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花冷え  作者: 天青


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16/18

振り出し

 番組放送から1週間が経った。


 俺は家から動けずにいた。どうやら病状が悪化しているらしい。以前とは比べ物にならないほどの倦怠感に襲われいる。医者が言うには、治療を行い、安静にしていれば、症状は落ち着くみたいだ。本当は入院をした方がいいのだが、俺は仕事がしたいがために数日間待ってもらっている。どうしても次のインフルエンサーを見つけて、会うところまでは仕事を進めたい。次こそは――次こそは、ハッピーエンドを見たいのだ。


 今はひたすらスマホを眺めては候補者の詳細を紙に書く。それの繰り返しだ。今になって思うが、会社に入っているのにも関わらず、家でこんな風に仕事ができるなんて、そうとうなホワイト企業だ。


 はぁ、やはり体力がだいぶ落ちている。トイレに行こうと立ち上がるのにも一苦労だ。


 う――頭がくらくらする。なんだ、これは――



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 あぁ、気分が悪い――気づけば俺は病院にいた。


 まじか――まあ、なんとなくわかってはいた。自分のことは自分が一番わかっている。もう限界だった。本当はあの、山登りの時にはずっと体調を崩していた。それでも、俺はそれを隠した。どうしても企画を成功させたかったからだ。起きてからすぐにお母さんがきた。


 それはもう泣きそうな顔で怒鳴りつけてきて、あまりにもその顔が面白くてつい笑ってしまった。するとお母さんはさらに怒って俺の頬を叩いた。


「あんたどうかしてるわ! 無理ばっかりして、死ぬかと思ったのよ。なのにけらけら笑って……まあいいわ。外で美月ちゃんが待ってるから、私はもう行くわ」


 お母さんはそそくさと出て行った。そのあと、すぐに美月がきた。目からはポロポロと涙を流している。病室に入ってくるやいなや、俺に抱き着いてきた。美月の暖かな温もりを感じ、俺も急に涙がでてきた。今まで冷静を繕っていた心がほどけていくように――


 死――それをまた強く感じる。


「ごめん、美月。ごめん……」


 俺はひたすら謝り続けた。どうしてそうしたのかは自分でもわからない。美月はずっと俺を抱きしめるだけだった。


 次の日、改めて検査と問診を経て、俺の病気が急性転化していることがわかった。要するに、俺の余命は急激に短くなったということだ。隣で聞いていた母さんは終始泣いていた。


 その後、車いすに乗って病室へと戻った。病室は個室にしてもらった。個室の方が心が落ち着くからだ。それに苦しんでいる人をあまり見たくはない。俺はベットに横たわり、重たい体を労わってやることにした。


 それにしてもどうしてだろうか、こんなにも絶望的な状況なのに落ち着いている。これが諦めから来るものなのか、俺にはわからない。


 2度目の入院はとても懐かしく感じる。ふと、あのおじさんのことを思い出した。そういえば、おじさん、俺に死んだように生きてほしくないって言ってたな。俺はそういう風に生きられただろうか――


