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第5章。 『月見はラブコメの特等席。』

十月のキャンパスは眠気との戦い。

バイト→大学→恋愛実験→噂の追撃……はい、主人公=過労キャラ確定。

しかも人気女子グループからの冷やかし、無言レーザーの同級生、若手講師からの鋭い視線。

「俺=NPC」モードで何とか一日を終えたはずが――

夜の秋葉原、そして隅田川の月見へ。

集まったのは、作家志望の美雪、イラストレーターの茜、そして取材魔のすみれ。

文化的イベントのはずが、アルコールとだんごと誤解が交差して、なぜか青春ラブコメの見本市に……?

満月の下で交わされる会話、ふいに零れた言葉、そして積み重なる『誤解イベント』。

バイト戦士・新井匠に待っているのは、ロマンチックな一幕か、それとも羞恥プレイの連続か。

新井・匠(あらい・たくみ)

篠原・茜(しのはら・あかね)

藤宮・美雪(ふじみや・みゆき)

如月・すみれ(きさらぎ・すみれ)

村上・琴葉(むらかみ・ことは)

中西・紗良(なかにし・さら)

小野寺・紗耶(おのでら・さや)

相沢・悠人(あいざわ・ゆうと)

中原・美咲 (なかはら・みさき)

佐伯・玲奈(さえき・れな)


