前を向いて
ピヨピヨピヨ――
玄関のドアを開けると、鳥の鳴き声と風の音だけが聞こえた――暖かい風だ――
俺は怖い、新しい環境が怖い――人といるのが怖い――それでも俺は一歩前へ行く。
「携帯忘れてるよー!」
「あーごめん。ありがとう」
「気を付けてね!」
「うん……行ってきます……」
今日は高校の入学式だ――俺は母さんに行ってきますの挨拶をして、外へ出ようとした。
「あ……父さんも……行ってきます……」
父さんの笑顔で撮られた写真を見た。いい笑顔だ――俺は父さんに背中を押されたような――そんな気がした――
今日も天気がいい。母さんは仕事でどうしても入学式には来られないらしい。大丈夫、大丈夫だと言い聞かせ、俺は自転車に乗る。もう錆びてボロボロの自転車だけど、まだ現役だ。
親近感を感じながら、俺は自転車を漕ぐ――不安8割、期待2割といった感じだが、それでもいい。少しでも前を向いているならば――
俺は今までの出来事を思い返す――
中学2年生の時、父さんはこの世を去った。死因は事故――いや、俺だ。
俺は中学生の頃まで問題児だった。それで、何度もトラブルを起こし、そのたびに父さんと母さんは学校に呼び出された。
何度目の呼び出しだったろうか――中学2年生の時に問題を起こし、父さんが学校へ行くために、車を運転した。事故当時の警察の話によると、飲酒運転で逆走したトラックと正面衝突をしたらしい。トラックの運転手は重症、父さんは即死だったそうだ――
死とはこんなにもあっけなく訪れるものなのか――アニメやドラマのような感動も、別れの言葉も何もない
ただ――死んだ。
俺はあれ以来、性格がガラッと変わった。今までの自分の行いがどれだけ愚かだったのか――理解した。俺は父さんと母さんに迷惑ばかりかけて――挙句の果てに父さんを死なせた――
あれ以来、俺は人と話すことが怖くなった――思い通りに話せない。でも、それでいい、罰が当たった――それだけのことだ。
心臓がドクン、ドクンとなっている。緊張で今にも倒れそうだ――でも、逃げてはいけない。それだけはわかる。そうしないと父さんに顔向けできない。
俺は梅宮高校へと自転車をゆっくりと漕ぐ。暖かい日差しに、心地の良い風が吹き、蝶々が舞う。
学校の前の坂道を登って、駐輪場についた。早く家を出たからか、周りに生徒はいない。自転車を停めて、俺は教室に行こうと思ったが、できるだけ人がいるところには居たくないので、誰にも見つからなさそうな、建物の隅に腰を掛けた――
また、俺は考え込んでいた――今の現状をどうすれば乗り越えられるのか――
野球はずっと続けてきた。中学校に行けない日は多かったが、部活だけは毎日行った。野球をしている間だけは何も考えずに、楽しむことができた。
なぜだかわからないが、部員は皆、優しかった。あれだけひどいことを言ったのに――どうしてなのかは今でもわからない。ただ、そのおかげで、スポーツ推薦で俺は、梅宮高校に進学できた。
でも、やっぱり怖い――今までは部員に支えられて、何とか学校には行けたが、今回は違う。知らない場所、知らない人がたくさんいる。俺はやっていけるのか不安だ――
それでも、ここに来たのは、他でもない――野球をしたいから、ただそれだけだ。青春なんか望んじゃいない――
そうこうしているうちに、時間が来た。俺は重たい腰を持ち上げて、教室へと足を運ぶ。
一歩一歩、足を動かすごとに鼓動は速く、大きくなる。ドクン、ドクン。
教室の後ろから気配を消して入る――俺の席は右から3番目の一番後ろだ。
後ろの席で本当に良かった――本当は隅っこが良かったが、しょうがない。俺は席に着いた。
周りを見ると、3人で集まって話しているグループ。読書をしている人。隣の人と自己紹介や他愛のない話をしている人たち――色んな人たちがいた。
当たり前だが、俺は誰とも話せない、目を合わせることすらできない。それでいい、友達なんて要らない。
また――人を傷つけるなら――最初からいない方がいい――
俺は誰にも話しかけられないように、寝たふりをした。汗が止まらない――
10分ほどたっただろうか――担任の先生が来た――場は一気に静かになった。
スラっとした体形に、長い髪。色白で、日本人っぽい、凹凸の少ない顔。30代くらいだろうか。悪い言い方だが、多くの人が想像する幽霊のようだ。
