空
「こんなに綺麗だっけ? 魚って」
優斗が綺麗な星でも見ているかのように、水槽の中を優雅に泳ぐ魚を見ている。優斗とは本当に久しぶりに会う。連絡は毎日のようにとり合っていたのだが、いざ会ってみると少しぎこちないような感じがする。優斗と初めて会った時のことを思い出す。
「仕事はどんな感じなの? 楽しい?」
優斗は水槽をぼんやりと眺めている。
「うん、楽しいよ。やっと自分が作った動画を放送できるんだよ。それが楽しみで仕方がない」
「おう、いいじゃん。僕はインフルエンサーの卵全部見たよ。どれも面白いよね。インフルエンサーたちを集めてスポーツさせたり、スタジオに読んでトークしたりさ。なんかいいよね、ああいうの。頑張ってる人が報われてる感じがしてさ」
優斗はニコニコと楽しそうに話している。俺も久々に優斗と話せて嬉しい。
「そうなんだよ。わかってるじゃんか! ああ見えてもインフルエンサーって大変なんだよな。本当に有名になれるのはごくわずかで狭き門なんだよなー」
俺はついつい楽しくてしゃべりすぎてしまっている。でも、優斗はそんなことは気にせず、俺の話を熱心に聞いてくれる。
その後もずっと話しながら館内を歩いていると、大きな水槽がある場所に着いた。そこは小さな魚から大きなサメまでいて、本当に海の中を見ているようだった。どうして海の生き物はこんなにも綺麗なんだろう。優雅に泳ぐ魚たちを見て、ついつい考え込んでしまう。
小さな魚たちを群れをなして泳いでいる。一匹残らず塊になって泳ぐそれは、さながら今の社会のようだ。それに比べて他のサメやエイなどの大きな魚は群れをなしていない。それどころか他の魚がいないかのように興味を示さず泳いでいるように見える。まるで、わざとそうしているかのように――
でも、人間からみると、非常にバランスがとれていて、見ていて飽きないなと思う。水槽全体が一種の生態系のようだ。
「学校はどうなんだ? 生徒会、頑張ってる?」
「楽しいよ、ほんとに……みんな仲良くってさぁ。勉強は大変だけとなんとかやれてるよ。生徒会は相変わらず忙しいよ。みんなの前に出る機会もあるからめっちゃ緊張するんだよ。まあ、それも含めて充実してるかな」
優斗が楽しそうで何よりだ。
「クラゲって不思議だよね。ビニール袋みたいな見た目なのにさ、なんで生きていけるんだろ」
「確かになぁ……綺麗だよなー」
暗い部屋の中でクラゲがイルミネーションのように光っている。こんな綺麗な生き物なのに毒を持っているのか――
「それにしてもさ。奏、雰囲気変わったよね。大人びたよ」
「そうかな? 俺は昔と何も変わらないよ……」
「いや、変わったね。何だか遠くに行っちゃったような気がするよ。あ、髪の毛が生えたからかもね!」
俺は何も変わっていないよ、優斗――臆病で弱くて――自己中なままだ――
その後、水族館をぐるぐるとまわって、お土産コーナーに着いた。美月に何か買っていこう。
それから俺たちは水族館を出て、近くの蕎麦屋で食事を済ませた。
「今日はありがとな。優斗と久しぶりに会えて楽しかったよ」
「うん、僕も楽しかったよ。また、いつか遊びに行こうよ!」
「ああ、そうだな。いつかとは言わず、明日でもいいんだぞ?」
そんな他愛ない話をしながら俺たちは帰りの電車に乗った。こんな時間がずっと続けばいいなと思う。今日は本当に楽しい1日だったな。
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放送当日になった。放送はプレミア公開され、リアルタイムでコメントが見れる仕組みだ。どんな反応が来るだろうか――今になって緊張してきた。
待機画面を見ていると、2000人ほどが待機していた。こんなにも多くの人が見るのか――
始まった!
「インフルエンサーの卵!」
タイトルコールだ。
「今回のターゲットはチピチャッピーさんでーす!」
どんどんと話が進んでいく。あんなに長かった撮影もほんのちょっとしか視聴者に届けられないのは残念だ。
コメントを見ると、優しいコメントが7割、否定的なコメントが3割といったところか。
優しいコメントは、頑張ってる。と言った応援コメントや、香夏子さんと直海さんを心配するコメント。否定的なコメントはどうして働かずに遊んでいるんだ。ニートと同じだ。親不幸者というコメントだ。やはりこういった内容は賛否両論ある。どちらの意見の考えも間違ってはいないと思う。
いよいよ最後になった。あの山登りだ。山登りのシーンを映すということはバットエンドで終わらせることを意味する。直海さんが倒れて、その後は分からずに終わる。確実にコメント欄は荒れるだろう――
だが、同時に話題になるかもしれない。それが良い結果を生むか、悪い結果を生むかはわからない。
動画を見てわかるように、序盤は2人ともとても楽しそうだ。思い出すだけでも、自然と笑顔がでる。そして、俺が直美さんを怒らせた場面になった。コメント欄は当然荒れた。部外者が口を挟むな。そういったコメントがほとんどだった。それを見て、俺は胸が苦しくなった。俺は間違ったことをしたのだと思う。
そして、直美さんは倒れた。コメント欄は荒れに荒れている。それに比例するかのように視聴者数は増えていき、4000人弱が見ていた。そうしてそのまま動画は終わった。
まあ、予想通りの結果にはなった。それから俺は、SNSの反応を見ていた。すぐに――とはいかないが、数時間後にはそこそこ話題になっていた。それはそうだ。人が倒れているところを映したのだから。
自分でもやり過ぎだとは思う。SNSを見ると、炎上ギリギリの状態だ。直美さんのことを利用したのだ。当然だと思う。だが、結果は出ている。インフルエンサーの卵の登録者は4万人ほど増えていたし、香夏子さんのチャンネル登録者も少しずつ増えている。
俺は安堵のため息とともに、俺の力不足でこういうやり方しかできなかったことを悔いた。
それから数日後、香夏子さんから連絡がきた。
「ごめん。色々あって返信忘れてた」
「いえ、大丈夫ですよ。あれから直美さんの容体はどうですか?」
3時間後に連絡が返ってきた。
「倒れてからはずっと体調崩しててさ、1週間前に死んじゃったの。お母さん、私に最後の最後まで、真っ当に生きろって言ってたよ」
俺はしばらく考え込んだ。最悪のバットエンドじゃないか――結局は自分のことばっかりで、あの親子に迷惑をかけて――何もしてやれなかった。
「でもね。奏君のおかげで私の人生、結構変わったよ。奏君には申し訳ないけど、今は配信は週に2回くらいしかしてないの」
あれだけ配信に力を入れていたのに、どうしたのだろうか?
「お母さんの葬式にお父さんが来てさ、色々と話し合った結果、お父さんの会社で働かせてもらうことになったの。会社っていっても、畜産業なんだけどね。まだ、ちょっとしか働いてないけど思いのほか楽しくて、私でも続けられそう!」
そうだったのか、香夏子さんなりに沢山考えたのだろう。
「私、視野が狭かったのかもね。最初からお母さんの言う通りにしておけばよかったのかな? まあ今後はそこで働きつつ、たまに配信するよ」
「はい、無理せず頑張って下さい。応援してます」
これで良かったのだろうか――結局、たいした結果は得られなかったように感じる。
ただ、香夏子さんが前に進んだ。それだけで良かったのかもしれない。
俺は何ともいえない虚無感に包まれた――




