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78 士気が下がる

「士気が下がる」という概念が、いまいち理解できない。

 たとえば、職場の同僚がいかにもやる気なさげに仕事をしていたとしても、僕はそれを目撃したからといって、自分のやる気までも下げてしまうことはないだろう。

 そもそも仕事とは、他人の顔色を窺ってするものなのだろうか。「他人のモチベーションがないから自分のモチベーションも下がります」と言うなら、それはそいつが他人に流されやすいたちであるに過ぎない。他人のモチベの低さを責めるより先に、まず自分のその影響を受けやすい性格を何とかすべきだ。中身のない空っぽな人格を補強すべきだ。


 僕ならこう考える。もしも、職場の人事評価が昔ながらの相対評価だとすると、やる気のない人材が低評価を受ければ受けるほど、やる気がある人材の評価は逆にうなぎ登りになる。ここで他人のモチベなど気にせず努力すれば、上司にあっさり認められて昇給も夢ではない。モチベのない同僚の存在は、むしろチャンスである。他人を蹴落として這い上がる、絶好の機会だ。


 今まさに僕が直面している、受験戦争においても同じことが言える。つまり、今のように、周りが皆必死になって勉強している追い込みの時期に自分も勉強したところで、いくら僕の学力レベルが上がっても周囲も着実に上がっているわけだから、相対的に見ると序列はさほど変わらない。対して、皆がまだ油断している時期、たとえば1,2年次に周りをリードして引き離しておけば、その差がそう簡単に埋まることはない。先生方からも、「あの子はよく頑張っている」と好意的に受け止められるだろう。

 僕は3年になってからようやく受験勉強を始めたクチだけれど、今思うと、もっと早くから取りかかっておくべきだったかなあ。後悔は先に立たず、覆水は盆に返らない。もっとも、後になって悔やむと書いて後悔なのだから、先に立つも何もない気はするけど。


 努力とは、努力したその絶対領域、もとい絶対量が重要なのではなく、他と比較してどれだけ努力したかが真に重要なのだ。

 かといって、仮に今僕が勉強で手を抜けば、あっという間に皆に追い抜かされてしまうのは確実。今さら頑張ってもせいぜい付け焼き刃程度にしかならないと知りつつ、それでも歯を食いしばって前に進むしかないのだろう。

 要するに、受験勉強しんどすぎてもう嫌だ!



「以上、井上君からの近況報告でした」


 あっけらかんとした口調で六十刈先生が報告を終えると、5人はガクッと崩れ落ちそうになったという。


「あはは。井上くんらしい、回りくどい文章だねっ!」と、おかしそうに笑う立花先生。それ、褒めてるんでしょうかね?

 我ながら、「最近は勉強がしんどいです」という結論を述べるためだけに、努力が云々の駄文を書き連ねてしまった。この無駄な才能を、受験で小論文か何かに活かせないものかとたまに思う。


「相変わらずね、あいつ」


 呆れたように呟く栞。


「ふむ。やはり井上は、私が養ってやらねばダメなようだな」

「ちょっと待った~。井上君を養うのは、この私だよん。更生し、正社員目指して就活中の私の本気を見なさい!」


 六十刈先生の横に並んで座っていた桜井先生と星加さんは、どっちが男子高校生を養うかで競い合い始めてしまった。

 前回から若干キャラ変し、真面目に生きようとしている星加七海さんである。彼女は本日もOLっぽい清楚な服装で、タンクトップの強烈な印象は過去のものとなっていた。



「ま、何だかんだで勉強してくれてるようで何よりだぜ。井上には、俺と同じ関西方面の大学に受かってもらった方が都合が良いからな!」


 平常運転の強気で、稲田さんもへへっと微笑む。うーん、女子にこの表現が適当じゃないかもしれないけど、男前だ。かっこいいよ、稲田さん。

 皆、僕から久々にメッセージが来たのに大喜びで、僕がわざと「絶対量」を「絶対領域」と書き間違えたことには全く触れられなかったようだ。「何で重要なのが努力の絶対領域、ボトムスとソックスの間の太股が露出した部分なんだよ!」みたいな、鋭いツッコミを期待していたんだけどなあ。どうせなら「ガーターベルトって良いですよね」的なマニアックな議論に発展しても構わない。でも、この非常時に細かいことは気にしていられないか。

 会合の時間が一時間きっかりと決められているのに、こうして遊び心を加えてしまうのが僕のダメなところだと思う。


「時間も限られてるんで、サクサク行きますよ。あ、食べながら聞いてもらって良いですからね」


 A4用紙を裏返して、六十刈先生は司会進行を続けた。


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