神田駿河台・東京。

10月6日。


十月の斜めの光が、教室の窓から三角形を描きながら差し込んでくる。まるで授業風景を切り取ってコラージュにでもしようとしてるみたいに。

……で、俺はそのコラージュの中で完全に『余計な糊』扱い。

ここ三日間をまとめるなら――バイト → 大学 → 恋愛実験 → 睡眠不足と噂の追撃。

『はい、大学版ミクロ社会の完成。』

俺のクマはあまりにも濃くて、そろそろロゴマークとして商標登録できそうだった。

それでもバイトしないと生きられない。

体が慣れるまで我慢か、それとも先に崩壊するか……

ノートはすでに落書き動物園。ペン先が暴れて生まれた謎の生命体がページで繁殖中。

まぶたは鉛入り。

ガクッ。二回。三回。

「おい、起きろ。点呼くるぞ」

隣から陽翔がサッカーのイエローカード級の肘鉄。

教室の向こうでは、いつも噂生態系が今日も豊作。

大学でもやっぱり序列は自然発生するらしい。

人気トップ枠の一人、佐伯玲奈が脚を組んで、ミニスカで校則もどきに真っ向勝負。

声のボリュームは「わざとだろ」ってくらい落とさない。

「またドンファン、授業中に寝てるじゃん」

薄いボンバージャケットに透けタイツ、白スニーカー。髪はダークブロンドにハイライト。

『……はい、新しいボスキャラ参戦。』

その両脇には忠実な従者。

村上琴葉、丸メガネの生きる校内通信簿。「ふふ、また寝てる」

中西紗良、ゆるギャル系でネイルが反射板。「マジウケる〜」

『……おいおい、難易度上昇イベントかよ。ラスボス候補追加、おめでとう俺。』

教壇には小野寺紗耶先生。

『芸術とデザイン史』を担当、29歳。

白ブラウスにグレーのタイトスカート、同色の軽いジャケットに細いスカーフ。髪は落ち着いたカーマインレッド、細縁メガネ。靴は黒のフラット。

第一印象――『若いけど、手抜きゼロ探知機。笑顔の裏に成績ボード内蔵タイプ。』

「戦後の工業デザインは、生活再建と国のイメージ戦略の両輪で発展しました――」

落ち着いた声色だけで、こっちが学者になった気分。

……頭の中はおにぎりだけど。

『若くして大学講師って……やっぱ頭いいんだろうな。』

そう思いながらも、重力は容赦ない。まぶたは勝手に閉店準備。

ガクッ――また首が落ちる。

その瞬間、視界の端で先生と目が合った。

怒鳴るでもなく、分析するように静かに。

――臨床検査みたいな眼差し。

すぐに板書に戻ったけど、十秒後、名簿をパタリと閉じて口を開く。

「新井くん、授業の後、少し残ってくれる?」

胃袋を掴まれたみたいにヒュッとなる。

『……あれ、俺、説教回避できたと思ってたんだけど』

チャイムが鳴った瞬間、教室の半分は鳥の群れ。

教室を出ていく玲奈トリオは、まるで振り付けされたかのように同時に立ち上がり、廊下に笑い声の香水を撒き散らしていった。

その背後、最後列の机の影から――レーザー級に鋭い視線が俺の背骨を貫いた。

相沢悠人。暗色パーカーにジーンズ、腕組み、無言。

……言葉なんか要らない、殺気だけで十分。

『……はい来た。女子から嫌われるどころか、男子まで敵対ルート入りましたっと。』

陽翔はドアの前で、同情のまなざし。

「頑張れ……外で待ってるから」

親指を立てて、そのまま蒸発。

――処刑タイム、発動。

空っぽの教室は、小さな美術館みたいに音が響いた。

小野寺先生が机にファイルを置き、顎で最前列を指す。

「最近、顔色がよくないね。何かあった?」

声はニュートラル、でも少しだけ温度を含んでいた。

ごくり。てっきり冒頭から怒鳴られると思ってたのに。

頭の中で作戦会議。

プランA:嘘をつく。

プランB:もうちょっとマシな嘘をつく。

プランC:潔く処刑される。

結局、創作力がゼロでプランC採用。

「えっと……秋葉原でバイト始めて、生活リズムがまだ慣れなくて……」

先生は小首をかしげ、眼鏡を外し、スカーフで静かに拭いた。

そしてコンパスみたいに正確な笑み。

「ふふ、そう。てっきり女の子と夜更かししてるのかと思ったわ」

冗談はソフト、でもダメージはストレート。

「先生、その冗談は心臓に刺さるんで……」

肝臓通り越して、自己評価ゲージ直撃。

先生は小さく笑い、また眼鏡を掛け直した。

「バイトは悪くないけど、高校と違って大学は自己責任。成績も将来も、自分次第よ」

「……はい。分かってるつもりです。実行は、まぁ、別ゲームですけど」

――昆虫が二本足で歩こうとするレベルの決意。

「じゃ、行っていいよ。次のコマ、寝ないようにね」

コンマ一秒のマイクロウィンク。

『……思ったより処刑は甘口だったな。』

教室を出ると、廊下は消毒液と図書館の匂いが混じった空気。

