第6章。 『正体は隠せても、イラストはバレる。』
大学がまさかの『ゴキブリ退治』で休講。
暇を持て余す匠は、すみれの足首を看病するハメに。
――だが、よりによってそのタイミングで部屋に乱入してきたのは、新聞部の後輩&部長。
「……いや違う!これはただの軟膏だって!」
誤解ゲージMAXのまま一日が過ぎ、バイト先ではソロ店員モード発動。
翌日。
美雪から「二人だけで会える?」のLINE。
※注:デートではない(本人談)。
カフェでの原稿チェックは、なぜか周囲に『痴話げんかカップル」認定され、ツンデレルートのフラグが立つ。
そして帰りの電車内。
Pixivで見つけた一枚のイラスト――
それは、匠と茜の月見シーンをそのまま切り取ったような光景で……?
ラブコメDLCイベント、いよいよカオス展開へ。
新井・匠
篠原・茜
藤宮・美雪
川崎・陽翔
如月・すみれ
橘・麗華
古賀・日和
中原・美咲
神保町、東京。
10月7日。
月見の翌朝。
布団が俺に話しかけてきた――ゾンビ語で。
『ベッドに残るか、都市伝説になるか。好きな方を選べ』
……いや、残念ながら俺は『社会人予備軍モード』を発動するしかない。
顔を洗ってクマに停戦交渉を持ちかけ、ノートをカバンに突っ込み、コーヒーマシンに一縷の望みを託して大学へ向かった。
駅へ下る坂道で、逆方向から歩いてくる陽翔と鉢合わせた。
まるで世界地図が上下逆さまになった気分だ。
「おい、行くのか? それとも帰るのか?」と手を振る。
「……ああ、匠。俺は帰りだよ。害虫駆除のため休講」
指でキャンパスの方向を指しながら言う。
「休校? そんな連絡あったっけ?」
「全部の学部に掲示が出てた。食堂にゴキブリ出たんだと」
「なるほど……」
『これからは噂だけじゃなく、ちゃんと掲示板も確認しなきゃな。せっかく早起きしたのに無駄足だった』
「じゃあ……朝飯でも行くか? せっかく時間あるし」
ポケットから小銭を取り出しながら誘ってみた。
「悪い、匠。今日は色々やることがあって」
「お前、いつもやることあるよな」
「それが俺の隠された才能だ」
軽くウィンクして、人混みに紛れていった。
ため息。
――自由時間、午後五時まで。俺の腹は下品に喜びを表現した。
スマホを取り出し、グループLINEにメッセージを送る。
「今日授業ないし、集まらない?」
返事は即座に美雪から。
『無理。昨日のアイデアまだ書き終わってない』
数分後、茜からも。
『ごめんね、新井くん。私も忙しい。昨日の小説のイラスト仕上げないと』
『なるほど、東京の優しさ。俺の睡眠不足に合わせて大学が休んでくれるわけね。』
帰って二度寝でもするか――そう思った瞬間、すみれにLINEを送った。
「足首、今朝はどう?」
返事はすぐだった。
『あら……おはよ匠。会いたかったのバレバレ? ううん、足首はパンパンで歩けない』
「そりゃ残念だな。朝から俺をストーカーしてくれる人がいないなんて」
画面を見つめて一拍。
昨夜の光景が脳裏をかすめた。あの転びかけ、彼女の『いたっ』、そして俺の腕にかかった重み。
「じゃあ、湿布と鎮痛剤持って行くよ」
『えっ、本当に? そこまでしなくても。匠のせいじゃないんだし』
「分かってるけど……それでも罪悪感あるんだよ」
スマホをポケットにしまう。
――はい、ここに一人、紳士力トラップに自ら突っ込む馬鹿がいます。
『ああもう、母上。どうして俺に困ってる人を放っておけないなんて教え込んだんだ……』
帰り道にドラッグストアへ寄り、消炎クリームと包帯を購入。
ついでにコンビニでジュース、豆腐、ネギ、わかめを買い足す。
もし彼女の台所に味噌さえあれば、10分でそれっぽい味噌汁が作れる。
空は晴れているが、朝の空気はひんやり。秋の気配がじわじわ迫っていた。
