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アナザー・ヨロズブ 第1章「青の沈黙」  作者: 有氏ゆず&chat448
第五話「落とされた名前」
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5-7



その日一日、誰も古の名前を呼ばなかった。


昼休み、宵子とすれ違っても、

彼女は優しい笑みで「こんにちは」と言っただけだった。


名前を添えない挨拶。

呼ばれない“自分”。


給食当番の時間。


将吾が配膳表を見ながら、ふと眉をひそめた。


「……ちょっと、一人分多くない?」


配膳係をしていた明臣が首をかしげながら答えた。


「え……ええと、十三人分のはず、ですけど……」


「……は?十三人じゃなくて、十二人分でしょ?」


将吾の問いかけに、レナが口を挟んだ。


「ううん。今日も“いつも通り”……十三人分で大丈夫」


その瞬間、古の背に冷たいものが走った。


(“いつも通り”……?

 今この教室にいるのは、俺を除けば十二人のはず……

 じゃあ、その“十三人”って、誰なんだ)


「……そうですか」


会話はそれで終わり、明臣は淡々と配膳を再開した。


レナは無言で古の分のトレーを一つ手に取り、

誰にも気づかれぬように、空いたスペースにそっと置いた。


それが、唯一“自分の存在が肯定された”瞬間だった。


(気づいてる……やっぱり、あいつだけは――)


でもその“優しさ”もまた、

「誰にも届かない」ことを前提にした、静かな諦めのように思えた。


午後の授業、ノートを開いても、

名前を書く欄だけが――何度書いても消えていた。


書いたはずの「神凪 古」が、目を離した瞬間に白紙に戻る。


字が消える。

音が消える。

影が消える。


“古”という存在のすべてが、世界から“削除”されていた。


「……これって、存在してないのと、何が違うんだよ……」


目を伏せた瞬間、ふと、自分の名前を思い出そうとして――


脳が、空白を作った。


「……あれ」


胸の奥が、ヒュッと冷えた。


“神凪 古”という名前を、自分自身が一瞬、思い出せなかったのだ。


「……嘘、だろ……」



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