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花冷え  作者: 天青


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5/18

明るい未来

 運動会から早くも2ヶ月が経った。


「奏おはよー!」


 長瀬……いや、美月が元気良く挨拶してきた。


「おはよう! 美月」


 俺も元気良く返した。


 俺はあれからというもの、自信を取り戻しつつある。もう人と話すときも緊張しなくなっていた。

 野球だって、試合のたびに俺はスタメンに入っている。以前のような、どこから来るのかわからない不安もない。


 何に怯えていたのか、もう思い出せなくなっていた――

 それがいいことなのか、悪いことなのかはわからない。でも、今が楽しければそれでいいのではないかと思う。


「お、花田くんおはよう!」


「おはよう!」


 同じクラスの女子だ。

 こんな風に話しかけられることも増えた。嬉しい反面、少し面倒に感じてしまう時もある。


 さて、今日は美月と買い物に出かけるつもりだ。どうやら服を買いたいようで、休日に行くことを約束していた。

 この辺には大きなショッピングモールがないので、電車で行って、ショッピングモールの前に集合することにしている。


 今、俺は電車の中で外をボーっと見ている。秋の大会が近い。甲子園に関わる重要な試合だ。だから、本当は今日は練習をしたかった。たまたま練習が休みになったから、まあしょうがないな。家に帰ったら筋トレと素振りをしよう。


 ふぅ――大会が近いという焦りで今日を楽しめるかが不安だ――

 

 ショッピングモール付近の駅についた。ここから歩いて10分だ。集合時間は11時。今の時間は10時30分。かなりの余裕がある。俺はゆっくりと歩いて行った。


 歩いていく途中に公園があった。子供たちが遊んでいる。楽しそうに遊ぶ子供たちを見て、俺はなぜかうらやましく思えた。あんなに無邪気に遊んでいるところを見ると、気が楽になった。

 子供たちを見ていると親がいないことに気が付いた。大丈夫だろうか――


 そんなことを考えながら、ふと、公園のベンチの方に目をやると何かが落ちていた。一瞬でそれが何かわかった。

 あれは――人だ――俺はすぐに走っていった。


「大丈夫ですか?」


「うぅ……」


 少しだけ反応があった。80代くらいのおばあさんだ。俺はすぐに救急車をよんだ。

 呼吸はあるようだ。ただ、顔が赤く。手を触ると熱かった。恐らく、熱中症だろう。


 数分後、救急車が到着し、おばあさんは運ばれた。その後、俺はちょっとした事情徴収を受けた。


 本当にこんなこともあるのかと俺は思った。

 テレビではよく、こういったことが報道されるときがあるが、まさか自分がやるとは思ってもいなかった。


 そして、このとき。自分には起こらないと思っていても、そんなのことはないのだと少しだけ理解した気がした。


 とりあえず、おばあさんは他の人の話を聞く限り、大丈夫そうだ。

 

 もう11時10分になっている。俺は急いで集合場所へ向かった。


 ショッピングモールについた。見ると、美月がスマホを見ながら待っている。


「ごめん! 美月……」

 美月はすぐに俺の方を振り向いた。


「もうー遅いよー。何してたの?」


 そう言いつつ、怒っている様子はなかった。


「ごめん、なんかおばあさんが倒れてて……」


 美月は疑っているような顔だ。


「ま、いいけどさ。早く行こ!」


 美月はショッピングモールへと歩いていく。俺も急いで後をついていった。

 中に入ると想像以上に広くてびっくりした。外からみて大きいなとは思ったが、これほどとは――


「え! すごーい!」


 美月も驚いているようだ。


 美月は早速、とある店に目をやった。アクセサリーショップだ。

 銀や金に輝くアクセサリーがたくさんあった。ほとんどが女性ものだ。

 

 美月は目を輝かせている。女子は本当にこういうのが好きだな――

 

