プロローグ 巌流島、瞬と宮本武蔵と佐々木殿
「おーい、武蔵くん。どこに行くん?」
「どこって、決まっているであろう。巌流島でござる」
宮本武蔵は襷をいつもよりきつく縛り上げ、大太刀と小太刀を男帯に差した。
「はい、ちょっと待った! あと一時間くらい茶屋で団子でも食おうぜ」
「そんなうつけができるか、佐々木殿との待ち合わせまで一刻もないのだぞ」
「いいから、いいから。慌てない慌てない」
宮本武蔵の家に長く居候している俺だ。家賃代わりにコイツを佐々木小次郎にくらい勝たせてやるか。
「女将さーん、みたらし団子十本ちょうだい」
「瞬殿、流石に死合いの前にたらふく食うのは我の兵法には反するのだが」
「武蔵くんて真面目だよねー」
「小倉藩の剣術指南役の座を賭けた大切な死合いなのだぞ。真剣な戦いなのだ」
必ず勝ちたいなら尚更だ。武士のことはよくわからんが、戦いの一点に焦点を合わせて集中力を高めるならば、ずらしてやれば良い。
「さて、そろそろ行こうか。巌流島」
「応!」
これから命を賭けて闘う宮本武蔵に櫂を任せるのも酷だな。流石の俺も面倒くさがり屋を理由にするのは申し訳ない。
「ぜぇぜぇ、なんで巌流島で死合おうって話になったの? 腕がパンパンだよ」
「……」
「集中してるの? シカト? はぁ、ほんとに真面目だよなぁ。禿げちゃうよ?」
巌流島に着き、佐々木小次郎と戦った宮本武蔵は、見事なほど圧勝だった。
剣の腕前としては互角、もしかしたら佐々木小次郎の方が一枚上手だったのかもしれない。しかし、一刻以上も遅刻した武蔵に精神を乱された佐々木小次郎は敗れたのだ。
「な、勝てただろ?」
「納得いかん……こんなうつけな兵法、邪道である」
「いいじゃん、死ぬより」
「……」
その後、俺と袂を分かった宮本武蔵は熊本に引っ込んで、自身の兵法の極意を記した『五輪書』を著したのだが、そこに巌流島での一戦に関しては一文字も書かれていなかったのだとか。
「なんか悪いことしちゃったかな……死ぬことより恥の方が悪なのかな。武士ってよくわからねえや」
今日も俺は風の向くままに、この世の中を揺蕩うのでだった。
――古代日本の広大な田畑で目を覚ました男、瞬。彼は邪馬台国の時代から現代まで、悠久の時を超えて生き続ける不老の存在だった。
日本各地を流れ渡り、出会った人々に知られざる知識を与える瞬。これは、彼が授けた叡智によって、歴史に名を刻む偉人たちが生まれていく、壮大な年代記である。
歴史を動かす偉人となる彼らの陰には、常に瞬という名の“生ける伝説”の存在があった──。
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あとがき
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『偉人プロデューサー瞬』をお読みいただきありがとうございます。
室町時代や戦国時代、果ては海外も? 様々な時代を生きる主人公瞬が、無自覚に偉人を作り出していく物語。
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