「はい! 皆さん、おはようございます! このクラスの担任になりました。高橋と申します。後でまた、改めて自己紹介しますね。今から5分後に体育館で、入学式があります。上靴に名前は書きましたか?」
クラスの人たちは何も言わない。皆、緊張しているのだろう――
「緊張してますよね~。学校に慣れるまでは、色々とわからないことがあると思うので、いつでも聞いてくださいね!」
そう言って、教卓にある年季の入った椅子に座った。
いい人そうだ、良かった――俺は少し安心した。
5分後――
「さあ、そろそろ時間ですね! 廊下に2列で右に1~17番、左に18~33番の順番で並んでくださーい!」
俺は19番だ。左の前から2番目に並んだ。前の人は長身の男子だ。
廊下を歩き、突き当たりを左にまっすぐ行くと体育館だ。突き当たりには、沢山の賞状やトロフィーがある。バレー、ソフトテニス、野球、放送など様々なものがある。
いつか、ここに賞状を置けたらいいなぁ――
「ここで待ってて下さいね。順番に行くので」
先生はそう言って、体育館の入り口へと行った。
すると、拍手が聞こえてきた――どうやら1組から順番に入場しているようだ。
ドキドキする――人が多いところは嫌だ。
「それじゃあ、行きましょうか!」
1番の人から入場していく――もうすぐだ――
前の人が入った。俺も後を付いていく。
俺は前を向くことは出来なかった。下を向いて体育館の真ん中を歩き、椅子に座る。
ふぅ、あとは話を聞くだけだ。ちょっとしたことにビクビクしてしまう。あの時から俺は、あまりにも弱くなった――いや、俺は前から弱かった――弱いから、あんなことになったんだ――
こんな風に、俺はいつも考えてしまう。
もっと苦しまなきゃ駄目だ――俺は、許せない――自分が――許せないと思っていることすらも愚かだ――ただ、お前は苦しめばいいんだ――過去は変えられないんだから。一生苦しめばいい。
「えー、皆さん……ご入学おめでとうございます……校長の篠原です。えー、皆さんは…………」
こういう長い話は耳に入ってこない。自分の思考に集中してしまう――
「ねぇ、お父さん……なんでお父さんは野球をやろうと思ったの?」
「んー、理由はないんだ……なんとなく上手くなりたかっただけだよ……きっと、奏は上手くなるよ! 俺とは違ってプロ野球選手を目指してるんだから。俺をでっかい球場まで連れて行ってくれよ!」
「いいよ! でも、それでいいの? 僕ならあの空の向こう……宇宙にまで連れていってみせるよ!」
俺は愚か者だ。本当に父さんを連れて行ってしまったのだから。親不孝者だ――
ろくな努力もせずに、のうのうと生きている。世界のゴミだ――じゃあ、どうしてまだこの世界に生きているのか――死ぬのが怖い――ただそれだけだ。希望はない――いや、たった一欠けらの希望があると信じたい自分がいる。
「新入生代表、長瀬美月さん!」
「はい!」
こんなに多くの人の前で話さないといけないのか――俺はいるだけで緊張するのに。
代表者は後ろから歩いてきて、俺の真横を通ってゆく――いい匂いがした。甘い花の匂い。
気持ち悪い――咄嗟にそう思った。女の子の匂いを嗅ぐなんて、最低だ――
でも、綺麗な人だなぁ。背筋が伸びていて、背が高い。髪は丸みを帯びたショート。大人びた雰囲気の女性だ。本当に同級生なのかと疑ってしまう。不思議と見入ってしまった。なぜだろうか――さっきまでの心の重荷が、すっと取れた気がした。
まあ、そんなことはどうでもいいか。とにかく今はこれからどうするかを考えないと、自己紹介とかもあるかもしれない――目立たず、波風を立てないように、余計なことは言わないでおこう。
「以上を持ちまして、入学式を終わります」
入学式が終わった。俺は先生方の誘導に従って、教室に戻った。
「はい! 皆さんお疲れさまでした。」
クラスの皆は頭をこくりと下げた。
「改めまして……担任の高橋久美子と申します。よろしくお願いします」
教室は緊張感が漂う――だが、なぜだろうか――嫌な緊張感ではない。
「えー、皆さん初めまして。副担任の下柳鉄郎です。よろしくお願いします。」
ご年配の先生だ。おそらく50代だろう。少し怖い――
それから、ひとしきり学校の説明があった。学校案内やこれからの学校生活、授業の説明があった。
「よし!では、説明が粗方終わりましたので、自己紹介をしましょうか」
ドキッとした。ひどく緊張しだした。やっぱりあるのか――自己紹介は本当に嫌いだ。人前で話したくない、怖い――今すぐにでも逃げ出したい。