 流石に手が出せる値段ではなかったので、ここを後にした。

 次は、クレーンゲーム。どうやら美月は猫のぬいぐるみが欲しいようだ。子供のようにはしゃいでいる。


「奏取ってー」


「言うと思った。」


 仕方なく俺がとることにした。クレーンゲームはほとんどしたことがない。取れるか不安だ。


 2500円もかかってしまった。悔しい――

 だが、美月は喜んでくれた。これに比べたら安いもんだ。

 他にも、綺麗なお皿や置物などを取った。


 その他にも、色々な店に行って、気付けばもう15時前になっていた。

 服を買うという本来の目的を忘れていた。俺たちはすぐにアパレルショップへ向かった。

 

「これどう?」


 美月は可愛らしい服を持ってきた。


「うん、似合うと思うよ。試着してみたら?」


 そういうとすぐに試着室へと向かっていった。俺はスマホでも見ながら待つことにする。


「似合う?」


 美月はカーテンをバッと引いた。


「うん、似合うよ」

 そういうと美月はとても喜んだ。


「他にも着ていい?」


「うん」


 そう言って、服を見に行った。それから1時間以上、服を探しては試着することをひたすらに繰り返した。


 流石に疲れてきた――


「これで最後だから……ね!」


「まあいいよ。これで最後ねー」


 仕方なく、満足いくまで付き合うことにした。女って皆、こんな感じなのか――


 もう17時になりそうだ。2人とも朝ごはんが遅かったので、ご飯を食べるにはまあ、ちょうどいいだろう――


「そろそろご飯食べるか?」


「え、奢ってくれるの~?」


 美月はニヤニヤしていた。奢らないわけがないだろう。正直、奢る時に会計がばれないようにとか面倒くさいから、向こうから言ってくれるのはありがたかったりする。

 むしろ、後ろめたさ一切なくて、なんだか笑えてくる。


 どこに行くかはもう決めてある。


「お、奏ー。わかってるじゃん」


 俺たちが来たのはラーメン屋だ。デートでラーメン屋なんてと思うだろうが、美月は大のラーメン好きだ。この華奢な体からは想像ができない。ここらへんで一番いいところを探して、予約ができたのでしておいた。


「うーん、おいしー!」

 美月が喜んでいるようで何よりだ。


 ラーメンは豚骨ラーメンで、あっさりだがコクがある。予約がいる理由が良くわかった。


 18時になった。美月にどこか行きたいが所があるかと聞いたら、カラオケと言ったので、近くのカラオケ屋に行くことにした。歌はそこそこ歌えるし、よく歌も聞くから俺も楽しめそうだ。

 

