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81 共同戦線の裏側

「何なのよ、このトークルーム。ルーム名が『共同戦線』って。こんなの、全然可愛くないわ!」


「ひいっ」とまた涙ぐんでしまう星加さん。まあ、この人もこの人で、社会人でありながら高校生にいじめられ、大学生たちに助けられる有様なのはいずれ何とかすべきだと思う。


「へえ、湯川さんはネーミングへのこだわりが強いタイプなんだね。じゃあ逆に聞くけど、どんな名前が好みなんだい?」

「『私たちのヒロインアカデミア』とかかしら」

「それ、少年漫画のタイトルのパクリだよね……? もうちょっとこう、オリジナリティーとかないのかい?」


 六十刈先生は肩をすくめた。

 いや、先生の気持ちはよく分かる。バトルもの、王道なヒーローアクションもののタイトルを真似して、変なラブコメものを名付けるのは、ジャンルも何もかもズレているだろう。


「間を取って、『私たちの共同戦線』でどうだ?」


 こんなくだらない議論に時間を取らせるなと言わんばかりに、やや投げやりな風に言う桜井先生。



「俺は『欲しがりません、勝つまでは』に一票」

「なぜ貴様だけ戦時中を生きているんだ⁉」

「漢字だと堅苦しいから、私は『ファイト・トゥギャザー』推しだねっ!」

「ふむ。では立花先生、折衷案として『私たちのファイト・トゥギャザー』でどうだろう」

「『私たちの』と『トゥギャザー』で、若干意味が被ってないかなっ?」


 ラスト5分でトークルーム名を決めようとして、ああでもないこうでもないと言い合ったヒロインたち。結局、その名前は「私たちの共同戦線」に落ち着いたそうだ。

 なお、栞は「共同戦線」に「ヒロインアカデミア」とルビを振ろうと主張したらしいが、皆から「読み仮名に無理がありすぎる」と猛反対されて断念した。



「……はい。以上、会合の結果報告でしたよっと」


 今日の講義の最初の10分をまるまる使い、会合の詳細を語ってくれた六十刈先生は、心なしか少し疲れているように見えた。


「井上君も、結構苦労してきたんだねえ。僕は君のことを少し見直したよ」

「そりゃどうも」


 ヒロインたちはたくさんアイデアを出してくれたけれど、現実味のない案も多かった。得られた成果は、彼女ら5人だけのトークルームができたこと、栞が連絡係になってくれる可能性もあることくらいだろうか。

 デートする具体的な方法がまだないのは事実なんだけれど、一歩前進できたのだと信じたい。


「……で、六十刈先生。今回、ヒロインの顔ぶれをチェックしてきたはずですが、正直に言って下さいよ。タイプだなって人はいたんですか?」

「秘密だよ」

「そんなこと言わないで下さいよ。僕と先生の仲じゃないですか」

「おっとっと。自分に都合の良いときだけ、仲の良さだとか絆だとかを主張するのはやめてもらおうか。それは友情ではなく、単なる利害関係だよ」


 僕の追及を難なくかわし、丸眼鏡の青年はからかうような笑みを浮かべた。


「さあ井上君、雑談は終わりだ。そろそろ講義内容へ戻らないと、お母様から大目玉を食らってしまうよ」

「切り替え早いっすね……」


 ぶつくさ言いながらも、僕は素直に勉強を再開するのだった。





 やあ皆さん、僕だ。六十刈暁人だ。

 なぜ僕が今回語り部を任されているのかと言えば、井上君が知り得なかった事実を僕が知っているから。まあ厳密に言えば、僕が井上君にその情報を渡さなかったから、彼が知らないだけなんだけどね。

 あっはっは。要するに、全部僕のせいなんだ。

 井上君が知らなくて僕が知っている情報とは、先日の会合の直後のことだよ。僕が彼に伝えたのは、あくまでも「店内で会合をしている間の出来事」だけ。店の外でどんなやり取りがあったのかについては、特に伝えていない。


 そもそも井上君は、情報伝達の点で少々不用心だったと言えるかもしれないなあ。だって、僕とヒロインたちを接近させすぎないことばかりに気を配って、結果報告をどうするかについてはほとんど何も決めずに僕を送り出しちゃったんだから。何だったら、嘘っぱちの情報を掴ませることもできたのにね。

 もっとも、そんな嘘をついてもいずれバレるし、僕には嘘をつくメリットがあまりないのでやめておいたけど。



 あの会合の日、僕はまず、午前中に別件を済ませてから向かった。別件というのはすなわち、家庭教師のバイトだ。

 といっても、井上君を指導してきたわけじゃない。全然別の受け持ちの、中学三年生の女の子だよ。名前は三好さんという。

 大人しくて真面目な子なんだけれど、ただでさえ思春期真っ只中なのに加え、高校受験による大きなプレッシャーがかかったのが良くなかったんだろうねえ。彼女、近頃は少し精神的に不安定なんだ。成績を上げるのはもちろん、メンタルのケアもしないといけない。


「ううっ……先生ぇ……」


 その日は特にひどかった。僕が三好さんの部屋のドアをノックし、「どうも、六十刈です」と気楽に挨拶してから室内にお邪魔すると、彼女はしゃくり上げて泣いていた。

 おやおや。

 あらまあ。


「どうしたんだい、三好さん。ほら、涙を拭いて」


 僕はわざと格好つけて、懐からハンカチを取り出した。ちょっとだけ泣き止む三好さん。


「あ、ありがとうございますっ、先生ぇ」

「どういたしまして。紳士として当然さ」


 大げさにお辞儀までしてやると、彼女はだいぶ落ち着いてきた。

 小っ恥ずかしくなってくるから、その辺で営業用のパフォーマンスは終了。やれやれ。昔、メンヘラ気質な女の子と付き合ったときのことを思い出しちゃったじゃないか。精神的に脆い女と付き合うと、支える側は大変だよ。

「人」という漢字は人と人が互いに支え合っている、と言われることがあるけれど、あれ、どう見ても左側の人が右側にもたれかかってるもんねえ。所詮人間は平等ではなく、搾取する側とされる側に分かれているんだろうか。現実は悲劇的だ。


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