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76 苦難の中へ

 部屋に戻った僕は、回転椅子の背もたれに思い切りもたれかかった。とてもじゃないが、すぐに勉強に戻る気にはなれない。

 これまで、考えられる手はすべて検討した。六十刈先生の提案に乗るのはNG。星加さんの言うように、いきなり早期決着をつけるのも正しいやり方とは思えない。母上への直訴しても玉砕した。

 あと1ヶ月もすればクリスマスだって言うのに、一体どうしたら良いんだろう。


(……もう、クリスマスを皆と過ごすのは、諦めるしかないんじゃないか?)


 ついつい、そんな弱音を吐きたくもなる。

 よし。ここは一つ、「クリスマスを皆と過ごせなくたって良いじゃないか」と思えるように、自分で自分を納得させてみるとしよう。まずはクリスマスの定義とは何か、改めて考え直してみたい。

 クリスマス。キリスト降誕を祝う祭り。現在ほとんどの国で使用されているグレゴリオ暦では、毎年12月25日がクリスマスの日とされている。キリスト教国と異なり、日本ではクリスマス当日よりもイブの方が盛り上がったりする。



 だが、クリスマスやイブの日はお祝いをせねばならない、何か普段と違う特別なことをしなければならないと、一体誰が決めたのだろうか? 否、そんな決まりはない。

 グレゴリオ暦をはじめとする暦は、時間の流れを「年」「月」「週」「日」などの単位で切り分け、細かく体系付けたものだ。しかし時間とは本来、川を流れる水のように、特に区切られることなく流れていくものではないだろうか。人間だけがその流れを無理やりブツ切りにして「暦」なるものを設定し、各日付に何らかの意味性を付与している。

 たとえば、「初日の出」を普通の日の出よりも特別視し、ありがたがるのはおそらく人類だけだ。人類以外の動植物にしてみれば何も特別ではなく、「今日もまたお日様が昇ったなあ」程度の認識でしかない。そう考えると、初日の出を見るためだけにわざわざ大晦日から寝ずに起きていたり、海や山など日の出の瞬間がより綺麗に見える場所で待機したりしている人たちの努力が、急に馬鹿馬鹿しくなってはこないだろうか。

 このように、「初日の出」や「クリスマス」といったイベントが意味を成すのは人間社会の中でだけであって、他の生き物たちからすれば「何じゃそりゃ、意味分かんねえ」ということになる。したがってクリスマスは無意味であり、別に祝わなくたって構わない。Q.E.D. 証明終了。



(いや終了してねえよ!)


 セルフでボケツッコミするのは僕の主義に反するというか、有体に言えばかっこ悪いのだけど、これ以上それっぽいことばかりを並べ立てるのも限界だ。我慢の限界である。

「暦や年中行事が意味を持つのは人間社会の中でだけだ」という主張自体はあながち間違っていないはずだけれど、それを結論へ結びつける手法が強引すぎたのが反省点だろう。飛躍しすぎで、理論に穴がありすぎる。

 結局のところ、クリスマスは人間がその社会の中で設定した行事だ。そうである以上、僕たち人間にとっては意味があってしかるべきではないか――さっきの僕の理論では、この疑問をどうしても論破できないのだ。たとえ犬や猫がクリスマスを鼻で笑ったって、僕たち人間は気にせずにクリスマスを祝っていくべきなのだろう。

 それに、星加さんは僕に、前倒しでクリスマスプレゼントをくれた。あのチョコレートケーキ、とても美味しかった。他の皆も、クリスマスにしたいことを各々が考えていたに違いない。

 クリスマスにも、彼女たちの想いにも、意味はある。僕はそれを絶対に裏切れない。


『けどあんた、本当にこのままで良いと思ってるわけ? あたしたち、もしかしたらこのまま受験が終わるまでずっと、一度のデートもできないまま終わるかもしれないのよ?』


 栞にも、ああ言われてしまったしな。年明けからは受験に向けて追い込まねばならないとしても、せめて年内に一度くらいは会える機会を得たい。



 いっそのこと、悪魔と取引してみるか。あわよくば悪魔を出し抜き、代償を支払わずに逃げおおせるとか。

 六十刈先生は「選ばれなかった4人のうち1人を紹介すること」を条件に僕と交渉していたけれど、もし選ばなかったヒロインが誰もいなければ、つまり僕が全員を選んだ場合は、先生には誰も紹介しなくていいということになる。「選び切れなかったので、高校卒業後も全員とのお付き合いを継続します!」とか何とか主張し、六十刈先生にデートの手引きだけしてもらってとんずらする。最高にダサい作戦だが、今のこの難解な局面を乗り切ることはできるだろう。

 ただし、この方法でも問題は山積している。第一、これは以前にも検討した問題だけど、卒業後も全員と付き合い続けるのは距離的に困難だ。関西圏へ進学するのが、(おそらく)栞と稲田さんの2人。この街に残るのが、立花先生と星加さんの2人。教員として県内のどこかの学校へ配属されるのが、桜井先生1人。ヒロインたちが各地へ散ってしまうため、なかなか難しいものがある。



 もちろん、稲田さんと新駅舎を見て回ったとき、「関西圏にならちょくちょく行けるんじゃないか」という話は出た。実際、できなくはないと思う。ただ、車やフェリーで長時間移動するのを前提としてデートすることになるので、交通費をどうやって捻出するのか、体力的に辛くないか等の懸念点が多いだけで。

 また、あのときは稲田さん1人と付き合う場合を想定していた。稲田さんとのデートと並行して、関西に出るついでに栞とも会ったり、また一方では愛媛県内の僻地まで車を飛ばして桜井先生を訪ねたりすると、スケジュールは相当ハードなものになる。桜井先生の場合、もし彼女が部活の顧問を任されれば土日も生徒の練習に付き合わないといけないし、予定を合わせるのも難儀しそうだ。

 つまり、ヒロイン1人とのみ付き合い続けるのならまだしも、全員と遠距離恋愛(?)を継続するのには問題が多すぎるのである。


(僕の志望校をワンランク上げるって話も出たけど、仮に志望校を上げて県外の高偏差値な大学を狙ったとしても、どのヒロインとも会いやすい場所に住むのはまず無理だもんなあ……)


 大学にほどほどに近く、かつ全員とすぐ会える場所。そんな都合の良い立地はないのだ。

 現実は、そうそう都合の良い展開にはならない。直訴も自己正当化も上手く行かなかった僕は、再び現実の苦難の中へ身を投じるのだった。


※次回の更新は8月を予定しています。よろしくお願いいたします。

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