66 再び、ファミレスに集う
そんなことがあった週の、土曜。
僕と5人のヒロインは、いつかのファミレスで、稲田さんのささやかな歓迎会的なのを開催していた。要するに、他のヒロインとの顔合わせである。
「俺の名は稲田愛。井上とは違う高校だが同学年、模試の会場で知り合った仲だぜ。いずれ必ず、井上を寝取る女だ! ま、よろしく頼むぜ」
椅子にふんぞり返り、ドヤ顔で言い放った稲田さん。
「確かに『無理しなくていい』とは言ったけど、何もここまで堂々としなくてもいいだろ⁉」
初対面でこんなインパクト抜群の自己紹介をされたら、反応に困るだろうに――僕は頭を抱え、横目で皆の反応を窺った。
「それは無理だねっ! なぜなら、正妻たる私がいるから!」
……全く怯んでいない立花先生がいた。
「ここを通りたければ、私を倒してから行きなさいっ!」
腕を組み、普段と変わらずニコニコしている。シンプルにメンタルが強い。ていうか、自分で自分のことを正妻だとか言うなよ。
「フン、できるものならやってみなさいよ。貧乳処女にはハードルが高いんじゃないの?」
栞は栞で相変わらずで、稲田さんを挑発していた。
「うるせえな。井上だって、てめえみたいな足軽を抱くくらいなら俺を選ぶはずだぜ!」
「……それ、尻軽の間違いよね?」
「ちなみに今のは、湯川の存在が足軽並みに軽いことを踏まえた高度なギャグだ」
「解説が必要なギャグをギャグとは言わないわよ!」
心外だと言いたげに、栞は首を振る。
「ねえあんた、知ってる? 将棋というゲームにおいて一番弱い駒は歩だけど、歩は使い方次第で敵の陣形をかき乱し、突破口を開いてくれるのよ。たとえ足軽だからと言って舐めてると、足元をすくわれるわ」
その豆柴みたいなくだり、まだやるのかよ。どこにも需要ないだろ。
「面倒くせーやつだな、てめえ。二歩して反則負けしろよ、足軽。あ、間違えた、尻軽」
「言い直さないでくれる⁉」
二人の言い争いが何ページも続きそうな予感がした。
それはそれで読み応えがありそうな気はするけれど、話が進まないのはまずい。彼女らを遮り、僕は司会進行をした。
「喧嘩するのは後にしてくれ。まず、稲田さんへ他の皆が自己紹介をしないと」
栞とは旧知の仲だから良いとしても、他の4人は稲田さんと初対面。お互いのことを知る必要がある。
初対面の相手に「私が正妻です!」と言い張る立花先生の凄まじさを、改めて思い知る。そうか、ヒロインの人数が増えても立花先生が動じてこなかったのは、絶対に勝てるという圧倒的な自信があったからなのか……。
「では、私から! 立花穂乃花、文学部の大学一年生ですっ」
「ええっ⁉」
稲田さんが戸惑っているのも無理はない。今日、先生は制服姿だったのだから。そりゃ脳が混乱することだろう。
「ま、まさか飛び級だったとは……」
「あ、これはコスプレだねっ!」
「? なぜ、コスプレを……?」
「失われた青春を取り戻し、井上くんと楽しい時間を過ごすためだね!」
「は、はあ」
「井上くんとは、家庭教師と生徒にしてラバーズという関係ですっ! どうぞよろしく!」
いやラバーズって。
あと、全体的に説明不足感がすごい。「やりたいことリスト」のことを「失われた青春を取り戻す」と表現してるし。
「――桜井伊織。県立教育大の四回生だ。春からは教員として、県内のどこかへ配属となる。井上とは教育実習中に知り合った」
続いて桜井先生が、見定めるように稲田さんの方を向く。
「そして、井上は私のヒモにする。貴様の好きにはさせん!」
「てめえ、それでも未来の教員かよ⁉」
「教員にだって、誰かを愛する権利はある!」