柱に寄りかかり、深呼吸。疲労も溶かし込みたい。

数歩後、陽翔がスポドリ片手に出現。

完全に電解質のディーラー。

「どうだった? 拷問?」

「いや、意外とマイルドだった」

顔をこする俺を見て、彼は笑う。

「じゃなんでそんな顔? もしかして……小野寺先生をハーレムに加えられなかったから?」

「はいはい、青春テンプレの先生ルートは不成立ってことで」

時計を見る陽翔。俺は、まだ姿を見せない月を感じていた。

「なぁ陽翔、今夜、月見行かない?」

ダンボール運搬でも頼むテンションで口走った。

「おいおい、俺はそういう趣味ねぇよ。匠と二人で月見デートは無理」

わざと一歩引いて芝居がかった反応。

「違ぇよ。藤宮先輩たちも一緒。バイト後に隅田川テラスで合流」

文化ポイント稼ぎ計画、数日前からの仕込みだ。

陽翔はボトルを指で回し、視線をそらし、声を落とす。

「悪い、今日は無理。用事ある……深くは聞くな」

「はいはい、どうせまた別の言い訳するんだろ」

肩をすくめて終了。

『――公式に、俺一人 vs 三人の変人女子編スタート。』

授業に戻る。

教室。黒板、スライド、そして全員が『起きてますよ』って顔だけ取り繕う集団呼吸。

『……日曜になったら八時間ぶっ通しで寝たい。いや、切実に。』

大学を出る頃には、光はすでに午後に折れ曲がっていた。

十月の風は刃物っぽいけど、切れ味はゼロ。

俺の足は『ゲームのチュートリアル:歩く』モード。

キャンパス正門の自販機が、アルミ製の灯台みたいに点滅。

硬貨を入れて、缶コーヒー(無糖ブラック)を購入。缶を一秒だけ額に当てて、脳細胞を再起動。

ライフバッテリー残量ほぼゼロ。これでバイト前に充電しなきゃ。

『次のステージ:秋葉原生存編。……メイド服のコスプレ強制じゃないだけマシだな。いや、別に嫌いじゃないけど、俺には羞恥心というラスボスがいる。』

ひと口。ブラックが無音のエレベーターで胃まで直通。

リュックのベルトを直し、両手をポケットに突っ込む。

十月の長い影が、俺の相棒。

駿河台から御茶ノ水駅までの坂道は、都市全体が『動く歩道』に設定されたみたいに下り坂。

イチョウの黄葉は紙吹雪、冷たい空気が皮膚に貼りつき、影は電線みたいに引っ張られてる。

総武線各駅停車のホーム。LED広告が点滅、ピピッと短い警告音、扉がカシャンと噛みつく。

自販機のガラスに俺のクマが映る。気づけば二本目の缶コーヒー(ブラック無糖)。

『本日二本目。カフェイン=命のポーション。副作用:手の震え。』

17時28分、電車が金属の溜め息を吐きながら入線。三分後――秋葉原・電気街口。

外はすでに人工の光。

アイドルとVチューバーの映像、唐揚げとエアコンの匂い、観光客は紙袋を盾にし、自転車は人波の間をスラローム。

俺はNPCの風格でアーチをくぐり、持ち場へ。

勤務先の店は、光る長方形の看板と金属ベル。ドアを押した瞬間にチリン。

中は紙とPVCの世界。

狭い通路に積まれた単行本、赤い『新刊』札、ガラスケースには『限定/再販』のフィギュア、ビニール包装の雑誌棚。

匂いは新品の段ボールとインクとプラスチック。

BGMは某アニメOPの無限ループ。脳は既に憎しみと愛で半々。

『店内撮影ご遠慮ください』の札が、唯一の結界。

『……少なくとも、ここでは俺専属のストーカーはいない。』

「お疲れさまです、中原先輩。今日もよろしくお願いします」

「お、新井くん。今日は早いね」

中原美咲。27歳。

黒ポロに店ロゴ、ポケット付きエプロン(カッター、鍵)、スキニージーンズにスニーカー。

髪はダークブルーでまとめ髪、毛先はワントーン明るめ。右耳に二つ、左に三つピアス。

見た目は不機嫌キャラだけど、中身は割と優しい。

「今日は棚Aの新刊差し替えと、19時にフィギュア便が来る。ラベル貼りは分かるね?」

「はい!」

『よし、仕事に没頭すれば居眠りフラグは回避できるはず……』

エプロン装備完了。

棚Aへ。出版社、シリーズ、巻数を確認。

古い背表紙を抜き、アクリル定規で列を整えて、新刊をテトリスみたいに埋め込む。

値札とISBNシール、カチッ。ビニールがパリッ。――OPの代替サウンド。

18時20分。客の一人が声をかける。

「『海賊王』の限定版、まだあります?」

「申し訳ありません、限定版は完売です。ただし三巻まとめてご購入いただければ、イラストセットをプレゼントします」

条件反射で返答。客は納得の頷き。

『……またデジャヴ。人を正しい商品へ導くのも、ある意味サービス業だな。』

19時02分。

フィギュアの箱が到着。

カッターを線に沿って入れる。

「はい、チェックリストタイム」