『……正直、真夏の地獄よりはマシだ。あんな灼熱、誰が好き好んで望むんだ?』
ようやくすみれのアパートに到着。俺のアパートから二本先の通り、三階建ての二階。
チャイムを押してみたが、念のためLINEも送る。
『今、外にいる。開けられる?』
返ってきた声は、中から直接――やけに響いていた。
「開いてるよ、入って」
……本人の許可が出たので、ドアを押す。
中は紙と徹夜の香りで満ちていた。
リビングにはポストイットまみれの新聞、雑誌、書き込みだらけの本。机はすでに戦場だ。
奥の部屋はドアが半開き。
「お邪魔しまーす……」
「どうぞ……」
声は寝起きそのもの。
部屋に入ると、ベッドに横たわるすみれの姿。
……パジャマが小さい。
いや、別に裸とかじゃない。ただ『誤解警報ピーピー』が発動する程度には短い。
前髪ラベンダーは、重力だけで整えられた天然ヘアスタイル。
「急に来るなんて」彼女は少し緊張した笑みを浮かべる。
けど、その緊張は長く続かないだろう。
「いや、ちゃんとLINEで言ったし。せめて着替えてほしかったな」視線を泳がせながら返す俺。
「あれれ……エッチなこと考えてる? ふふふ、もし誰か見たら無防備な女の子を狙うストーカーにしか見えないよ」
ため息。
「はいはい。俺の武器はこれだ――軟膏、包帯、そして豆腐。完全装備の捕食者だな」
コンビニ袋を掲げてみせる。
「ぷっ……ありがと、ほんと優しいね」
キッチンは二口コンロの狭い通路。冷蔵庫を開けると――味噌、あった。
ビンゴ……
鍋に水を張り、わかめ、豆腐、刻みネギ。
湯気が立ちのぼり、『庶民的だけどちゃんと家庭の匂い』で部屋を満たす。
『ばあちゃんが見たら泣いて喜ぶな。俺も地味に誇らしい。』
数分後、トレイに味噌汁とおにぎり、コップの水を乗せて戻る。
「まず朝飯な。それから足首チェック」
「えー、先生ごっこ?」
「そう。医者、コック、被害者大学生、全部兼任中」
すみれが味噌汁を一口。
「……あ、これ美味しい。ありがと、匠」
本気で嬉しそうな顔をしている。俺の母親の料理を食べた時の俺の顔と同じだ。
「よし、もう俺、食堂開けるわ」
食べ終わったところで、軟膏と包帯を取り出す。
「これ、自分で塗れる?」
「……無理。触るとすごく痛い」
「まあ、そりゃそうか。じゃあ俺がやる。タオル、小さいやつある?」
「左の引き出しに……隣は絶対開けちゃダメだから!」慌て気味に言う。
『はいはい。今ので下着収納だって分かったから』
ベッドに腰をかけさせ、俺は床にひざまずく。
足首は赤く腫れて熱を持っていた。
周りを軽く押さえて場所を確認する。
「い、痛っ……や、優しくしてね」すみれが小さく声をもらす。
「その言い方は誤解を量産するやつだからな」
「きゃっ!」短い悲鳴。
「……うん、ここか。冷たいから覚悟して」チューブを握りながら言った。
「んっ……ま、待って……もっとゆっくり……」
『その言い方、誤解量産機なんだが……。』
「しっ……声を抑えろ。隣の人に聞かれたら誤解されるだろ」俺は小声で注意する。
「ここには誰もいないよ……好きなだけ声出せる」
「だから、その言い方が一番危ないんだって……!」
指で軟膏を伸ばすと、彼女はまた鋭い声を上げる。
「あっ……! そ、そこ! 優しくって言ったのに……荒っぽすぎ……!」
「悪い……もう止まれない。あとちょっとで終わるから」
「ん……も、もっと優しく……」
俺とすみれは変に息が荒くなり、空気が妙に熱を帯びる。
――ドア側から見たら完全にアウトな構図。
俺が彼女に覆いかぶさる形で、肩を掴まれる。小さめのパジャマは乱れて、短い吐息が交じる。
完璧な『してません』シチュなのに、第三者からは『してます』にしか見えない。
……その瞬間、玄関のノブが回った。
「せ、先輩……ドア、開いて……」
振り向くと、そこには小鹿みたいに固まった古賀日和。