「では、出席番号1番の人と36番のひとでじゃんけんをしてください。勝った方から行きましょう!」
俺は19番だから、どっちでもいい。
「最初はグー、じゃんけんポン!」
1番の人が勝った。その後、1番、2番と順番に自己紹介をしていった。
この時間は地獄だ――少しずつ自分の番に近づいていく――
3番、4番、5番――16番、17番、18番――次だ――緊張はピークに達した。手が震える。
なぜ怖いのか自分でもわからない。緊張ってなんだ? そんなどうでもいいことを考える。
前の人が終わった。俺の番だ――
「……花田奏です……趣味は野球です。よろしくお願いします……」
俺は皆の顔を見れずに、下を向いて言った。目立たずに、特に失敗もしないで良かった――俺はため息をつく。
こんな毎日か続くのかと絶望する。結局、俺は昔となんら変わっていない。未来に期待して、勝手に未来に絶望する。自己中心的で、人の気持ちがわからない。唯一変わったことがあるとすれば、人を傷つけなくなった。
最初から関わらなければいいと気づいたのだ――
今日は帰ってゆっくりしよう。学校初日が終わり、俺は家へと帰った。
「おかえり、学校どうだった?」
母さんが帰って早々聞いてきた。心配そうな顔だ――
「何とか行けそうだよ! クラスの人とも話せたし……」
嘘だ――母さんを心配させたくない。
「そう……よかった! 自分のペースでいいからね。無理はしちゃダメよ」
母さんは笑っていた。良かった。でも、母さんが喜ぶたびに心臓が痛くなった。
「ただいまー、おー、帰ってたか」
兄ちゃんが帰ってきた。兄ちゃんはもう大学生だ。音大に入って、相変わらずバイオリンを弾いている。普段は一人暮らしをしているが、たまにこうして帰ってくる。
兄ちゃんは凄い、一人でコンサートを開けるほどに実力を伸ばし、お金も結構稼いでる。
どうしても、俺は兄ちゃんと比べてしまう。あまりにも差が大きくて――絶望する。どうして人はこんなにも違うのか、同じ家族なのに、埋められない差が俺を苦しめる。
でも、兄ちゃんも母さんも俺をそんな風には見ていない。いつも、優しくて励ましてくれる。どうしてなのか、俺には理解できなかった。
最近思うことがある――どうせこの先も死なずに生きているなら、これだけしてくれている家族のためにできることをやるべきなんじゃないのか、恩返しをしなければいけない。そんな感じがする。
何をしたらいいかはわからないけど――
「ねぇ、兄ちゃん……どうして兄ちゃんはそんなに生き生きしてるの? なんでいつも楽しそうなの?」
俺は漠然とした質問を兄ちゃんに押し付けた。何かを期待して――
「んー、そうだなぁ。俺はやりたいことをやってるだけだからなあ。まあ、もちろんきついこともたくさんあるけどな。お前にも野球があるじゃないか! 今は野球に集中すればいい」
俺は野球をなんとなくしているだけだ。自分で言うのはなんだが、周りの選手と比べると上手い方だ。それでも、本物の才能には敵わないし、そもそも、野球のせいで俺は――
「お前は考えすぎるところがあるからな……何かをしている間は考えなくて済むだろ? だから、とりあえず野球をやれ、な?」
「わかった……それでも、辛いときはどうしたらいいの?」
兄ちゃんはニコッと笑った。
「その時はまた、俺に相談しろ。やれることは少ないけど、聞いてやるくらいはできるからな!」
そう言って兄ちゃんは、家に荷物を置いてすぐに、出て行った。この後、高校の友達と飲みに行くらしい。
相変わらずだな――
でも、何となくやることは分かった。将来を不安がってもしょうがない。できることをやろう。
そうして、休みが明け、学校が本格的に始まった。今日は1,2時間目が数学。3時間目が公民。4時間目が歴史。5時間目が体育だ。
俺は高校で友達を作ろうなんて思っていない。ただ、なんとなく期待してしまう自分がいる――
基本的に今日は各教科のオリエンテーションだった。正直、あまり面白いものではなかった。
次は体育だ。俺は一人で体育館へと足を運んだ――
「一組はこちらに並んでくださーい」
各々のクラスのリーダー的存在の人が、先生の指示を受け、並ばせていた。
ああいう人たちは凄いなと思う。まだ、環境に慣れていないのに率先してやるなんて――俺にはできない。
「はい、皆さん初めまして。1年生の体育教師を務めます。梅木です。よろしくお願いします」
