71 郷土料理でも
ヒロイン全員となるべく均等な接触頻度を持ち、皆が仲良くなれるようにあれこれと手を回して。何のためにこれまで苦労を重ねてきたのか、正直な気持ちを包み隠さず打ち明けた。
「5人中1人だけが僕に選ばれて幸せになって、他の4人は幸せになれない。しかも、その4人のうち1人は六十刈先生とお見合いみたいなことをさせられる可能性がある。僕にはどうしても、そんなのが正しいとは思えないんです」
「正しいとか正しくないとか、そういう問題じゃないんだよ。大人は皆、その辺のことはある程度割り切って考えてるさ」
「あいにく、僕はまだ子供です。自分で言うのもあれですけど、大学受験を控えている、ひねくれていて可愛げのないクソガキですよ。でも、子供だからこそ、大人の論理ってやつに抗ってみたいんです。どこかに正解が、正しい解決法があるんじゃないかと希望を抱いて、最後までもがいてみたいんです」
だから僕は立花先生と、栞と、桜井先生と、星加さんと、稲田さんと、今まで一緒に歩んできたんだ。
どこにあるかも分からない、正解を求めて。
誰かが不幸になる代わりに誰かが幸せになるくらいなら、皆でちょっとずつ不幸になった方がいい。犠牲があることを前提として成り立つ幸せなんて、僕は求めない。
「どうやら、これ以上の説得は無意味のようだね」
目が疲れたのだろうか。六十刈先生は何度か瞬きし、こめかみを軽く揉んだ。それから、今しがたの駆け引きがなかったかのように爽やかな笑みを浮かべる。
「また気が変わったら、いつでも言ってよ。――それじゃ、前振りが長くなってしまったけど、今日の講義内容に入ろうか。まずはこのプリントをやってみて」
こうして僕は、悪魔の囁きに耳を貸さず、断固として拒否した。
その結果、今のところ、立花先生たちと会う手段は失われたままになっているのだけれど……でも、後悔はしていない。
少なくとも、今日のこの選択だけは「正解」なんじゃないかと、僕は思った。
土曜日。当然のことだけれど、デートはできない。両親にヒロイン全員との関係がバレて、デート及び通話禁止令を出されているからである。
しかし、「はい分かりました」と親の言うことばかり聞いている僕ではない。少しばかり機転を利かせて、禁止令に違反せずにヒロインと会う方法を発見したからだ。
この方法は、決して毎回使えるわけではない。一時しのぎでしかないし、多少のリスクも伴う。でも、この先一度も会えないまま終わるよりは遥かにましだ。
つまり僕は、両親が買い物に出かけたタイミングを見計らって「お昼は何か出前でも取って食べておくよ」と言い、自宅で大人しく勉強に励む模範的な生徒を演じつつ、彼女を呼んだのである。この日、この時間帯に彼女がバイトのシフトに入っていることは、あらかじめ本人から聞いて知っていた。
「どうもです~。ご注文のお弁当のお届けです」
初めて僕の家に来たときと一言一句同じ台詞を告げて、星加七海は玄関ドアを開けて入ってきた。緊張した面持ちで、室内を見回している。
星加さんがフリーターであることは母に話したけれど、何のバイトをしているかまでは話していない。したがって、「ヒロイン」としての星加さんとデートするのは叶わなくとも、「配達員」としての星加さんを出前を取った際に家に呼ぶのはセーフとなるのだ。
万が一、何かの手違いで両親と鉢合わせても正体を見抜かれないよう、今日の星加さんはサングラスで変装している。服もいつものタンクトップやジャージではなく、ごく普通のOLみたいな、無難で自己主張が控えめな感じにまとめていた。
まあ、さすがに11月半ばにもなってタンクトップじゃ寒いだろうし、両親にバレた件がなかったとしてもタンクトップでは来なかったとは思うけれど。
「むむん。どうやら、敵モンスターはいないみたいだねえ」
「僕の親をモンスターペアレンツ呼ばわりしないで下さい!」
受験期の息子が女の子たちとイチャイチャしているのを見て、不安になるのは自然な反応だ。両親が悪いわけではなく、僕の優柔不断と不注意が招いた結果だと思う。モンスターペアレンツと呼ぶほどではないはずだ。
「冗談だよ~。はい、お弁当!」
ニコッと笑って、星加さんは右手に提げていたビニール袋を僕に差し出した。「郷土料理セット」、1500円。代金と交換して受け取る。
「それにしても、なぜにこんな豪華セットを頼んだの? 値段、普通の弁当の倍くらいするじゃん」
腑に落ちない、といった表情で尋ねる彼女。
僕が注文した郷土料理セットは、観光客向けのメニューなのかどうかは不明だけれど、愛媛の郷土料理やB級グルメを節操なく詰め合わせたものだった。鯛めし、タコ飯、焼豚玉子飯が全体の三分の一くらいずつ入っており、さらにせんざんきとじゃこ天も少し。
鯛めしについてネットで検索すると「鯛を丸ごと一匹使った炊き込みご飯」と書いてあることもあるけど、全部が全部丸ごと一匹使っているわけではない。今回頼んだのは、炊き込みご飯の中に鯛の身が混ざっているタイプだった。
タコ飯もそれと同様、タコを使った炊き込みご飯である。さすがに丸ごと一匹は使わず、ご飯の所々からタコ足が覗く程度だ。
焼豚玉子飯に関しては、厳密には僕たちの住む街ではなく、浜治市で有名なB級グルメ。白米の上にチャーシューと半熟の目玉焼きを載せ、チャーシューのタレをかけたものだ。タレが絶妙に美味くてクセになる。材料だけを見ると「頑張れば自分でも作れるんじゃね?」と思わなくもない感じの料理だけど、この何とも言えないB級感がまた良いんだよな。
せんざんきは、まあ唐揚げの親戚みたいなものだと思っていただければ構わない。鶏肉を骨付きのまま揚げたのをせんざんきと呼ぶ。
じゃこ天については、稲田さんと新駅舎の土産屋を見に行ったときにもちょっと解説してあるので、必要があればその辺を読み返してもらいたい。
さて、僕がうっかり郷土料理セットを頼んだせいで、料理の内容を説明するのに何行もかかってしまったわけであるけど、これにはきちんとした理由があるのだ。
「……両親からああいう風に言われると、さすがの僕も落ち込みますからね。景気づけに、一つ美味しいものでも食べようかなって」
「ほうほう」
「それに、今回の件で星加さんにも迷惑をかけちゃってますから。お詫びっていうのとは少し違いますけど、ささやかですがお給料の足しにしてもらえればと思って。ほら、お客さんが高いものを頼めば頼むほど、星加さんの取り分も増えますし」
「えへへ~。やったあ」
受け取った1000円札を大事そうにしまって、にまにまする星加さん。
高校生からはした金を貰って喜ぶ社会人の姿が、そこにはあった――いや、まあ、僕から貰ったからこそ嬉しいのかもしれないけど。そうだと信じたい。
「で、井上君」
「切り替え早いですね」
一転して不安そうにこちらを見つめてくる彼女に、感心するような戸惑うような気持ちを抱く。
「私が来るであろうタイミングを狙って配達を頼んだ理由、本当にそれだけなの? もっと他にあったりしない?」
「もちろん、ありますよ」
話がしたかったんです、と僕は言った。
「玄関先で話すのも何ですし、良ければ上がっちゃって下さい」




