5-6
窓に映るべきはずの自分がいない。
「……ほんとに、消えてるのか。俺」
古はぽつりと呟いた。
“影がない”という事実が、物理的な存在の消失ではなく――
「認識の欠如」そのものであると、やっと理解できた。
この世界は、“名前”を失ったものを、映さなくなる。
「じゃあ……俺は、もう“この世界”には映らないのか」
有翔は言葉を失っていた。
ただ黙って、窓越しに立つ古の姿を“見ようとして”いた。
「見えてるか?」
「……見えてるよ。ちゃんと見えてる」
「ウソつけ。俺、もう“映ってない”んだよ」
「違う……消えないで。古くん、消えないでよ……!」
声が震えていた。
涙が溜まって、有翔の目が潤んでいた。
「ぼく……君のことが大事だった。君がそばにいるの、当たり前だった。なのに、今みたいに……名前が呼べなくなるなんて……そんなの、やだよ……」
「……だったら、思い出せよ。ちゃんと、俺のことを」
「思い出してる……思い出してるのに……!」
「なら、“名前”で呼べよ。お前が呼んでくれたら、俺はここにいられる気がする」
「……神……凪……こ……さ……」
有翔の喉が震えた。
だけどその先が、声にならなかった。
まるで、名前そのものが、“この空間から削除された単語”みたいに、
口に出すことを拒まれている。
「……っ……!」
「ほらな」
古は、静かに目を伏せた。
「俺の名前は……もう“落とされた”んだ」