 店に入り、指定された部屋に入った。


「ちょっと! 電気はつけないでよ。雰囲気が大事なの!」


 俺が部屋の電気を付けると、急にちょっと怒った口調で言われた。そういうもんか――


「しゃーない。美月でも知ってる国民的な曲を歌おう!」


「おー、お願いしまーす!」


 ふん、やるかぁ。


「きーみーがーあーよーをーはー」


 美月が引いているのが良く分かった。


「なんだよ……国家をバカにしてんのか?」


「いや、いい歌だけど、カラオケで歌う歌じゃないよね」


 真顔で言われた。思いのほか受けなかったな――次からはやめておこう


 それからは、交互に歌い合った。思いのほか美月が上手くてびっくりした。


「なんでそんなにうまいのー、もー」


 美月は悔しそうだ。俺は90点台を連発した。流石の美月にも歌では負けない。


 気づけばもう、20時を過ぎていた。そろそろ帰えらないといけない時間だ。


「いやー、1日ってホントに短いね~」

 美月は珍しく寂しそうな顔をした。いつもは笑顔であっさりと帰るのだが――


 まあ、理由はわかっている。今日は美月の誕生日だからだ。きっと美月は俺がそのことを忘れていると思っているのだろう――そんなことは絶対にない。


 カラオケ屋からでて、俺たちは駅に向かった。暗くなると急に冷え込んできた。冷たい空気が通り抜ける――澄んでいて、気持ちのいい空気だ。


 駅に近づいてきた。寂れているが、どこか安心感のある駅だ。俺と美月の家は逆方面なので、そろそろ別れないといけない。

 美月が乗らないといけない電車がもう少しで到着する。美月の方を見ると、寒そうに手を擦っていた。俺の方を見ずに、星が綺麗な夜空を見ている。


「美月……」

 美月は何も言わずに俺の方を見た。


「今日は楽しかったよ……誘ってくれてありがとうな」


 美月はニコッとした。


「うん! また行こうよ!」


 少しの間、静寂が流れた――


「美月……誕生日おめでとう」

 そう言って、俺は丁寧に包装されたプレゼントを渡した。


 俺はてっきり、驚くのだと思っていたが、美月は安心したような顔でニヤニヤしていた。


「見ていい?」


「うん……」


 喜んでくれるだろうか――


「え! キーホルダー?」


 俺は迷った。ネックネス、おしゃれな置物、それとも食べ物か。でも、結局美月の好みがわからず、アンパイな所にいってしまった。あげたのは金の熊のキーホルダーでお揃いで買った。


「ペアのキーホルダー? ありがとう! 嬉しい!」


 喜んでくれて良かった。嘘かどうか俺にわかる。これは心からの笑顔だ。


「良かった。結構悩んだんだけど、何がいいのかわからなくて。でも、このキーホルダーがなぜか気になってね。」


「うん、その感性間違ってないよ。」


 そうして、美月は電車に乗った。電車の中でもずっと手を振ってくれた。


 今日は乗り気では無かったけど、行って良かった。また行こう。


 そして、いよいよ甲子園の予選当日となった。俺は1番強いチームに所属された。緊張するな。

 絶対に勝って甲子園に行くんだ――今でもプロ野球選手になるという夢は変わらない。そのために今まで努力してきたんだ。甲子園に行くためには、この大会に優勝する必要がある。1つのミスが命取りだ。


 球場に入ると観客たちがガヤガヤと話している。主に話しているのは選手のお母さん方と思われる人たちだ。物価が高いだの、気温がどうだの話している。少し耳障りだと思ってしまった。俺たちは命を懸けているのに、のんきだな――自分の息子たちが今から頑張るっていうのに、緊張感がない。いや、そんなことを思うのは良くないか。


 今日は母さんは来ていない。どうしても仕事の休みが取れなかったようだ。


 今日はやけに体がだるい。ここ数週間体調が少し悪い。4日間くらい微熱がある。きっと風邪をこじらせたのだろう――


 でも、野球をしている時は集中しているので何とかなることが多い。今日も大丈夫だろう。

 試合は2日間にわたって行われる。今日はそんなに強くないチームだから負けることはないだろう――いや、慢心は良くない。油断せずに行こう。


「集合ー!」


 部長の号令だ。今から監督からの話がある。部員全員で輪を作って並ぶ。


「皆さん、おはようございます。」


「おはようございます!!」


 緊張感が漂っている。誰一人としてヘラヘラせずに真剣な眼差しだ。


「今日は1チームしか出られないことは皆わかっていると思う。出られる選手はかなり限られてくる。スタメンを中心にベンチからも出すつもりだが、ほんの数人だけだ。今日出られない選手には申し訳なく思う。こんな遠いところにわざわざ来てもらったのには理由がある。それは、甲子園に関わる大事な試合の雰囲気や緊張感を知ってほしいからだ。面倒だとは思うが、しっかりと見て、勉強していってくれ。今日試合に出る選手は出られない選手の思いを背負って、試合に臨んで欲しいと思う。以上」


「礼!」


「ありがとうございました!」


 そのあとは、誰一人として話さなかった。皆、頭の中でぐるぐると考えているのだと思う。試合に出る者、出られない者。それぞれ思うところがあるはずだ。

 ふぅ、それにしても体が重たい。緊張と疲れのせいだろうか。こんな重要な時に限ってなんで――


 試合は1時間後だ。他の選手たちはもうウォーミングアップを始めている。俺もするかしないか迷った挙句。結局やることにした。


 6時間後、結果から言えば、俺たちの圧勝だった。相手に1点も渡さずに勝利した。どっと疲れた。途中、あまりにもきつくて、監督に選手交代を頼んだ場面はあったが、ほとんどの試合に出ることができた。


