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65 真・初デート

 遠く離れた浜治市で取れた伯方の塩が、はるばるこの地まで運ばれ、アイスの材料として使われているように。たとえ駅周辺地域の特産品でなくたって、ここでこの塩の風味を楽しめるように。離れた場所にいても、僕たちはまた会えるのではないか。

 塩アイスを堪能しながら、僕はそう思ったのだった。


「だって、僕たちの故郷は同じ、ここ愛媛だろ。長期休みとか家の用事とかがあると、必ずここに帰ってくる」

「まあ確かに、帰省するタイミングを合わせりゃ会えるわな。けどよ、帰省するのって年に数回だろ? それじゃ、さすがに頻度が少なすぎるんじゃねえか」

「稲田さんの志望校は、大阪・京都方面だっけ。関西なんて、車でも全然行ける距離じゃないか。飛行機や新幹線を使えばもっと早いし」

「四国に新幹線はねえけどな」

「いやそれは僕も思ったけどさ!」


 そう。四国に新幹線はない。ここ愛媛の電車と来たら、都会の電車と比べるとやけにのろいわ、人口減少に歯止めがかからないからか運賃がやけに高いわ、それはまあコスパが悪く感じられるものである。

 一旦普通の電車で本州まで出て、そこから新幹線に乗り換えるしかないのだ。現実問題として、新幹線が通っても経済効果が期待しづらいんだろうなあ……。将来的に人口が増える気配もないし、僕が生きている間は通らないじゃないかと思う。



「この駅も見た目は立派になったけど、何の変哲もないJRの列車しか通ってねーぞ。しかも、ほぼ単線。反対方向の電車待ちで、停車時間が異様に長いぜ」

「新幹線がないならないで、やりようはあるさ。とにかく、僕たちは今後も、会おうと思えばちょくちょく会えるってことだよ。僕が県内に残って、稲田さんが関西圏に出たとしても全然、余裕で会える」

 コーン部分をもうすぐ食べ終えようとしている稲田さんに、僕は力説した。

「一応僕、大学に受かったらすぐに車の免許を取ろうと思ってるからさ。関西までひとっ走り行ってもいいよ」

「初心者マークぶら下げて長距離運転か? 事故の元だぜ」


 ハッ、と小馬鹿にするように首を振った彼女だったが、内心では喜んでいるのが見え見えだった。口元が少し、にまにましている。

 この人、本当に学校を裏から支配してるんだろうか。猫を被っている可能性はゼロじゃないけど、もしかしたら割と等身大の女の子なんじゃないか?



「でもまあ、俺との逢瀬のためにわざわざ来てくれるってんなら、大歓迎だ。可愛がってやろうじゃねえか」

「お手柔らかにね」


 星加さんの家、というか実家に上がったことはあるけど、女の子が一人暮らししている部屋に上がったことはまだない。稲田さんが借りた学生向けアパートの一室にお邪魔する未来も、もしかするとあり得るのかもしれなかった。

 僕も一人暮らしはいつかやってみたいけど、生まれてこのかた一軒家、閑静な住宅地の中で生活してきたから、賃貸での生活が合わない可能性はある。壁が薄くて、上の階や隣の部屋の生活音が筒抜けだったりしたら安眠できなさそうだ。

 家を選ぶのも大変そうだしな。線路が近すぎると電車の音がうるさいし、コンビニが近すぎると夜中に若者がたむろしてやかましいし、大通りが近すぎると暴走族が唸りを上げてバイクで走り去っていく。都会なら家賃も馬鹿にならない。結局、実家が最強なのかも。


「ちなみに金欠だから、ひとまず軽自動車を買おうと思ってる」

「軽自動車で高速道路を走る気か⁉」


 普通自動車よりも速度が出ないからやめとけ、と稲田さんからきつく止められてしまった。ごもっともすぎる。



「高速で行かずとも、フェリーで行くこともできるらしいよ。ほら、確か愛媛と神戸を結ぶ便があったはず」

「あー、夜出発して翌日の朝に着くあれか。8時間くらいかかるんだっけな。それだったらもういっそのこと、神戸までフェリー、神戸からは電車で移動して、あとは大阪でレンタカーでも借りた方が良いんじゃねえの?」

「レンタカーもありだね」


 最近は、低料金で借りれるレンタカーが増えているという。桜井先生も時々使っているみたいだし、僕も検討してみようか。金欠なのに、無理して車を購入することもあるまい。


「けどさ、稲田さん。今のはあくまで、僕らがお互い志望校に受かった場合のビジョンだ。稲田さんが愛媛に残って浪人するという選択肢も、なくはない」

「はなっからお断りだよそんなもん!」


 縁起でもねえ、と頬を膨らませ、コーンの残りを彼女は食べ終わった。


「大体、仮に浪人することになったとしても、俺は県内でするつもりはねえよ。周りの頭良い子たち皆、県外で浪人する気だ」

「香川の予備校なんかは人気みたいだよな」


 あるいは、広島とか大阪の大手の予備校とか。

 愛媛の高校教師がやけに「現役合格」にこだわる理由は、ここにある。県内にも予備校はあるが、浪人生の数に対して受け入れ可能人数が心もとなく、ガチで勉強を極めようと思っている浪人生たちが続々と県外へ流れていく傾向がある。当然、親元を離れて寮生活、あるいは一人暮らしをするとなるとお金がかかる。経済力のない家庭では、浪人すること自体が困難な場合もある。だから「頑張って現役で受かって、お金を節約しましょうね」と指導するわけだ。