体育の説明があらかたされている。長い時間、体操座りをするのは疲れる――
「少し時間が余りましたね。そこの体育倉庫にバトミントンの道具や、バスケットボールなどが入っているので、時間まで使ってもらって大丈夫ですよ」
そう言って、体育教師はどこかに行ってしまった。
こういうのが一番困る。友達もいないのに、何をするというんだ――
入学して、間もないのに、他の皆は各々で遊んでいる――が、俺も含めて1人で突っ立っている人もちらほらいる。
俺は誰にも話しかけられたくはないので、終わるギリギリまで体育館の外で待つことにした。
あぁ、人間関係は本当に面倒くさい。こうやって、他の人がわちゃわちゃしている間に1人でいるのは心細いが、それよりも面倒くさいが勝つ。
「あの……すみません」
びっくりした。俺の体は生きた魚のような動きをした。
話しかけてきた人は色白の男の子だった。体操服を着ているから、同じ1年生だろう。
「どうしました?」
俺は少し間をおいてから話した。
「あなたも逃げ出してきたんですか?」
彼はそう言って、笑った。
「はい……ああいう空気が嫌いなので……」
自分と同じような人がいて少し安心した。
「初めての授業であれはないですよね。なんで、皆もう仲良くなってるんだろう?」
彼は明るそうに見えるのに、こんな人でもそんな風に思うのか――
「たぶん、中学校が同じとか、部活の知り合いとかそんな感じですかね……」
その後、彼とは他愛ない話をした。久しぶりに家族以外の人と話したが、案外楽しいものだ。
彼の名前は井上優斗、ボードゲーム部らしい。この学校にボードゲーム部があることを知らなかった。とても珍しい部活だ。同じクラスらしい。
今日は学校が終わって、そのまま家に帰った。悪くはない1日ではあったな。ただ、疲れた。どうにもクラスは居心地が悪い。それは、自分のせいであることは間違いなかった。
入学式から1か月が経った。相変わらず、俺は代わり映えのしない日常を送っている。ただ、変わったこととしては、友達が3人出来たことと、野球部に入ったことだ。改めて野球を本気でやろうと思い、入部した。正直に言うと、入らない方が楽だし、俺も入りたいとは思わなかった。
それに、部活に入れば、必然的に人付き合いが増える。自分と会わない人たちと関わらないといけない。それでも、俺は野球をやりたかった。
今日は友達と4人で放課後に学校近くのお店でご飯を食べている。
友達は俺が学校で最初に話した優斗、バトミントン部の健氏、剣道部の龍馬だ。
「みんな部活してるからなかなか集まれないよな~。ほんとはもっと遊びてぇー」
龍馬が神妙な顔をして話している。
「そうそう、6組の美月って子、バカ可愛いよな!」
続けて龍馬が話した。
「あー、見たことあるかも。めっちゃ頭いいんだよね。優斗も見たことあるよな?」
健氏が楽しそうな顔で言った。
「あるよ、たしか入学式の生徒代表だった気がするよ。」
俺は話を聞くだけだ。でも、それでいい。居心地がいいところにいられるだけで満足だ。
「奏は好きな人とかおらんの?」
優斗が純粋な目で俺を見て言った。
「急だね……いないかな。今は野球に集中せんと」
「真面目やな~」
龍馬が優しそうな顔で言う。
そうこうしているうちに午後8時30分になった。俺たちは帰ることにした。俺は優斗と途中まで帰路が一緒だから一緒に帰る。
「ねえ、奏。学校楽しい?」
「まあまあかな。でも、友達ができて良かったよ。こんなにできるなんて思わなかったから……」
優斗はニコッと笑った。
「僕は結構楽しいな……そうだ、1か月後に生徒会役員の募集があるみたいなんだけど、一緒に入らないか?」
俺はそんな提案をされるとは思っておらず、ビックリした。
「俺には向いてないよ……それに部活で忙しいし……」
「そうかな? 奏は結構そういうの向いてると思うけどな……それに部活しながらでもやってる人はいるみたいだよ? まあ、頭の片隅に入れておいてよ」
「わかった……」
生徒会なんて俺には関係ないとそう思っている。でも、自分を変えるチャンスなのではないかと――いや、やっても周りに迷惑をかけるだけだ。俺はそんな器じゃない。
そうやって、いつも俺は気持ちを抑え込む。
「じゃあね奏、また明日!」
優斗はこちらを向いて、手を振りながら離れていった――
『生徒会』その言葉がなぜか引っかかる。何かを期待してしまう。
でも、そんな勇気が出るわけがない。人前で話す機会もあるだろう。そんなの絶対に無理だ。