目を丸くしたままフリーズしている。
「……どうしたの、古賀さん?」
さらに背後から顔を出したのは、部長の橘麗華。
落ち着き払った声。
二秒で現場をスキャンし、彼女は冷静に裁定を下した。
「……エロいことするなら、せめて鍵くらい閉めなさい。邪魔しなかったのに」
俺はまだ軟膏を持ったまま、完全に証拠物件のポーズ。
「ち、違う! これはただの薬! 消炎軟膏! ちゃんと薬局のレシートもある!」
「……軟膏」日和が復唱する。目はまだ泳いでいる。想像力の暴走が見て取れた。
すみれは真っ赤になりながらもクスクス笑い出す。
「あぁあ、せっかく盛り上がってたのに……残念。匠って意外と上手なんだよね」
「今それ言うなぁぁ!」
「声が……変だったから。てっきり何かあったのかと……」日和は俯いたまま。
「いや、ただ痛がってただけ。ほら、腫れてるだろ?」俺は彼女の足首を指さす。
麗華は顎に手を当て、ふむと頷いた。
「……まぁ、今回は信じてあげる。如月さんの性格も知ってるし。ケース・クローズ……とりあえず」
そして、聞き取りづらい声でぼそっと付け足す。
「……でも、男同士だったらもっと面白かったのに」
「えっ?」すみれと日和がハモる。
「なんでもない。ただの独り言」麗華は視線を逸らす。
……俺だけはしっかり聞こえていた。
「はいはい、評論家様。ファンフィクション化する前に味噌汁でもどうぞ」
「じゃあいただくわ。料理の腕、審査してあげる」麗華は当然のように腰を下ろす。
「わ、私も……」日和はまだ真っ赤のまま、おずおずと座る。
頭の中は多分、さっきの誤解映像でいっぱいだろう。
結局、三人ともちゃっかりテーブルに集合。
俺は味噌汁を配り、水を注ぎ、すみれには氷嚢を。
話題は昨夜の月見――船の航跡に割られた月、真ん中の団子、そして大事故のコント。
俺は薬局の件や『お隣さんレベル』の看病プランを説明。
時間が経つにつれて、すみれの足首の赤みは少し引いていった。
時はあっという間に過ぎ、気づけば携帯の画面は午後4時22分を示していた。
「そろそろバイト行かないと」
「行って行って。今日は誰も見張ってないから、自由を満喫しなさい」すみれは枕に沈みながら、諦め半分の笑顔を浮かべる。
「寂しいな。今日は仕事場で俺をストーキングしてくれる人がいないのか」俺は皮肉混じりに返す。
「今日は本当にありがとう。まさかここまでしてくれるとは思わなかった」
その一言と、小さな笑顔。いつもの茶化した笑みじゃなく、どこか素直で柔らかい笑みだった。
「ちゃんと休めよ。痛くなったらLINEしてくれ。近所なんだから」
薬とトレイを片付け、氷袋をテーブルに置いたまま部屋を出る。
廊下に出ると、神保町の空はすっかりオレンジ色に染まっていた。
「よし、今夜は平和なバイトでありますように」そう呟きながら駅へ。
……フラグは秒速で回収された。
美咲が体調不良で休み。俺ひとりでレジ、品出し、クレーマー対応、そして閉店作業のフルコース。
極めつけに、ユーチューバーが配信で『この店おすすめ!』とか言って大量の客を引き連れて来店。
「おいおい……よりによって今日かよ」
奇跡的にレジは合い、ショーケースも片付き、俺も倒れずに済んだ。
『本日のまとめ:看病イベント→店ドタバタ→生存確認。これDLCで時給アップしてくれ。』
9時半、段ボール臭を身にまといながら店を閉めた。
帰り道がやけに長く感じ、布団が神殿に見えた。
――今夜こそは少しでも眠れますように。
***
神保町、東京。
10月8日。
目覚ましが鳴ったが、体は前夜からストライキ続行中。
昨日の疲れが骨の隅々まで残っている。
『ありがとう、ゴキブリ様。おかげで今日も大学休講です。』
天井を見つめて、自分がまだ生きてるのか、家賃払わない幽霊なのか確認する。
渋々起き上がって、キッチンへ。