 次の日、


 ここで優勝しないと甲子園に行けない。今日の体調は大丈夫そうだ。


 昨日と同じ球場に入ると、昨日とは違う雰囲気が漂っていた。とても重苦しい空気だ。


 昨日よりチーム数が少なく、強いチームしかいない。必然的にふざけた人は一切いない。それは保護者もそうだ。自分の息子たちのために、テントを立てたり、飲み物を用意したり、声掛けしたりと、一生懸命にやっている。ここにいる皆、いろんな思いを持ってきていることが良くわかる。


 大人たちをよく見ると、何人かで話し合っている人たち、1人で黙々と作業をする人たちと様々だ。俺は少し驚いた。大人の世界でも、学生と同じように陽キャと陰キャ、というのはあれだが、グループがあるのかと。てっきり、そんなものはなく、皆和気あいあいと話すものだと思っていた。


 俺も準備をするか。それにしても、今日はやけに日差しが強い。梅宮高校は甲子園の常連校だ。絶対に行ってみせる。

 

「おい、花田。緊張してるか?」


 同じチームの山崎先輩が話しかけてきた。いつも優しくて、俺のことを気遣ってくれる先輩だ。


「昨日も試合でちゃんといいプレイが出来ましたし、大丈夫ですよ!」


「ならいいんだけどな……昨日調子悪そうだったからさ……心配なんだよ」

 俺のことを心配してくれるのは野球部の中じゃ、先輩だけだ。俺自身ですら心配なんてしていないというのに。


「まあ、無理はすんなよ。何かあったら俺に言え」

 先輩はそう言って、俺に背を向けたまま手を挙げて、去っていった。先輩も緊張してるだろうに、なぜ他人を気遣うことができるのか? 俺にはとてもできない。


 試合開始まであと10分、先輩方はもうグラウンドに入っている。俺も急いで荷物を持って、走っていく。グラウンドに入り、ベンチに荷物を置く。そこで急に緊張し始めた。今までの努力を思うと、それが今日、発揮できるのか不安になる。他の部員が休んでいる間も練習し、部活終わりにも必ず残って練習。グラウンドを全員が10周するなら俺は12周した。どうでもいい話をするくらいなら、練習した方がましだと思い、部活中は人と話すことを避けた。どうしてそこまでしてプロ野球選手になりたいかは自分でもわからない。ただ、俺は理由なんて要らないと思った。理由を考える時間があるなら行動する。それが俺の考え方だ。

 だからこそ、試合にかける思いは誰よりも強い。だからこそ、今になって怖くなった。他の選手は怖くないのだろうか――

 

 俺は薄暗いベンチスペースで膝に手を当て、下を向いている。その手を放し、前を向いて、試合に出る先輩たちの顔を見た。


 驚いた――


 先輩たちは皆、笑顔だった。ベンチ入りしている部員たちと軽い談笑をしている。いったいその余裕はどこから来るというのか――

 俺は気になって、山崎先輩に聞いた。

「山崎先輩……どうしてそんなに余裕があるんですか? もう試合直前ですよ」


 俺は少しきつい言い方をしてしまった。緊張と焦りと、何より羨ましかった――


「まあまあ、そう力を入れるな。過度な焦りはプレイに支障が出るぞ」


「わかっています。でも、どうして……人生がかかっているんですよ!」

 俺は野球に人生をかけている。だから失敗は許されないんだ。


「はは! 大げさだなぁ、例えここで負けたとしても人生は終わらないよ。勝ったとしても、たいして変わらない。それに俺たちは自分に自信があるんだ。今までの過酷な練習が俺の背中を後押ししてくれるからな。」

 俺は言っている意味がわからなかった。まったく理解できない。でも、怒りは湧いてこなかった。


「ほら、行くぞ! もう試合が始まる」


 そう言って、先輩は笑顔で歩いていく。俺も先輩の背中を追った――


 

 


 

 



 

 


 


 


 


 

 

 

 

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