「誰かを愛する権利はあっても、教え子をヒモにする権利はねえだろ!」
……おかしいな。稲田さんをヒロイン候補に加えれば、栞と互いに牽制し合っていい感じにパワーバランスが調整できると思ったのだけれど。どうも、ファーストコンタクトがあまり上手くいっていない気がしてならない。
ボケツッコミのセンスはあると思う。
「星加七海です~。勇気の旗を掲げ、七つの海を駆け抜けるって書いて、七海ですねえ」
「……勇気の旗を掲げるくだり、いるのか?」
ボソッと稲田さんが呟いたところで、栞が割って入ってきた。
「ちょっとあんた、聞いてくれる? 星加先輩、最近でこそ寒くなってきたからダウナー系の割と普通の格好してるけど、ついこの間まではタンクトップにジャージだったのよ。私服がタンクトップにジャージ。やばくない?」
「へえ。そいつはなかなかユニークじゃねえか」
「でしょ! しかもこの人、25歳独身フリーターなの。麻雀風に言うなら役満よ! プークスクス!」
「な、何もそこまで言わなくったって……」
私だって一生懸命に生きてるのにい、と星加さんが涙ぐんでしまった。
彼女への栞の攻撃を稲田さんが強いて止めようとしなかったところを見るに、僕の考えていたパワーバランス調整計画は見事に失敗したようだ。
「井上くん」
不意に、目をうるうるさせた星加さんが僕のシャツの袖を掴んできた。
ちなみに今日のシャツも古着屋で買ったものだけれど、値段だけ見て何となく選んだのではなく、デザインが好みかどうか、状態が良いかどうかなど様々な観点から選んだ一品だ。僕の限られた小遣いでは高い服を買うことはできないけど、せめて彼女たちの前で位は小綺麗で洒落たものを着ていたい。
「やっぱり私、井上くんに養ってもらわないと生きていけないかも」
「そう言ってもらえるのは嬉しいですけど、でも僕が星加さんを養えるのはどんなに早くても4年後ですよ!」
さすがに、大学を中退して企業するわけにもいくまい。もし留学したり留年したりしたら、4年以上かかるかも。
留学と留年、一文字違うだけで大違いだ。もっとも僕は海外へ行くのに興味がなくて、日本の方が居心地良いだろうと思っているので、たぶん留学はしないと思う。
「じゃあ、4年後に養ってね~。約束だよん」
「そんな約束できるか!」
付き合う、付き合わないよりも養う、養わないを先に決める辺り、生活力のなさが滲み出ている。ひらひら手を振る星加さんを見つつ、そう思った。
「まあとにかくよろしく頼むぜ、皆」
なかなかに濃い面子が出揃ったところで、稲田さんはニッと笑う。
「井上からは、今後は週に二人ずつくらいのペースでデートが進行すると聞いてる。楽しみにしとくよ。一応、俺も既に井上とのちょっとしたデートを経験してるから、二人きりになれずとも、接触頻度の均等化のためなら協力してやらなくもねえ」
「……え、ちょっと待ちなさいよ。あんた、もうデートしてきたわけ?」
栞は意表を突かれたようだった。
「手が早いわね。あたしなんか、この前やっと二人きりで出かけたのに。星加先輩を早退させて」
「残念だったな、湯川。てめえじゃ俺には勝てねえよ。俺は井上とお茶して、二人の将来のことを語り合ったんだぜ!」
「いや確かに進路の話はしたけど、紛らわしい言い方をするなよ!」
今、明らかに誤解を招く表現があった。立花先生からの湿度高めの視線を感じたため、僕はすぐに訂正した。
「稲田さんと僕がどういう考えに基づいて志望校を決めたかとか、そういう話をしただけだよ」
「? 子供は何人くらい欲しいのかって話もしただろ?」
「してないよ!」
大真面目な顔ですっとぼけるのをやめてくれ!