冷蔵庫を開けると――中身は水のペットボトル半分と干からびたレモン半分。
「最高の朝食じゃん。ぬるま湯+ミイラ化シトラス風味」
ドアを閉め、ため息。
仕方なくコンビニに行こうとした矢先、携帯が震えた。
「やれやれ、今日は平和だと思ったのに」
画面に浮かんだのは――美雪からのLINE。
『今日、会える?……二人だけで』
「まずおはようだろ普通」思わず突っ込む。
二度まばたきしてから、ようやく内容を理解した。
『二人だけ……これ、デートじゃないのか? いや、美雪だし……実験かもしれん』
俺は返信を打つ。
「分かった。時間と場所は?」
秒で返ってきた。
「誤解しないで。デートじゃない。昨日の原稿、読んでほしいだけ。」
『はい出ました。デートじゃないって言えば言うほどデート感が増す、ツンデレ教科書の一文。』
結局、正午に神保町駅で待ち合わせることに。
そのタイミングで腹の虫がぐうと鳴く。
「だよな、空腹には勝てん」
俺はため息をついた。
「……まあ、結局のところ、平和な一日にはならなさそうだな。とりあえず腹を満たすか」
コンビニに寄って、おにぎり二つとブラック缶コーヒーを購入。
大学生サバイバルマニュアル曰く:『ワンコインでそれなりの朝食を即興するべし』。
帰宅しておにぎりをかき込み、シャワーを浴びて着替え、ベッドで少しごろごろ。
気づけば時計は11時50分。
「よし、出発」
神保町のホームは学生とサラリーマン、観光客でごった返していた。
12時15分きっかり、藤宮先輩が改札に姿を現す。
『おお、ヒロインが遅れて登場……テンプレイベント発生。』
ベージュの軽いコートに、灰色のマフラーをきっちり結び、髪も普段より丁寧に整えてある。
その横に立つ俺は、完全にベータ版NPC。
「……なに? どこ見てんの? 文句ある?」
視線を合わせず、先回りするように言ってくる。
「いや……デートじゃないって言う割に、随分気合い入ってるな」
「ち、違う! デ、デートなんかじゃない! そ、そういうこと言うな!」
頬を真っ赤にして即反論。
『確認。五秒以内に三回否定=ツンデレ役職に自動強化。』
駅から歩いて、神保町の古本屋街にある小さなカフェへ。
学生が課題や打ち合わせに使う、ごく普通の店だ。
歩きながら横目で見ると、美雪の表情は夢見がちで、まるで自分の小説の中を歩いているみたいだった。
「……なに? 現実じゃなくて、妄想の舞台にでもいる顔してるぞ」思わず口にした。
美雪はびくっとして振り返り、真っ赤に染まる。
「ば、バカ! なに言ってんのよ!」
「いや、心配して聞いただけだって。なんか悩んでるのかと」
「き、空気読めないなぁ……!」
近くを歩いていたカップルがひそひそ声で。
「ねえ、あの二人、カップルっぽくない?」
「いやいや、喧嘩してるけど、仲良さそうだよね」
「ふふ、私たちもあんな時期あったわね。放っておきましょ」
『はい、大学の外でも新たな噂ポイント獲得。』
カフェに入り、窓際の席に腰を下ろす。
美雪はエスプレッソ、俺はカフェラテ。
タブレットを取り出し、少し戸惑いながら俺に差し出してきた。
「……これ。おととい、月見のあとに書いたやつ」
スタイラスを渡す手が微かに震えていた。
誰かに作品を見せること自体、試験より緊張するのだろう。
画面には、見覚えのある光景。
月見の夜、川に浮かぶ灯籠、船の航跡に裂かれる月。
俺たちが過ごしたあの場面が、別の視点から丁寧に描かれていた。
「……うん」思わず声が漏れる。
「な、なに? やっぱりダメだった?」
首を振った。
「いや。むしろすごく良かった。あの夜の雰囲気を、ここまで上手く小説に落とし込むなんて」
皮肉も冗談も抜きで言ったせいか、彼女はますます混乱してタブレットを胸に抱え込んだ。
顔は真っ赤だが、唇の端は僅かに笑っていた。