今は野球に集中しよう。
家に帰りついた。もう午後9時を超えている。俺は帰ってすぐに風呂に入り、布団に寝転がった。
でも、なかなか寝付けない。理由は――わかっている。生徒会――どうしても気になる。俺にはできないとわかっていながらもなお、どうして俺は――
期待だろうか? なにかが起こることを期待して――人生が変わるかもしれない。いや、そんなことはない。きっと何も変わらない。やることすべて――無駄だ――
ピピッ、ピピッ――目覚ましがなった。朝か――
早々に準備をして、今日も学校に行く。
「おはよー!」
優斗が走りながら近づいてきた。
「優斗、おはよう……」
「あれ、どうしたの、何か元気ない?」
しまった。心配させてしまった。
「いや……あのさ、優斗。昨日のことなんだけどさ……」
「ん、どした?」
優斗は眉間に皺を寄せている。
「生徒会なんだけどさ、一緒にやりたい……かも……」
優斗の顔が急に明るくなった。
「えー、ホントに! やろうよ一緒に。絶対に楽しいし、いい経験になるよ!」
俺はいつもこの健気な明るさに救われる。
優斗となら、できる気がする。
「1か月後に一緒に先生に言いに行こうね」
そうして、一緒に学校へ行った。
だいぶ学校には慣れてきた。中学校の頃が嘘のように友達も出来たし、部活もできてる。
正直、少し楽しくさえある。でも――本当に自分がこんなに楽しんでいいのだろうか――悪いことをしたやつは罰を受けなければいけない。だから――わからない。どうすればいいか、何もしない方がいいのか。そもそも父さんはそんなことを望んでいるのか――
考えてもきっと、答えは出ないだろう。今日も部活があるから、それに集中しよう――
野球はというと、部活がない日でも必ず素振りや筋トレをしている。昔の野球への情熱が戻ってきた。練習試合や公式試合に出られることも多々あった。野球をやっている時だけは何も考えず、恐れず、純粋に楽しむことが出来る。俺の唯一の逃げ場だ。
それから、1か月が経った。ついに――ついに生徒会に入った。本当に入って良かったのか? 今更考えることもあるが、それよりも今は期待に満ち溢れている。勇気を出して良かった。久しぶりに挑戦できた。それに優斗もいるし、何とかなるだろう。
早速、今日は生徒会の集まりがある。俺と優斗は同じ保険委員会の副委員長になった。
生徒会長の話や先生の話をひたすらに聞いていた。かなり緊張する――やはり、生徒会に入るだけあって、優秀そうな人たちばかりだ。
厳しそうな先生が話している。
「生徒会の役員は生徒の代表だ! 言いたいことわかるよな? お前らが生徒の規範とならなければいけない。他の生徒はお前たちの行動を見て学ぶのだ……」
そんなのとはないだろうと思いながら俺は話を聞いた。
話が終わり、同じ委員の人たちとの話し合いになった。
「こんにちは、保険委員長の中村です。皆さんよろしくお願いします。」
華奢な体形でツインテールの女性だ。とても頭が良さそうだ――
「というわけで、この委員会では、主に保健室の係や体育祭の看護係をします。その他では裏方ですね」
そうして、委員長と副委員長の4人で話し合いを行った。
そして俺は気づいた。もう一人の副委員長が長瀬美月さんだ。近くで見ると本当に美人だ。
「ねえねえ……」
「!!」
急に美月さんが話しかけてきた。俺は驚きのあまり硬直してしまった。
「花田君って野球めっちゃうまいんでしょ?」
「え……なんで?」
俺は咄嗟に返す。
「私の知り合いの野球部の先輩が言ってたんだよ! 花田は並外れてうまいって」
先輩方がそんなことを思ってくれているなんて――
長瀬さんにバレないように、すぐに照れ隠しをした。
「全然……俺なんてまだまだだよ……」
「ふーん……謙虚だねぇ~。まあいいけどさ! また今度会った時に話そうよ!」
そう言って、長瀬さんはあっという間に去っていった。何だったんだろう? どうして俺なんかに話しかけてくれたんだ? そもそもあんな雲の上の人と話して良かったのかな?
そんなことを考えながら、どこか楽しかった自分がいる。たったちょっとの出来事だったけど、俺にとっては大きなことだった。人の明るさに触れるのは心地いい。
「よし!」
俺は一人で声を出して気合を入れた。いつまでも後ろ向きじゃだめだ。少しでも前を向かないと!
グラウンドへと早足で向かう。早く野球がしたい――




