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69 新たな風!?六十刈暁人

 かくして、立花先生をはじめとする5人とビデオ通話していた事実は、母の知るところとなってしまった。

 母から「なぜこの人たちと通話していたのか」「どういう関係なのか」などと根掘り葉掘り聞かれ、僕はとうとう隠し通すことができなかった。母の執念深さに根負けし、僕は力なくすべてを打ち明けた。


「……そう」


 事情を聞き終えた母は、トレイを僕の机に置き、しばし考え込んでいた。ややあって顔を上げ、まだ通話を繋げたままになっている僕のスマホに向かって、告げる。


「立花先生。あなたは家庭教師でありながら、悟に恋愛感情を抱き、幾度となく一緒に出かけた。間違いないですね?」

『は、はい』


 さすがにしょんぼりしている立花先生。


「もちろん、悟の成績を上げてくださったことには感謝しています。ですがそれはそれ、これはこれです。あなたは、家庭教師として越えてはならない一線を越えた。よって、申し訳ないですけど、今日で先生はクビとさせていただきます。早急に新しい先生を探しますから、明日からはもう来なくて結構です」

『……はい』


 俯き、肩を震わせ、目をうるうるさせて先生は承諾した。



『申し訳ございませんでしたっ』

「――ちょっと待ってよ、母さん!」


 さすがに我慢できず、僕は母の手からスマホを取り返した。


「僕だって悪いんだよ。立花先生からの誘いを断らず、心のどこかで『本当は良くないことだ』とは思いつつもデートを重ねてきてしまった、意志薄弱な僕にも罪はあるんだ。頼むからクビだけは勘弁してほしい!」

「じゃあ、言わせてもらいますけどね。悟が私と同じ立場だったら……受験生の我が子がいる親の立場だったら、今の説明で納得できると思う? できないでしょうが!」


 ぐうの音も出ないほどに正論だ。

 親からしたら至極当然だろう。自分の息子が家庭教師とデートしたり通話したりしていたら、心配で仕方がなくなるはずだ。


「百歩譲って、同じクラスで交流がある湯川さんや、模試の会場で知り合ったっていう稲田さんとお近づきになるのはまだ分かるわよ。けど、家庭教師やら教育実習生やら、挙句の果てには近所に住んでる得体の知れないフリーターやらと、受験生の立場でイチャコラするのはどう考えても違うでしょうが!」

『うっ』


 得体の知れないフリーター呼ばわりされた星加さんが、画面の中で顔を引きつらせていた。他の面々も、皆落ち込んでいる。



「よし。決めたわ」


 唐突にスマホを僕へ返却し、強き母は無慈悲に通告した。


「悟。受験が終わるまでの間は、女性とデートしたり、通話したりするのを禁止させてもらいます」

「そ、そんな殺生な!」

「殺生でも何でもやります」


 一度決めたら滅多なことでは曲げないのが、うちの母である。父の小遣いも、一度減らされるとそう簡単には増額されない。


「もっとも、今までの彼女たちとの関係をすべてリセットして、一切やり取りしないようにしろとまでは言いません。しばらくはメッセージアプリも時々監視させてもらいますけど、最低限のやり取りくらいは認めましょう。その代わり、受験が終わるまで大人しくしていれば、大学入学後にあんたがどんな女性関係を築こうが、私は口出ししません」


 それじゃダメなんだよ母さん、と僕は内心で毒づいた。

 大学進学に伴って、栞や稲田さんとは離れ離れになる可能性が高い。桜井先生も教員になったら僻地へ飛ばされるかもしれない。皆揃って会えるのは、今のこの時期しかないんだ。

 確かに、大学生になれば自由な時間は増えるだろうけど、その時間は高校生のときの時間に代えられるものではない。今、この瞬間にしかできないことがたくさんあるんだ。



「肝に銘じなさい、悟。次にあんたが女の子と出かけたり、電話したりしているのを目撃したときは、こんな生温い処分では済ませません。今日通話していた5人全員と、完全に縁を切ってもらいます」


 死刑判決を言い渡された死刑囚の気持ちが、ほんの少しだけ分かった気がした。

 松浦大に進学したらたぶん実家から通うことになるんだろうけど、案外、県外に出て一人暮らししてみるのも良いかもなあ。不意にそう思った。

 一人暮らしは大変なことも多いだろう。でも、少なくとも、強すぎる母の監視下から逃れることはできる。



 完。



 いやいや。

 いやいやいやいや。確かに僕は「終わりが来た」みたいなことを言ったかもしれないけれど、だからといって本当に物語を畳むやつがあるか!

 誰が書いたのか知らないけど、5行前に書かれた「完」の字は修正液で綺麗に消しておかなければ。たとえどれほど辛いことがあろうとも、どんな悲劇に直面しようとも、終わることなく続いていくのが人生なのだから。

 運命が僕とヒロインたちの物語を終わらせようとするのなら、僕はそれに抗う。そして勝ってみせる。



「で、代わりに僕が呼ばれたってわけかあ」


 新しい家庭教師は、翌日からさっそくやって来た。


「お母様から事情は大体聞いたよ。何というか、ご愁傷様。いやあ大変だったね。でも同時に羨ましくもある。君、その若さで5人の女性を侍らすだなんて、見かけによらずプレイボーイだなあ。その強運をぜひ、僕にもおすそ分けしてほしいものだね」

「同情するのかからかうのか、どっちかにして下さいよ!」

「おっ? ああそうか、からかっているように聞こえてしまったみたいだね。これは失敬。おわびに、今日君に出す予定だった宿題の量を2ページ減らしてあげよう」


 六十刈暁人むそがりあきと先生は、おどけた仕草で謝罪した。

 六十刈。珍しい名字だ。本人曰く、全国に数十人しかいない激レアらしい。スパイラルパーマにツーブロックという現代風な髪形に、丸眼鏡をかけ、耳にはピアスを付けている。何というか、全体的にめちゃくちゃお洒落だ。服もセンスが良く、いわゆるオフィスカジュアルっぽいジャケットをかっこよく着こなしている。

 愛媛県内にある国立大の、商学部2年生。たぶん、僕よりも高校時代の成績は良かったろう。

 僕が唯一先生に勝っている点は、この無駄に高い身長くらいなものだ。六十刈先生は男性としては平均的な、170センチ半ばの背丈である。


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