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67 更生しなくちゃ

「冗談はさておき、井上の成績だったらもうちょい上を目指してもいい気はするんだよなー。立花先生の教え方が良いせいか、着実に伸びてきてるみたいだし。なあ井上、本気で俺と一緒に関西圏の大学へ行く気はねえか?」

「ない」


 即答。僕は都会に出たくないのだ。


「こいつのことはどうでもいいわ! 井上、あたしと一緒に京都で大学生活を送ってみない? 一緒に神社仏閣巡りしましょ!」

「京都か。あそこ、夏は暑いし冬は寒いから、気が進まないんだよな」


 家族旅行で夏に行ったら、恐ろしいほどの暑さでまともに観光できなかった記憶がある。日本の歴史や文化が残っていてすごく良い街ではあるんだけど、愛媛の気候になれている身からすると住みにくそうだ。

 稲田さんと栞は、僕と同じ地域の大学に行きたいがために、僕に関西方面への進学をしきりに勧めてきた。あわよくば同じ大学に通って、同じキャンパスライフを送りたいようだ。



「しかし、実際問題、今の貴様の学力ならばワンランク上を目指しても良いかもしれんな」

「うんうんっ!」


 桜井先生や立花先生も、「上を目指すべきだ」との意見には同意のようである。


「貴様が県外に出て、会える頻度が減るのは正直寂しい。が、私も教員の端くれだ。能力のある生徒が自分を過小評価し、自分の力を試さないままに受験を終えるのは、少しもったいなく感じてしまう。……貴様は以前、『危ない橋は渡らない。絶対に勝てると確信しているときにしか、勝負に出ない』と言ったな。その生き方、ヒモ候補としては何の問題もないが、一生徒として考えるとやはり惜しい」


 女としてではなく先生として、彼女は助言をくれた。


「貴様に国公立大を目指す意思がないことは承知の上だ。だが、ならばせめて、少しでいい、松浦大より偏差値が高いところを受けてみるというのはどうだろうか。四国にそういった私大がないのなら、中国地方や関西圏へ出ても構わん。一人暮らしをして、未知の環境の中に身を置いて生きる経験は、きっと貴様を成長させてくれると思うぞ」



『私は山奥のド田舎出身だから、現在絶賛一人暮らし中だ』


 いつだったか、桜井先生はメッセージアプリでこう言っていた。この街にたった一人で出てきた先生だからこそ、言葉に重みがある。


「それに、いずれ貴様をヒモにするとしても、貴様が高学歴であることに越したことはないからな」


 一人暮らしを始めて成長した結果、ヒモを募集しているのだとしたら何とも言えないけども。


「いいねえ。私としても、自分を養ってくれる人は高学歴であるに越したことはないかなあ」


 星加さんまでもが、うっとりした目をしている。

 通信制高校を卒業後に短期離職を繰り返し、現在はフリーターだという彼女は、ある程度の学歴、大卒の肩書きを持っていた方が選択肢が広がることを身をもって理解しているに違いない。

 今やヒロイン全員が、僕の志望校ワンランクアップを願っている。皆が僕の将来を案じてくれていることを思うと、頑なに松浦大へ固執するのもいかがなものか。



「……皆の言う通りかもしれない。とりあえず、ダメ元でどこか一つくらいは受けてみようかな」


 関西圏の有名私大ならば、愛媛県内にも受験会場はある。具体的にどこを受けるのかは決めてないけれど、僕はそう言った。


「もし会場が県内になかったら、受験旅行に行ってもいいしね」

「いいわね。あたし、大阪で粉もん系を全部制覇したい!」


 付いてくる気満々の湯川栞であった。


「ていうか、あたしと同じホテルに前泊しちゃいなさいよ。その方が宿代も半額で済むでしょ?」

「宿代は節約できるだろうけど、試験の前日くらい普通に勉強させてくれよ!」


 お金と引き換えに大切な何かを失いそうだ。そもそも、高校生二人で同じ部屋を予約するのは無理なのではないだろうか。



「神戸の港町を歩くのもいいぜ」


 もう一名、観光する気満々の人がいた。5人のヒロインの中で僕と同年代なのは栞と稲田さんだけだから、仮に受験旅行でちょっとしたデートができるとしたら、それはこの二人の特権ということになる。


「俺はたこ焼きよりもどっちかというと明石焼き派なんだよなー。しつこくなくて優しい味なのが好きなんだ」


 明石焼き。見た目はたこ焼きに似ているけど、別物である。たこ焼きは小麦粉を多く使いソースやマヨネーズをかけて食べるのに対し、明石焼きは卵を多く使い、出汁のみをつけて食べる。

 関西方面へ修学旅行に行ったとき、たこ焼きを買おうとして間違えて明石焼きを頼んでしまったことがあったっけ。あのときはいまいち両者の違いが分からなくて、家に帰ってから色々調べた思い出がある。


「神戸と言えば、ルミナリエも見てみたいな」


 桜井先生も口を挟んできた。


「あの有名なイルミネーションですか? 僕、あんまりイルミネーションって好きじゃないんですよね」

「ほう、珍しいな。ちなみに理由を聞いてもいいか?」

「人工物の光よりも、自然物の光の方が好きなんですよ」


 これは割とマジ。電飾の華やかな輝きよりも、夜空でひっそりと瞬いている星々に僕は心惹かれてしまう。

 あと、単純に人混みが苦手だ。派手なイルミネーションに群がる人々を見ると、夜、街灯の明かりに集まってくる蛾を連想してしまう。人間は蛾のような昆虫よりもはるかに優れた頭脳を有しているはずなのに、行動原理は結局のところ虫と似たようなものなのかなとか、そんなくだらないことを考えてしまう。



 ……ああ。どうして僕は、こんな風に穿った見方ばかりしてしまうのだろう。

 いや、答えは自分でも薄々分かっている。今までの人生であまり楽しい思い出がなくて、少しずつ少しずつ歪み、ひねくれてしまって。でもたぶん、その歪みを歪みとして、正すべき悪として認識するのが怖くて、無理やり自分を正当化しているんだ。自分の心を守るためには、自己防衛的にこうするしかなかったんだ。

 けれど、立花先生をはじめとする皆と出会ってから、僕の人生は少しずつ明るくなった。もちろん、時には(主に栞と星加さんのせいで)トラブルも起こるけど、楽しい思い出もたくさんできた。

 いつか、僕の中の歪みを――悪を、正しい姿へ戻してやれるかもしれない。その結果、僕がごく普通の、ほとんどひねくれたところのない好青年へ生まれ変わったとしても、ヒロインたちがそんな僕をきっと受け入れてくれるんじゃないだろうか。

 関西の観光スポットについてああでもないこうでもないと議論する彼女たちを見ながら、僕は「更生しなくちゃ」と密かに思ったのだった。


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