ダイナミックなポーズのヒーロー3体、デフォルメ2体、財布を狙う悪役1体をショーケースへ。

右に『限定』、左に『再販』の札。

『……指先だけ元気。脳みそは省エネモード。』

19時47分。

ポケットが震えた。

――本能:出すな。

――現実:カウンター下で忍者プレイ。

LINE。送り主:藤宮美雪。

『秋葉原(電気街口)に21:30集合。そのままTXで浅草→隅田川テラスへ。人混みあるから早めに。21:30に上がれる?』

『……TX→浅草→隅田川。動線、完璧。準備万端かよ。』

返信しようとした瞬間、ガラスに青い反射。

――美咲が横目で見てた。

「彼女から? まぁいいけど、仕事はサボらないでね」

ドライな冗談。

「い、いや、彼女じゃ……違います」

「はいはい」

彼女にしては大爆笑級の薄笑い。

スタッフ用ディスペンサーで紙コップのお茶を汲み、平然と戻る。

すぐにまた震える。

『21:30に外で待つ。ダッシュで来て。』

……要約:遅れたら脚注にされる。

20時30分。チリン。

自動で出た声:「いらっしゃいませー」

「こんばんは、匠。取材に来ました♡」

甘い声+刃物の気配。

すみれ。

ライトなブラウスに青のライトジャケット、動きやすいスカートとスニーカー。

前髪ラベンダーは風で整えられ、小ぶりのカメラはまるで秘密警察のバッジ。

『……順調だった一日が、ここで急降下。完璧すぎる世界なんて存在しない。』

雑誌コーナーを回り、新刊を研究者みたいに凝視。

安い一冊を手に取り、レジへ。

ピッ――と通すと、カメラを少し持ち上げる。

「そのエプロン、意外と似合う。写真、要る?」

「いや、接客中に実況するな……」

「ふふ、事実を言っただけ」

「はいはい……」

支払いを済ませた彼女はアートブック棚へ。

胸元でファインダーを構え、撮らずに“狙い”だけ。

横で見ていた美咲は『何これ』みたいな顔をして、また在庫へ戻った。

『……撮らなかったのは美咲の視線があったから? ありがとうございます、美咲様。』

仕事はいつものメトロノーム。

POSのピッ音、袋のシャカ音、カタログ問い合わせ二件、テープのベリッ。

外は完全に夜。高層ビルの隙間から、丸い十五夜。HD画質のロゴみたいに輝く。

『主役=月。俺=前座。』

21時20分。

美咲がチェックリストを閉じ、頷く。

「うん、全部OKね」

「助かります」

「新井くん、デートあるんでしょ? 今日は月見だし、9時半でいいよ」

「デ、デートじゃ……」

「外、彼女待ってるよ」

顎でガラスを示す。

外では、歩道にすみれ。

ポケットに手を突っ込み、コンビニ袋を手首にかけ、月を見上げながらフレームを試していた。

『……ほんと、この人は誤解製造機だな。』

横で美咲がドライな声。

「言っといてね。『店内で張り込みしなくて大丈夫』って……あ、彼女もマンガ好きなんだ」

『だから彼女じゃないって……』「はい。お疲れ様でした」

「お疲れ」

カッターをしまい、エプロンを掛け、ノートをリュックに入れる。

BGMが次のトラックに切り替わる、まるで幕引き。

21時30分ぴったりに外へ。

冷たい風とネオンのモザイクが俺を迎える。

屋台の揚げ物の匂い、外国語のざわめき、カメラのシャッター音。

そして真上には、フィルターなしの満月。

すみれは袋を掲げ、旗みたいに振った。

「おつかれ。はい、戦利品。三色だんごと、ほうじ茶。私は飲めないから甘いの多めね」

ウィンク付き。

「……客か監視か、どっちかにしてくれ」

ため息をつきつつ、リュックのベルトを直す俺。――運命受け入れモード。

「両方でしょ。ほら、21:30集合。藤宮さんと篠原さん、電気街口で待ってるって」

スマホ画面にも美雪の通知。

二人で電気街口のアーチへ。

夜の秋葉原は昼より明るい。月がビルの輪郭、人の影をコントラスト強めに切り取る。

ガラス窓には、白い円がいくつも分裂して映り込む。

『今日の戦利品=時給+早退許可。次のクエスト=月見……そして背後にはストーカー。逃げ道なし。』

「行こうか、匠」

すみれはカメラを胸に掛け直す。

「はいはい。月見裁判・第二幕、開廷。」

電気街口のアーチは広告と観光客と学生でごった返し。

すみれは袋を戦利品のようにぶら下げ、カメラはスリップダウン狙いの準備万端。

そしてアーチの前に――美雪と茜。

美雪はベージュの軽いコートにグレーのマフラーを幾何学的に巻き、シンプルな斜め掛けバッグ。

――完全に『月見報告書』プレゼン仕様。

茜はレトロなボンバージャケットに黒スキニー、シンプルなニット帽。

――完全にロックフェス参戦者。

「遅い」

美雪の第一声。だがトゲは薄め。

「すみません、バイトに拘束されてました」両手を上げる俺。

