86 これからの展望
ということは、この人は今まで、僕に奢ってもらう前提で串カツを頼み続けていたわけか。僕もそうとは知らず、無警戒に串カツを堪能してしまっていた。まったく、マイペースで図々しい人だ。
まあでも、思ったほどの大金ではなかったし、貯めていたお小遣いを取り崩せば何とか払える額ではある。数千円の出費で僕とヒロインたちとの関係を存続させられるのならば、安い買い物に違いない。
少し考えて、僕は「分かりました」と承諾した。僕の懐が少々痛むだけで、ヒロインが誰も傷つかずに済むのならば、大きな問題はないのだから。
「……いや、でも」
「おや、僕の提案が不満かな?」
「いえ、串カツを奢るくらいで協力していただけるのなら、むしろありがたいです。ただ、これであっさりと問題が解決するのなら、じゃあ僕やヒロインたちの今までの奮闘は何だったんだろうなって。水泡に帰しちゃったみたいだなと」
「まあまあ。どうせ人生なんて邯鄲の夢、水の泡みたいなものさ。奢れる者も久しからず、ただ春の夜の夢の如しってね」
「今日僕に奢ってもらうのをいいことに、誤字ってますよ」
正しくは「驕れる」だろう。
でも、何はともあれ、僕たちが安易に六十刈先生の条件を呑まずに足掻き続けた結果、先生の気が変わるチャンスが訪れ、破格の条件で彼の協力を得られたのは確かだ。継続は力なり、石の上にも三年である。
僕たちの奮闘は、努力は決して無駄ではなかった。水泡に帰しちゃいなかったのだ。
奢りということならば、ドカ食いしたくはない。金銭的にあまり余裕もない。
僕は「あまり食欲がないんです」と見え透いた嘘をつき、六十刈先生もそれが嘘だと知りながら「奇遇だね、僕もだ」と調子を合わせてきたので、二人して早めに串カツ屋を出ることとなった。この人、思ったよりノリが良くて話が分かるかもしれないと思った。
「具体的なデートプランなんだけどさ」と、会計が終わった直後に切り出してくる六十刈先生。その表情はいたって真面目だった。
「井上君が校外模試を受けるという体で、外出する口実を用意しようと思う。ただし、12月に県内で行われる模試の日程から見るに、ご両親を欺けるのは多くて3回だ。それ以上は、口実を用意するのが正直難しい」
「構いませんよ」
もちろん、たくさん会えるのに越したことはない。が、受験勉強もしなくてはならないし、年末年始はさすがに会いづらいだろうし、現実的にはそれくらいの回数が妥当な気がする。異論はなかった。
「デートできる時間は、一回につき最大でも5時間ほどになると思う。この点も、問題ないかな?」
「はい」
それだけあれば、何でもできる。どこへでも行ける。
「一度のデートにつき、井上君が何人のヒロインと会うかは任せるよ。何なら、全員と会ったっていい。……けど、あの面子を見るに、皆を呼ぶとかえって言い争いになってデートが充実しないんじゃないかなとも思うんだよね。だから、一度に2,3人が無難かもしれないな」
「ですね」
激しく同意。
この間の六十刈先生&オールヒロインの会合のときも、なかなかカオスだったらしいと聞いている。最近まで定番になっていた、一度に二人とデートする方法を復活させるのが良さそうだ。
「分かっているとは思うけれど、デート中にご両親と鉢合わせる事態だけは絶対に避けてくれよ。そうなったらおしまいだからね」
「……肝に銘じておきます」
六十刈先生はクビになっても困らない的なことを言っていたけど、僕はめちゃくちゃ困るからな。
「確認事項は以上だよ。何か質問はあるかい、井上君」
「ヒロインとの連絡手段はどうします? 仮に、僕が『誰それと何日にデートしたい』と計画したとして、どうやってそれを本人に伝えましょうか」
「ま、一番現実的なのは、井上君が学校で湯川さんに伝えて、湯川さんが『私たちの共同戦線』のトークルームで情報共有する方法だろうね。連絡係を湯川さんだけが担うことに不満が出る可能性も否定できないけど、現状ではそれが最適解だと思うよ」
「ですよね……」
この方法が良いというより、これ以外に方法がないのが現状である。背に腹は代えられないのだ。
「他に質問は?」
「いえ、特には」
「よろしい。では、健闘を祈るよ。来週の講義のときにでも、詳しいプランを聞かせてくれたら嬉しいな」
六十刈先生は優しく微笑み、手を振って歩き去って行った。もうこれで解散というわけらしい。本当に、串カツを食べて少し話をするだけの会だったようだ。
さて、僕に与えられた課題は、来週の講義までにデートプランを詳細に寝ることだ。12月の何日の何時に、どこで誰と会うのかを決めねばなるまい。限られたチャンスを最大限に活かし、全員が目一杯楽しめるようなデートプランを考えねば。
正解が明らかではない分、受験勉強よりもはるかに難しい問題に思えた。