「……意外と、かわいいとこあるんだな」
「……バカ」小声で吐き捨てる。
その後は添削やキャラ設定の話をしながら、俺が一言余計なことを言うたびに「鈍感!」と叱られる。
柔らかい美雪と、いつものツンデレ先輩が交互に顔を出す。
『二重人格……いや、ツンとデレのハイブリッドか。』
周りの客は完全に『痴話げんか中のカップル』と認識しているようだった。
気づけば二時間が過ぎ、俺は仕事があるため席を立つ。
改札前での別れ際。
「月曜からは普通に授業再開よ。大学で会いましょう」
「了解……また新しい噂が増えてるだろうけど」
耳まで赤くしながら、くるりと背を向ける。
『もしこれが乙女ゲームなら、間違いなくツンデレルート好感度上昇イベント。』
「この休みの間にもっと書き進めるわ。もうすぐ神田古本まつりだし」
「いいと思う。編集作業も必要だしな」
「じ、じゃあ……ま、また……」
ちょうどそのとき、ホームに電車到着の構内アナウンス。
俺は軽く手を振った。
「じゃ、先輩。また月曜に」
俺たちは駅の通路で別れた。
『……今、気をつけてって聞こえた気がしたけど。いや、あの美雪がそんなこと言うわけ……多分、空耳だな。』
半蔵門線に乗り込み、秋葉原方面の電車へ。
窓際の席に体を沈める。
社会人マニュアル第2章:『次の労働地獄に備えて、座れる時は一秒でも座っておけ。』
スマホを取り出し、暇つぶしにPixivを開く。
『何も考えずにイラスト漁り……いや、時々は精神破壊兵器になるけど。』
そして――それを見つけた。
アカネ工14の新しい投稿。俺が前からフォローしていた絵師だ。
『アカネ工14……名前の由来、やっぱ猫好き? でも猫の絵なんて一度も見たことないんだよな。ま、いいや』
イラストが表示される。
その瞬間、全身の血が冷えた。悪い意味じゃない。
ただ――世界の狭さに背筋がゾワッとした。
満月。
川面を切り裂く船の航跡。
河原に敷かれたレジャーシートに座る、男と女のシルエット。
中央には三色団子。横にはコンビニ袋。
――あの夜の月見と、寸分違わぬ光景。
「……嘘だろ」
説明欄をスクロール。
投稿されたのは、二時間前。
つまり、昨夜の出来事がほぼリアルタイムで描かれている。
心臓が跳ねた。
『まさか……茜? いや、あり得ない。けど、他に誰がここまで細かく描ける? すみれは酔ってたし、美雪は絵なんて描かない。』
必死に言い聞かせる。
『満月の絵なんて誰でも描く。偶然だ、偶然……』
だが再び画面を見直すと、細部の一致は誤魔化しようがなかった。
服のシルエットまで、俺と茜そのまま。顔を描いてないのは、後ろ姿だったからだろう。
これは写真じゃない。
ただのイラスト――なのに、現実そのものだった。
電車の揺れだけが、妙に大きく響く。
「……茜。君しかいない。君以外、あり得ない」
俺はシートに背を預け、目を閉じる。
信じられない。でも、認めるしかなかった。
『ま、悪いことばかりじゃない。お気に入りの絵師=身近な人だったっていうオチ。つまり俺、今度は生身でファンミできるってことだな。よし、人生ちょっとだけプラス方向。』
車内アナウンス。
『次は――秋葉原、秋葉原です。』
スマホをポケットにしまい、汗ばんだ手をぎゅっと握る。
『すみれ。美雪。そして茜……まだ十月始まったばかりなのに、もうカオスDLCフル装備のラブコメイベント発生中。』
ドアが開く。
ネオンと観光客の海の中へ足を踏み出す。
――俺の物語は、まだレベル2に入ったばかりだ。
次回・『推し絵師の正体が、まさか身近に!?』
最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
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