茜は背中を軽く叩く。

「おつかれ、バイト戦士くん。今夜くらいは報酬あるといいね」

『報酬=羞恥プレイ発動率90%。』

すみれが袋を掲げる。

「とりあえず、私の戦利品」

中身はペットボトルのお茶、クラッカー、チップス二袋。

茜は口を開けて『裏切り現場』でも見た顔。

「ちょっと! アルコールなし? 月見で乾杯ゼロ? あり得ない!」

「……私は飲めないし」

すみれ、裁判官みたいに真顔。

「だから! 代わりに私たちが飲むの!」

美雪はため息。効率主義そのもの。

「近くのコンビニ寄ろう。チューハイとビール、それと月見だんご。形だけでも整えたい」

結局、すみれは押し切られる。

「第一ラウンド:篠原先輩&藤宮先輩の勝利」

コンビニの自動ドアが開き、冷房と『いらっしゃいませー』の機械音。

揚げ物の匂いと洗剤の匂いが妙に混ざってた。

茜と俺は缶コーナー担当。

「俺=ビール係?」

「うん。私はレモンチューハイ」茜は4本抜き取る。

「明日、死体で発見されたらどうすんの」

「記事になるじゃん」

背後からすみれ。すでにカメラを構えている。

そこへ美雪が白い箱を掲げて登場。

「三色だんご、ラスト一つだった」

――まるで日本文化救済ミッション達成みたいな顔。

袋の中には唐揚げとおにぎり。茜が一つを俺に突き出す。

「食べとけ。今夜は長い」

『はい、強制炭水化物。バイト帰りの胃袋に直撃。』

支払いを終え、袋をぶら下げて外へ。満月はスポンサー企業の看板みたいに頭上で輝く。

TX秋葉原駅。人の流れは一方通行みたいに浅草一直線。

改札ピッ、LED看板に『つくばエクスプレス』、エスカレーターの唸り。

ホームの匂いは金属と電気。

「放置くん、もし寝たら絶対許さないから」美雪はスマホから目を上げずに刺す。

「はいはい。俺=眠気キャラ固定かよ」

茜が笑う。

「キャラ立ってんじゃん。バラエティなら生き残れる」

電車が金属の獣みたいに到着。

車内はピクニック前線:シートに毛布、袋、カメラ準備。

俺は吊革ポジション、隣にすみれ。

横目で見てくる。

「エプロン姿の次は吊革姿? 写真いる?」

「いらん」

一分もしないで自動音声。『浅草〜』

駅を出ると目の前に川。

屋形船の灯りが虫みたいに滑り、スカイツリーが月を空に突き刺す。

河原はシートを広げた人でいっぱい。

月の下で笑い声。

空気は冷たく湿って、吐息が白い。

俺たちは階段横のスペースを確保。

シートを広げ、袋を展開――ビール、チューハイ、冷茶、おにぎり、唐揚げ、中央には公式供物の三色だんご。

プシュッ。茜が先に乾杯。

「月に乾杯!」

缶を合わせる。

すみれはお茶で参戦。

「ちょっと! お茶で乾杯ってあり得ない」茜が抗議。

「私は飲まないって言ったでしょ」すみれ真顔。

「だから! 代わりに私らが飲むの!」

美雪がため息。

「近くのコンビニでもう一回買えばいい。チューハイ、ビール、あと月見だんご。形を整えないと」

結局すみれは押し切られる。

「第二ラウンド:篠原先輩&藤宮先輩の勝利」

数分後。茜が俺の隣に来て、肩が触れ合う。

指で月の反射を指す。

「見て。割れても、ちゃんと戻るでしょ」

「……物理現象だろ」

軽い肘打ち。

「ほんと、色気ない返し」

――確かに。女子3人と月見なんて、俺のデフォ習慣じゃない。

「ねぇ、新井くん。おばあちゃんが言ってた。月見で同じだんごを食べた二人は、一生つながるんだって」

その言葉に反射的に顔を向ける。

月明かりに照らされた茜の横顔は、普段よりずっと柔らかく見えて――まるでかぐや姫。

「……ま、まぁ……伝説とかあるよな」

数分遅れでやっと声を絞り出す俺。少し震え気味。

「さぁね……残念だね。藤宮さんがだんご全部食べちゃったから、試せないけど」

茜はそう言いながら、そっと俺の腕に寄りかかる。

その仕草があまりにも柔らかくて――口が勝手に動いた。

「……篠原先輩、月明かりの下だと……すごく、綺麗です」

返事がない。寝た? と思って顔を向けた瞬間。

赤い。完全に赤い。チューハイか、俺のセリフか。

『やば……俺、何口走った!?』

――その空気を切ったのは、美雪。

「ごほん……ここ、公の場だから。マナー違反でしょ」ちょっと怒った声。

すぐに茜が食いつく。腕を離してニヤリ。

「あれぇ? 藤宮さん、もしかしてヤキモチ? ふふ」

美雪はタブレットを持ち上げて顔を隠す。耳まで赤い。

「ち、違う……ヤキモチなんて……ただ、公の場だから……」

「へぇ〜。じゃ、このシーン小説に使える?」茜が追撃。

美雪は横目でチラリ、さらに赤くなりながら小声。

「……まぁ、参考にはなるかも」