 いや、結局は色んなしがらみに囚われて、自分の生きたいようにはできなかった気もする。


「俺なりに精一杯頑張ったんだけどな。人生うまくいかないもんだ」


 個室で人目がないので、ついつい独り言が多くなる。


「なに悟った顔してんの?」


「美月! 学校は?」


「今日は休日だよ」


 突然、美月が病室に入ってきた。俺は慌てて、服装と、姿勢を正す。


「落ち込んでんの?」


「いや、別に……」


「私の前で強がる必要ないのに……体調はどうなの?」


 美月は入るやいなや、来客用の椅子に腰かけ、手を首の後ろに組んだ。


「まあまあだよ。すぐに治して早く仕事に戻らないとな」


 頬が妙に冷たいと感じる。気づくと俺はまた、涙を流していた。


「ダメだな、俺。美月に会うとなんか泣けてくるわ……」


「泣いていいよ。私の前くらいさ」


 美月も鼻水をすすりながら泣いている。


「頑張ってるよ奏は、やれること全部やってたって。だからさ、今はゆっくり休みなよ」


 そう言って、美月はもう一度、俺を強く抱きしめた。


 そこからはひたすらに2人で話した。退院したら、遊園地に行こう。ラーメンを食べよう。映画を見に行こう。そんな楽しい話をずっとしていた。


 夜になり、寝る前にメールを確認すると、社長と雨谷さんから連絡が来ていた。心配のメールだ。なんだかんだ言って優しい人たちだ。特に雨谷さんは心底心配しているのか、どこで入院しているのか、面会は行けるかなど色々聞いてきた。本当に変な人だ。


 正直、なんとなくこうなることは分かっていた。いつかはこうして病院送りになるのだと。もしかしたらこれが俺の最後になるかもな――そんなことを独りで呟いては笑っていた。


 数日後、俺の容体はますます悪化しているらしい。今までは大したことなかったのに、急に病気が悪さを始めた。慢性リンパ性白血病ってなんだよ――


 今更どういう病気かを調べている。今までは調べないようにしていた。よく、病は気からというもんだ。病気のことを知れば、本当に悪い症状が出るかもしれないと思った。今思えば、本当にばかばかしいな。


 主な症状は首や脇下の腫れ、微熱、倦怠感、めまいなど――どれも当てはまるな。5年生存率を見ると、80%ほどだった。思っていたよりも高いと感じる。案外俺もまだ生きれるかもしれない。


 そして、調べていくと、同じ病気の人が多くでてきた。芸能人、アスリート、社長、一般の人。俺は一般の人に入るのだろう。


 動画を見ていると、なんだか無理くり希望を見つけているような、そんな人が多いように感じた。テレビの取材では明るいことを言っているが、裏では泣いている。そんなのばかりだった。それでも、死ぬ数日前には不思議と楽しそうに笑っていた。まるで病気をしていない、普通の人のようだった。明日にでもすいすいと歩いて病院を出ていきそうな勢いで俺は驚かされた。


 俺は思った。どうして人は死ぬのだろうと――どうして人はこんなにも違う人生を歩み、そして不平等な世の中でも笑っていられるのだろうか――


 自分の人生を受け入れ、前に進んでいく姿に俺は戸惑いを隠せない。


 ずっと考え込んでいるうちに、夜になった。味の薄い病院食を食べ、部屋からでて、病棟内をプラプラと歩いている。点滴と装置が邪魔で歩きづらい。医者からはあまり動かない方がいいと言われたが、じっとしているとおかしくなりそうだった。

 

 やはり病院は苦手だ。死んだような目をした老人やおじさんばかりで気が滅入る。看護師さんも忙しそうに仕事をしていて、本当に良くやるなと思う。


 頭がズキズキするし、今にも倒れそうなくらい体が重い。そろそろ自分の病室に戻ろう。


 戻る時に大きな声が聞こえ、看護師さんが患者を注意しているのが見えた。どうやら患者がテレビを見て盛り上がっているようだ。


 テレビに映っているのはプロ野球だった。俺はつい、見入ってしまった。試合は3対4で、今は負けている方が攻めだ。もう試合も終盤で会場は非常に盛り上がっているようだ。テレビを見ているおじさんがこれでもかというくらい近づいているので、見えづらい。


 打者は今一番熱い選手だ。プロの世界に入ったばかりだが、高校時代は必ずプロの世界に入ると言われて現にその通りになっている。まさに期待の新人だ。


 そして、俺の予想通り、この選手はカキーンと気持ちよく打ってくれた。さらに相手チームのエラーで2点入り、逆転した。流れがこちらのチームに来ているのが良く分かった。どうしてだろうか。スポーツ――いや、それだけでなく、全てにおいて流れというものがある。もちろん仕事もだ。流れが来れば何をしても上手くいくような気がするのだ。そして、それは本当に上手くいく。


 きっと俺は、人生の流れには乗れなかったのだろう。


 

 


 


 

 

 

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