
これは先日お聞きしたばかりですが、貴方への罰として話していいと許可頂いております。
ご自身のしでかした影響がどの様に波及するか、その影響の一つをご理解くださいませ。
今回は従兄弟様が真面でしたし把握してからの対応も早かったので良かったですが、これがもっと後手に回っていたらもっと悲惨だったでしょう。
王家にも弓引く行動だと思われればどうなったでしょうか?
貴方方の尻拭いとも言うべき事をやらざるを得なかった方がいる事を努努お忘れなき様に。
さて話は終わりました。
今後は私と私の家との関係はなくなりました。
流布されたヒーロー談がどこまで貴方とこの家を守るかは分かりませんが、ご多幸をお祈りしておりますわ。
最初はもっと違うタイプのお話だったのですが、気づいたらこんな風になっていました。