『はい、典型的ツンデレいただきました。』

そこで、すみれがケラケラ。頬は赤、原因=砂糖+冷気+ちょいアルコール。

「これで三角関係、確定だね」

「はいはい。ソース:酔っぱらいストーカー」俺。

すみれが立ち上がって三脚をいじろうとしたら――足がシートに絡まる。

「おい、危ない!」俺が手を伸ばす。

茜が腕を引っ張る。

結果:俺→茜に倒れ込む。すみれ→俺の背中。三脚→空中ダイブ。

顔と顔の距離、数センチ。茜の吐息が頬にかかる。

「ちょ、まっ――」真っ赤な茜、言葉詰まり。

「す、すみません篠原先輩!」慌てて横にずれる俺。すみれは芝生へゴロン。

『……この子、ストーカー兼誤解クラッシャー。』

パタン。美雪がタブレットを閉じる音。

「放置くん、三十字以内で説明」

「じ、重力と――」

「却下」パシッ。俺の後頭部にクリティカルヒット。

すみれは髪をぐちゃぐちゃにしながら指差す。

「記事タイトル:『女子三人に酔わせられた学生、再び』」

「却下!」

『……だから酒を与えちゃダメなんだよ。』

川の音と笑い声が夜に溶ける。

やがて美雪が立ち上がる。

「帰る。今夜の空気でロマンスのネタを思いついた。書かないと忘れる」

――声は急ぎながらも、どこか光ってた。

「はいはい、作家の業だな」

茜も帽子を整えて立つ。

「私も。今夜の月明かり、絵にしたくなったから」

そしてふっと笑みを向けてくる。その破壊力=ビール以上。

二人は銀座線に乗って西へ。

残されたのは俺とすみれ。

……不運にも、同じ方向=半蔵門線。

『なるほど、だから一日中つきまとえるわけね。』

カメラを下げた彼女は、まだふらつき気味。

石畳に足を取られて――「痛っ……ちょっと捻ったかも」

俺は腕を差し出す。

「いいから掴め。歩けないんだろ」

「……誰かに見られたらデートっぽいよ?」

「いらん誤解は十分だ。ほら」

渋々つかまり、顔を背けるすみれ。

『この人、本当に年上か? 行動は高校生だろ。』

数分後、電車が来て乗車。

車内で、すみれは俺の肩に自然に頭を預け――そのまま眠る。

『……まぁ、今日だけは許すか。』

周囲の少人数の乗客からは「酔ったカップル帰宅中」みたいな視線。

20分後、自動音声。『次は、神保町〜』

「起きろ、姫さま」肩を軽く叩く。

「うぅん……あと五分」

「五分寝たら、家から何駅離れると思ってんだ」

すみれが目を開けて、俺たちは電車を降りた。

秋葉原や浅草との落差がえぐい。

神保町の夜――書店街も学生通りも完全に沈黙。

シャッターの列が街灯の下で金属模様を描き、残ってるのはラーメン屋二軒の湯気と匂い、奥で光るコンビニのネオンだけ。

「送るよ」

「えっ……い、いいよ」

「は? 昼間に俺を追い回すのは平気なのに、家まで送るのはNG?」

「そ、それは……違うから……」小声でしおらしい。

「放っといたら凍死するぞ。仕方ねぇな」

二人で歩く。普段なら絡んでくる彼女が、今夜はやけに静か。

『……並んで歩くと、新カップルの一ヶ月目みたいだな。』

聞こえるのは、たまに響く足音と御茶ノ水を出る最終電車の音。

主役はもちろん、空に丸ごと掛かった満月。

やがてすみれのマンション。意外にも俺のアパートから二ブロック。

三階建ての二階。

ドアを開けた一瞬で中が覗けた――雑誌、付箋だらけの新聞、本には蛍光ペン。

完全に『現場』。

「片付いてないけど……現場っぽいでしょ?」

「……うん。脳内そのまま」

彼女は笑った。

「じゃ、今日はこれで。また明日」

ドアにもたれたすみれが、ふっと言う。

「これ、記事にしたら……記事じゃなくなる。恋愛小説になるかも」

「やめろ。これ以上、変な噂いらねぇ」

「ふふ、冗談だよ」

「はいはい。じゃあ、おやすみ」

俺が階段へ背を向けると。

「ねぇ、匠」

「……あ?」

「第三ラウンド:私の勝ち……いや、引き分けかな」

月明かりに照らされた顔は、普段の意地悪さじゃなく、優しくて綺麗で。

ドアが閉まる。

言葉が出ない。頬が熱い。――さっきの茜と同じくらいに。

満月だけが付き合ってくれる帰り道。

道端の缶コーヒーを蹴りながら、ゆっくり歩く。

『……あれ、本気で言ったのか? やれやれ。今日一日で心臓のライフ減りすぎだ。』

次回・『正体は隠せても、イラストはバレる。』

最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました!

少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。

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