68 僕たちの終わり
終わりとは、ある日突然やってくる。
もっとも、仮に終わりに前兆があったのだとしても、それは「今思えば、あのときのあれって前兆だったんじゃね?」と後付けで認識し、半ば無意識的に自分の記憶を上書きしているケースもしばしばありそうだ。ともかく僕の場合、終わりは11月の第2周に到来したのである。
水曜日。授業を終えた僕は、寄り道せずに帰路についた。自転車で通学路をひた走っていると、やがて左手に結婚式場が見えてくる。
ここ、近所だし通学路でもあるからよく通るんだけど、立地が悪いんだよな。だって、隣に老人ホーム、向かいにはラブホテルと介護施設が建っていて、おまけにすぐ近くにはJRの線路もあるから電車の音もうるさいと来ている。とどめとばかりに、正面の通りはまあまあ交通量が多い。端的に言って、風情がなさすぎ。もし将来結婚することになったとしても、ここでだけは絶対式を挙げたくない。
式場の設備自体は良いだけに、もったいない気がする。
まあでも、結婚式って相当金かかるらしいしなあ……。未来のお嫁さんが華やかな式に憧れるタイプだったら挙げるだろうけど、そうでなかったら小規模な式で済ませるかも。呼ばれる側からすれば、迷惑に感じるかもしれないしな。
いやいや。受験すら終わっていないのに、結婚のことなんか考えたってしょうがない。さらに言うなら、受験の前に今週末のデートプランも練っておかねば。
(順当にいけば、復帰したての桜井先生と、初参加の稲田さんの二人プラス僕でどこか出かける、って感じかな?)
式場の横を通過し、坂を下り、川沿いに進みながら考えた。
僕の家は海が近い。ここの川も少し行けば海に繋がるので、流れている水の半分以上は真水ではなく海水じゃないかと思う。そんな海っぽい川で、いつものようにオオバンやカモたちが泳いでいるのを眺めると心が落ち着く。
(行き先は……どこにしようかな)
僕の普段の行動範囲内にあるデートスポットは、もうネタ切れしかかっている。こうなったら桜井先生の知恵を借りて、車も出してもらって少し遠出しようか。先生はこの街の出身ではないから、市外のおすすめスポットも知っていそうだ。またトークルームで聞いてみよう。
そんなことを思っているうちに、我が家に帰り着いた。このときはまだ、今夜自分の身に災難が降りかかるだなんて夢にも思わなかった。
異変が起きたのは、夕食後。僕が自室に引っ込み、5人のヒロインたちと次のデートの内容を相談していたときである。
帰り道に考えたのとほぼ同じ内容のことを僕が言った直後、立花先生が「たまには、皆でビデオ通話とかしてみたいなっ!」と挙手したのだ。
立花先生「文字入力だと時間もかかるし、ちょっとだけ通話してパパッと決めちゃってもいいんじゃないかなっ? それに私、4日ぶりに井上君の声聞きたいし!」
台詞の前半部分が建前、後半が本音なのがバレバレだった。
桜井先生「ある調査によれば、最近の若者はメッセージの送信を面倒に感じる傾向があり、それよりも通話を好むらしい。電話にした方が今風で、なおかつ効率的だ。井上の声も聞けるわけだしな」
栞「あたしも異論はないわ。……べ、別に、井上の声が聞きたいわけじゃないんだからね!」
皆、本音隠すの下手すぎだろ。そんなに僕の声を聞きたかったのか?
星加さんと稲田さんも特に反対しなかったため、僕は立花先生たちに押し切られるようなかたちでビデオ通話を開始した。すぐさまヒロインたち全員も加わり、スマホの画面に6人の顔が映った。皆部屋着なので、何だか新鮮だ――星加さんに限っては、いつものダウナー系の格好だったけれど。
ただ、通話ボタンを押す寸前、僕の心の中で何かが警鐘を鳴らしていた。
自分でもはっきりとは覚えていないけど、僕は以前にも、何かのきっかけでふと「メッセージのやり取りじゃなくて通話でも良いんじゃないか?」と思ったことがあるような気がする。でも、すぐにその案を却下したのだ。なぜ却下したんだったっけか。違和感の正体が判然としない。
僕の犯した最大のミスは、違和感を覚えながらも、それが何なのか分からず「まあ良いか」と、なし崩し的にビデオ通話を進めてしまったことだろう。画面越しに嬉しそうな表情を浮かべる皆と、良く言えば和気あいあいと、悪く言えば能天気に談笑してしまった。
「悟!」
通話が始まって10分ほど経った頃、いきなり僕の部屋のドアが開かれた。怒りと戸惑いの形相の母が、飛び込んでくる。片手には、炭酸飲料のペットボトルとチョコレート菓子の包みが載ったトレイ。
「勉強頑張ってるみたいだから、差し入れでもと思ったら……悟、あんた何やってるの? あと3か月もすれば私立大学は受験本番だってのに、夜中まで女の子たちと電話してデレデレしてるだなんて。恥を知りなさい!」
「は、はい」
「夜中まで」と言われても、まだ20時半を回ったばかりなんだけど。
しかし、母は強しだ。下手に口答えすれば、火に油を注ぐ結果を招く。僕は言い訳せず、時代劇のごとく「ははーっ」と平伏した。このままでは、母の持っているトレイ上のペットボトルが凶器に変わりかねない。
「悟。ちょっとスマホを見せなさい」
「え」
「いいから見せなさい!」
素直に謝ることによって、ペットボトルの凶器化は未然に防げた。が、僕にとって予想外だったのは、母が僕の手からスマホを奪い取り、その画面をしげしげと見つめたことだった。しまった、と思ったときには手遅れだった。
「……立花先生??」
『あっ』
画面越しに、立花先生と母の目が合う。気まずい沈黙が数秒流れたのち、先生はぎこちない笑顔を浮かべた。
『こ、こんばんは! こんなところでお会いするなんて、奇遇ですねっ!』
「……」
その笑顔はとても可憐だったけれど、悲しいかな、何の解決にも繋がらなかった。
そうだ。やっと思い出した。僕が以前ビデオ通話を躊躇ったのは、僕たちの関係が両親にバレることを恐れたからだったのだ。




