64 新旧駅舎と違う道
富士とは、中四国に展開しているローカルなスーパーマーケットだ。ここの駅近くの富士は「グランド富士」と呼ばれ、通常店舗よりもずっと大きい。いわゆるショッピングモールである。関東圏でメジャーなスーパーをあまり見かけない代わりに、こういうのが中四国では幅を利かせているのだと理解していただければOKだ。他にも、様々なローカルスーパーが存在している。
「そこまで歩く必要はないんじゃねーか? 駅ナカをぶらつくだけでも、十分楽しめるだろうしよ」
「駅ナカ……」
改めて、駅を眺める。
この駅は一応、愛媛の玄関口ということになっている。なっているのだが、令和の日本の駅だというのに自動改札がなく、駅舎自体も相当年季が入っていて、正直に言うと「これが玄関口で本当に大丈夫なのかな……」と利用時に心配になった覚えもある。自動改札機がないせいでICカードの類は一切使えず、全部切符。駅員さんが切符を一枚一枚、パチンパチンと切っていく光景は色んな意味ですごかった。
しかし、それはあくまで旧駅舎の話。少し前に、線路の高架化とともに綺麗な新駅舎が完成し、まあまあにぎわっているそうだ。ようやく自動改札機が設置されて、僕もほっとしている。
面白いことに、現在は旧駅舎と新駅舎が同時に存在している。どういうことかと言うと、僕らから見て手前側に取り壊される前の旧駅舎がそのまま建っていて、旧駅舎内の専用通路を通り抜けて反対側に出ると、今風で立派な新駅舎があるのだ。いつまでこの奇妙な状態が続くのかは、今のところ不明である。
旧駅舎内には、高架化以前の線路が残っている。線路周辺の水はけが悪くて浸水したこともあるらしく、自治体的にはさっさと旧駅舎を解体してしまいたいそうだ。ただ、新駅舎完成から何か月が経つけれど、なぜか全然進んでいない。
「そういえば、新駅舎をまだじっくり見たことがなかったな。この機会に覗いていくか」
「おう。任せな、俺が案内してやるぜ!」
電車通学の稲田さんにとっては、新旧並び立つ駅舎も見慣れた光景なのだろう。僕の学ランの袖を引いて、彼女は迷わず歩き出した。が、何を思ったか急に止まった。右方向を指差し、説明する。
「駅ナカじゃねえけど、あそこの定食屋さんもおすすめだぜ」
「へえ。味が美味しいのか?」
「いいや、普通。でも、あの店の真価は味でも値段でもねえ。猫だ」
「猫?」
ごく普通の、こじんまりとした定食屋といった風だけれど、実は定食屋に偽装した猫カフェだったりするのだろうか。いや、さすがに斬新すぎるだろ。偽装するメリットも感じられないし。
「店主のおばあちゃんが、店内で猫飼っててな。テーブル席に猫じゃらしみたいなのが付いてて、それを使って猫と遊べるんだぜ!」
「うわ、何それ。めちゃくちゃ行きたい!」
無料で猫と遊べる定食屋だなんて、最高じゃないか!
僕が住んでいる地区も野良猫が半端じゃないほど多くて、夜中に猫同士が喧嘩してる鳴き声で目が覚めることもあるレベルなんだけど、うちの近所の猫ちゃんたちはあんまり人に慣れてない。じっとこちらを見つめてくることはあっても、すり寄ってくることはない。
餌をやればもちろん集まってくるけれど、やりすぎて家の庭に住み着かれても困るので、僕は餌やり反対派だ。昔、よく餌をやっていた父が、最終的に十匹以上の猫を家に招いてしまって母に激怒されたのを今でも覚えている。猫って本当、あっという間に子供を産んで増えるからな……。
「また今度行こうな」
不敵に笑い、駅へのルートを再開する稲田さん。僕が女の子だったら惚れてたかもってくらいにはかっこいい。
旧駅舎の線路を越えて、新駅舎へ。以前旧駅舎内にあった、少し寂れた感じの喫茶店やカレー屋さんはとっくの昔の撤退している。エスカレーターで2階に上がったところにあった、絶妙に流行ってない風の土産物屋や、やけにいつも混んでいたコンビニも今はない。
コンビニに関しては、新駅舎内にリニューアルオープンしていたようだった。土産物屋とコンビニを合体させたようなそれは、愛媛の特産品やお菓子などを大量展開していた。
「なんかもう、商品の半分以上はお土産って感じだね」
「旧駅舎の土産物屋も悪くなかったけど、少し場所が分かりにくかったと思うんだよなー。ここなら自動改札を抜けてすぐだし、目につきやすい。観光客も喜ぶんじゃねえか?」
「間違いないね」
愛媛みたいな何にもないところにわざわざ来てくれる観光客の皆様には、本当に感謝しかない。
「喫茶店とカレー屋はなくなっちゃったのかな」
「入れ替わりで、ラーメン屋と寿司屋ができたらしいぜ。ま、改札前じゃなくて駅の裏手だけど」
「ラーメンか……」
素早くスマホで検索すると、そのラーメン屋、タッチパネルで注文するタイプの現代的なラーメン屋だそうだ。さらに、僕が愛してやまない二郎系も提供している。麺量を増やしても値段がほぼ変わらず、トッピングも基本無料。これ、行くしかなくない?
