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72 スタープラスへ相談を

 テーブルを挟んで、僕たちはソファに向かい合って座った。

 なお、両親が戻るのは2時間後になると伝えたところ、星加さんはあっさりサングラスを外してしまった。


「で、話というのはですね……」

「井上君、お弁当は温かいうちに食べるのをおすすめするよん!」


 本題に入ろうとしたら、いきなり出鼻をくじかれてしまった。でも星加さんの言うことにも一理あるので、あえて逆らったりはしない。


「食事しながら話したんでも、別に良いんじゃないかなあ? 私、そういうのあんまり気にしないよ~」

「じゃ、失礼しますよ」


 割り箸を割り、小さく手を合わせていただきます。弁当の蓋を開け、まず目についた焼豚玉子飯を一口食べた。


「どう? 美味しい?」

「うーん……残念ながら、目玉焼きが半熟でない焼豚玉子飯を、真の焼豚玉子飯と呼ぶことはできませんね……」

「急にグルメ評論家ぶらないでよ~⁉ しかも、割とめんどくさいタイプの評論家だし!」



 星加さんがガクッとしているのを見て面白がっている自分に気づき、はっとした。いけない、いけない。僕は星加さんと真剣な話し合いの場を設けているのであって、決して焼豚玉子飯の定義について議論しているのではなかった。ここまで自然に脱線しかけるとは、何と巧妙なトラップなのだろう。


「冗談はさておき、話というのは今後のことです。つまり、今後どうやって、星加さん含むヒロインたちとの関係を継続していくかです」

「ふむふむ」


 食べながら続ける僕に、星加さんは頷いた。

 そう言えば彼女、右手に提げていたビニール袋には郷土料理セットが入っていたわけだけれど、いまだ左手に大事そうに抱えている紙製の手提げ箱には何が入っているのだろう。心なしか、ケーキ屋さんでケーキをテイクアウトするときに入れてもらう箱のように見える。

 配達のアルバイトって、ケーキもお届けしているんだろうか? だとしたら、僕の家で長々と引き止めてしまっていいんだろうか。


「今日私を呼んだみたいに、ご両親が留守のときにヒロインを家に呼ぶのはダメなのかなあ? 配達員の私の方が都合は付きやすいと思うけど、一応、他の子でもできなくはないよねえ」

「それは僕も考えましたけど、やっぱりリスクが高すぎますよ。万が一両親が早く帰宅しようものなら一大事で、今よりも状況が悪くなりかねません。少なくとも、頻繁に使える方法じゃない」



 しかも、家に呼んだら呼んだで、「彼女たちが家にいた」という痕跡を完璧に消しておかねばならない。たとえば留守中に、明らかに一人分ではない量のジュースやお菓子がゴミ袋に追加されていたりすれば、誰かを呼んでホームパーティーでもしたのかと僕が疑われる。すなわち、単なるおうちデートではなく、やれることがかなり限られるおうちデートになるのだ。そんな状況では、お互い気を遣い合って、あまり楽しめないんじゃないかと思う。


「星加さんが来る場合にしたって、何かの間違いで両親と鉢合わせたときに、正体を見抜かれないとも限りません。もっと確実な方法でいきましょう」

「うんうん。それに、女の子を代わる代わる部屋に呼びまくるのって、何というかデリヘル……じゃなかった、出張ホストみたいでなんかアレだもんねえ」

「なぜ言い直したんです⁉」


 言い直しても、ほとんど肯定的な意味に変わってないよ!


「この間、噂で聞いたんだよ~。近くの結婚式場のお向かいにあるラブホテル、たまにデリヘルの人が利用してるって。で、ついつい例えとして使っちゃったわけ」

「そんな軽いノリで使わないで下さい!」


 どうしよう。僕の中で、あの近所の結婚式場のイメージがますます悪くなってしまった。これから先、式場の前を通るたびに、きっと今の星加さんの話が脳裏をよぎることだろう。



「まあともかく、ご両親の監視が厳しいうちは、家に私たちを呼ぶのは難しいってことだねえ」


 紙製の手提げ箱を一旦ソファの上に置き、星加さんは不意に真剣な眼差しを向けてきた。


「あのさ。私、今回の件で思ったんだよねえ。井上君はまだ学生で、当然ご両親の庇護下にあるわけであって……一応社会人であるところの私が、こういうときは支えてあげなきゃダメだよなって」


 おっと? 

 流れが変わった。先刻まで、僕から1500円貰ったくらいで無邪気に喜んでいた星加七海が、何なら僕に支えられているまであった彼女が、変わろうとしている。


「井上君に養ってもらうんじゃなくて、むしろ私が養ってあげるくらいの勢いじゃないとだよねって。だから私、決めましたよん。私、フリーターを卒業して、どこかの会社で正社員として雇ってもらえるように、就活をめっちゃ頑張る~!」

「気持ちはすごく嬉しいし頼もしいんですけど、なんか桜井先生とキャラ被ってきましたね……」


 僕を、何の変哲もない男子高校生を将来的にヒモにしようと狙う女性が、現在進行形で二人もいるという事実。

 とはいえ、フリーターを脱して正社員を目指そうとする星加さんの心意気自体は、とても素晴らしいことだと思う。アルバイト生活をしていた数年のブランクはあるけど、まだ20代半ばなわけだし、再就職は決して難しいことではないはずだ。頑張ってほしい。僕も応援する。


「……あ、そうだ。星加さん」

「何?」

「これ、言うべきかどうか正直迷ったんですけど、やっぱり言った方が良いかなと思ったので言いますね」


 そんな風に歯切れ悪く僕が打ち明けたのは、六十刈先生のことだった。



「新しい家庭教師の先生が、僕の事情を知って協力を申し出てくれて。家庭教師としての権限を使って、僕を親に疑われることなく外出させてあげるって言うんです。ただ、その見返りとして、僕が最終的に選ばなかった4人のヒロインのうち、1人を自分に紹介してほしいって」

「ええ~⁉ じゃあ、湯川ちゃんがその極悪家庭教師に、わがままボディーを好き放題されてしまうってこと? やったあ」

「湯川さんが僕に選ばれず、かつ六十刈先生のターゲットにされる前提で話を進めないで下さい! あと、しれっと喜ばないで!」


 何だかんだで栞とも仲良くなりつつあるのかなと思っていたけれど、やはり犬猿の仲だったようだ。さらに、自分がターゲットにされるルートを想定していない辺り、栞にいじめられているように見えてある程度の自尊心は維持しているっぽい。

 でも六十刈先生、はたして誰を紹介してもらおうと画策しているんだろう。5人のヒロインと実際に会ったことはないはずだから、今の時点で候補を絞っているなんて可能性は相当低いけれど……ただ、仮にルックスだけで選出するのなら、栞が選ばれたっておかしくはないよなあ。あのむちむちボディーは、男にとって目の毒だ。


「もちろん、断りました。1人を切り捨てるような真似をして残りの4人が幸せになるのが、正しいとは到底思えなかったので」

「さすがだねえ。それでこそ、私が惚れた井上君だよ~」


 安堵して、胸を撫で下ろす星加さん。意図してはいないのだろうけれど、形の良い胸を意識せざるを得なかった。

 星加さん、普段が変な格好だから色物キャラっぽい印象を抱きがちだけど、こうして普通のOLみたいなコーディネートをしていると、シンプルに美人だな……。いつもこうだったら良いのに、と思わなくもない。


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