「けど、愛媛を出て浪人して、自由な生活を送るとなると、逆に遊んじゃうんじゃないか?」

「だよなー。大阪みたいな大都会にどっぷり浸かったら、もう後戻りはできねえぜ」


 うちの高校の先生にもいるなあ。OBなんだけど、卒業後に二浪して無名の私立大学(あろうことか、地元の松浦大よりもさらに偏差値が低い)に進んだという情けなさすぎる経歴を生徒たちに馬鹿にされ、「親不孝」「浪人費用の無駄遣い」と散々に言われている人。本人曰く、関東の予備校で勉強していたら、ついつい遊んじゃったらしい。田舎者の浪人生にとっては、強すぎる誘惑だったんだろう。


「ま、この間の模試の判定も決して悪くなかったし、悪いが俺は浪人する気ねえぜ。井上の方こそ、気を抜いてると浪人する羽目になるぞ」

「僕だって、浪人する気はないよ」

「へえ、覚悟を決めたってわけか」

「うん。万が一松浦大に受からなかったら、職人さんに弟子入りして働く」

「覚悟の方向性を間違ってるだろ!」

「まあ嘘なんだけどね」


 今のところ順調に成績を伸ばせているから、たぶん大丈夫だろう。

 アイスを食べ終えてやや手持ち無沙汰になった辺りで、稲田さんが腕時計に目をやった。顔をしかめる。



「おっといけねえ。俺、そろそろ電車の時間なんだ。今度のを逃すと、次の電車は一時間後だからな。駅ナカもほぼ案内したし、さすがにあと一時間潰せるほどネタが残ってねえ。そろそろお暇させてもらうぜ」

 県の玄関口の電車が一時間に一本くらいしかない辺り、やっぱりここは田舎なんだなあと認識せざるを得ない。

 改札の前まで、彼女を見送ることにした。


「楽しかったよ、稲田さん。今日はありがとう」

「おう。俺も楽しかった!」


 はにかんだように笑い、稲田さんは出し抜けに両腕を広げた。


「ん」

「……ん?」

「おい、どうしたんだよ。早くしてくれよ。電車が来ちまうだろ?」

「ええと、稲田さん。その無防備かつ開放的なポーズはどういう意味だい?」

「決まってんだろ。お別れのハグだ!」

「マジかよ……」


 ここでするのかよ。

 人目が気になったので、さりげなく周囲に視線を走らせる。案の定、一部から生温かい目が向けられていた。ハグするにせよ、しないにせよ、さっさと終わらせないとまずい。ここでもたもたして、稲田さんが電車に乗り遅れてはもっとまずいし。

 弱った。星加さんによる不意打ちのキス&強制積み立ておっぱいだけでなく、稲田さんによる半強制的ハグまで加われば、「全ヒロインとなるべく平等な接触頻度で接する」という僕の目標からは大きく後退してしまう。黙っていれば良いとかそういう問題ではなくて、僕の良心が咎めるのだ。



 ……というか稲田さん、なんか無理してないか? 顔真っ赤だし。表情もちょっと硬い。

 アイスでの間接キスを狙ったり、改札前でハグを強要してきたりとやけに攻めてくるけど、やはり彼女の本質は、恋愛経験があまり豊富でない普通の女の子だと思う。この間、立花先生たち他のヒロインがどんな人か、稲田さんにメッセージアプリで簡単に説明した。年上の女性が多いことを知り、後れを取るまいと必要以上に張り切っているのではないだろうか。そんな稲田さんの気持ちを察しながらもハグを拒まないのは、何だか彼女を利用しているみたいで嫌だ。

 仕方ない、折衷案だ。これ以上悩んでいる余裕もない。


「分かった。稲田さんの気持ち、嬉しいよ」


 逡巡した僕は、ややあって要望に応えた。つまり、稲田さんの背中に手を回して引き寄せ、ほんの少し体が触れ合う程度の距離で、軽いハグをした。


「でも、無理しなくていいよ。ゆっくりでいい。ゆっくり距離を縮めていこう」

「……うん」


 俺も嬉しい。

 稲田愛は消え入りそうな声で呟き、体を離すと、小さく手を振って改札を抜け、駆けて行った。


「今日は本当にありがとう! 井上、またな!」


 耳まで真っ赤で、けれどその笑顔は、今度は自然体だった。肩の力を抜いて、心から彼女は笑っていた。


「うん。またね!」


 僕も微笑して、いつまでもその後ろ姿に向かって手を振っていた。

 こうして、稲田さんとの初デートは真に終わったのだった。


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