デート中に行くような店ではないので、いつかまたお忍びで行ってみようと決意する僕だった。
「おっ、すごいな」
ラーメンに気を取られていた僕が視線をスマホから現実へと戻すと、じゃこ天の店に行列ができているのが目に入った。
じゃこ天。魚のすり身を油で揚げた、魚肉練り製品。これだけ聞くと地味な印象を受けるかもしれない(実際、見た目は地味だ)けど、味はなかなかいける。魚本来の旨みにしつこくない程度の塩味が効いて、酒のつまみとしても愛されている。成人して飲酒できるようになったら、一度試してみたい一品だ。
一説によると、じゃこ天の開発を命じたのは伊達政宗の息子、秀宗なんだとか。「かまぼこにできない、余った魚を有効活用して何か美味しいものを作ろう」と考え、わざわざ仙台からかまぼこ職人を連れてきたという。伊達政宗の息子とはいえ正室が産んだ子ではなく、華々しいというよりはどちらかというと苦難に満ちた人生を送った人物だけど、一応はじゃこ天、有名な戦国武将の息子が手掛けたプロジェクトらしい。
正直、じゃこ天の全国的な知名度なんてほぼないと思っていたから、行列ができるほど観光客に買われているのを見ると何だか感慨深いものがある。立派になったなあ、じゃこ天。
「僕らも一枚買っていく?」
「悪い、俺はパスだ。昨日の夕飯で食べたばっかりだからな」
愛媛県の、特に南部では、毎日食卓に並ぶレベルで生活に根付いているのがじゃこ天という食べ物だ。まあ、あえて今買い求める必要もあるまい。
「それより、あれを食おうぜ。さっきは井上にコーヒーを奢ってもらっちまったし、今度は俺が出す!」
テンション高めに稲田さんが示した先には、アイスクリーム屋があった。「伯方の塩アイス」と書いてある。その名の通り、伯方島で取れる塩を使ったソフトクリームらしい。美味しいのだろうか。
「なあ、稲田さん。あれって別に、この地域の名産じゃないよね。山を越えて、車で一時間以上移動した先にある、遥か遠くの浜治市の名産だよな」
「馬鹿野郎、てめえ! そんなことはどうでもいいんだよ。美味けりゃ正義、広義で愛媛の特産品でさえあれば問題ねえ!」
「マジギレするほどのことなのか⁉」
稲田さんの地雷がどこにあるのか分からない!
「と、とにかく食べてみようか」
「だな!」
大人しく奢られようとした僕を見て、彼女はけろっと機嫌を直した。そそくさと注文し、右手に伯方の塩アイスを一つ持って戻ってくる。
「……? えーと、僕の分は?」
「馬鹿、一つずつ買うとは言ってねえよ」
「まさか、自分だけ食べる気か⁉ 羨ましがる僕の姿を眺めて、悦に入るために!」
「そこまで性格悪いと思われるのは心外なんだけどなー」
ちょっとだけ落ち込んだ稲田さん。ごめん、栞と腐れ縁だという先入観が邪魔してしまっただけなんだ。
「俺とてめえで間接キス……じゃなかった、半分こしようと思って買ったんだが?」
「一ミリも本音を隠せてない!」
やけに塩アイスを推してくるなと思ったら、それがしたいだけかよ!
僕の指摘を受けて、稲田さんは顔を赤くした。上目遣いにこっちを見てくる。
「だ、ダメか?」
「……いいよ、別に」
半分こをあっさり受け入れるのも、僕が間接キスに乗り気みたいで何となく癪だ。けれど、こちとら立花先生との初回デートからあーんし合いっこしてる身なのだ。今さら躊躇してどうする。
僕たちは空いていたイートイン席に座り、まず稲田さんがアイスを一口、次に僕が一口食べた。豊かな甘みと僅かな塩味のコントラストが素晴らしく、なかなかクセになりそうな味わいだった。じゃこ天だけでなくこちらも流行ってほしい。
「お、美味しいな、井上」
「うん。稲田さん」
男子への免疫がないのは、栞とは正反対。やや緊張した、それでいて嬉しさを隠し切れていない表情で話しかけてくる稲田さんは、とても可憐だった。変に大人びていない、年相応の美しさを備えていた。
そんな風に、アイスを交互に食べること数分間。ソフトクリームのコーンの部分は稲田さんに譲って、僕は口を開いた。
「……あのさ。考えてたんだけど、僕ら、違う大学に進んだとしても会えるんじゃないかな」




