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63 せっかくの二人きり

「湯川の奴はどうなんだ? 相変わらずか?」

「僕は湯川さんの中学時代を直接見て知っているわけじゃないけど、まあ、絶好調なときもあれば不調なときもあったよ」


 僕の家に泊まりに来たくだりは省いて、僕は栞が一時期人間関係に苦しんでいたこと、バスケ部女子からひどい扱いをされていたことを簡潔に伝えた。


「そうなのか……。あいつ、いつも強がってるっつーかあまり他人に弱みを見せねえけど、あいつもあいつで苦労してるんだな」

「違いない」


 僕は頷いた。

 一般的には、中学と高校だと「高校の方が楽しい」と感じる人が多いらしい。でも、全員が全員そうだというわけではない。何事にも例外はあるのだ。普通の枠の中に入れなかった、僕や栞、稲田さんのような人もいる。

 だとしても、中学の方が楽しかった理由が「生徒を操りやすかったから」なのはだいぶアレだけれど。ヤンキーばっかりの高校に進学していたら、逆に無双できていたりして。



「ちなみに湯川さんは、関関同立クラスを狙ってるらしい」

「げっ、マジかよ。俺と一緒じゃねえか」


 あからさまに嫌そうな顔をされた。やっぱり仲悪いんだな。

 性格が合わないというよりは、二人とも人の上に立ちたいタイプだから、自分の思い通りに動いてくれない相手が邪魔なんだろう。「俺のことを好きにならない人間は邪魔なんだ!」と思っていそう。


「井上は松浦大志望だっけか?」

「うん。あいにく、僕には稲田さんみたいな確固たる信念もなく、身の丈に合う大学を受けるだけなんだ」

「……ん? てことは、あれか。俺たち、高校を卒業したら別々の大学に進んで、離れ離れになっちまうってことか? まだヒロイン連中の中でメインヒロインになれてないとはいえ、こうして付き合ってるのに?」

「まあ、そうなるのかな?」


 決して、稲田さんだけと卒業後に離れ離れになるわけではない。受験が終われば栞だって無事に志望校に受かれば県外へ出て行くし。桜井先生はおそらく県内の学校で教員として働くのだろうだけど、愛媛のめちゃくちゃ南の方、ほとんど高知県みたいな僻地の学校に飛ばされたら、高頻度で会うのは不可能だろう。最初の数年は田舎の学校へ飛ばされるのは公務員あるあるらしいし、あり得ない話じゃない。


 ……あれ? そうすると、このままメインヒロインが誰になるのか曖昧な状態で時間が経てば、確実に残るのは立花先生と星加さんだけじゃないか? しかも、僕が浪人でもしない限り、立花先生は家庭教師としての仕事を今年度いっぱいで終えるわけだから、当然会う頻度は落ちる。これまでと変わらない頻度で会い続けられるのは、星加七海ただ一人。何てことだ。まさか星加さんがここまで計算していたはずはないけれど、状況は刻一刻と彼女に有利になろうとしている。実質的に星加さんの一人勝ちになる未来も、なくはないどころか割とあるのだ。


 桜井先生が教育実習後も時々会おうとしてくれるように、僕は何となく、この先も僕たちの関係は変わらないのだと思っていた。でも違った。高校卒業というタイムリミットは明確に存在していて、それまでに僕は彼女たちの中から一人、選ばなければならない。決断の時は、少しずつ迫っているのだ。



「何てこった。三月までのあと約四か月で、俺はてめえを寝取らなきゃならねえのか……いや、けど」


 他のお客さんが聞いていなくて、本当に良かった。愕然とした面持ちで両手を震わせたのち、稲田さんはケロッとして言った。


「この俺の人心掌握能力をもってすれば、お茶の水さいさいだぜ!」

「それを言うならお茶の子さいさいだよ……」


 お茶の水は関東の女子大じゃなかったっけか。


「稲田さん。そういや気になってたことがあるんだけど、聞いてもいい?」

「おう。何でも聞いてくれ!」

「僕を寝取りたい、湯川さんから奪ってしまいたいという気持ちはよく分かったよ。けど、稲田さんって確か、自分を安売りせずに高嶺の花ポジションにいる主義なんだよね? 寝取りたいのに安売りはしないって、微妙に矛盾してない?」

「む、矛盾してねえし! ……てめえは例外だ。てめえにだけなら、多少は割引してやってもいいよ」


 顔を赤らめ、ふいっと目を逸らして稲田さんはこぼした。うぐっ、可愛い。思わず、水出しコーヒーが変なところに入ってむせそうになった。



「と、とにかく! ここで一つ、宣言しとく。あと四か月くらいだな。卒業までにてめえを攻略して、湯川の奴をぎゃふんと言わせてみせるぜ。あと井上、できれば志望校をワンランク上げて、俺と一緒に関西圏の私大へ来い! あわよくば一緒にアパートを借りて、同棲生活するぞ!」

「三つくらい宣言された⁉」


 このタイミングで志望校変えて、きちんと過去問を解いて対策して、合格した場合の家探しも済ませておくのって相当ハードル高いけどなあ……。そもそも、僕自身は県外へ出たいと思ってないわけであって。

 受験シーズンの厄介さも、迫り来る卒業というタイムリミットも、ブラックのまま飲み干した水出しコーヒーのようにほろ苦く感じられる。稲田さんとの初デート兼ちょっとした勉強会は、このように幕を閉じたのだった。



 いや、厳密に言えば、勉強会は終わったのだけれど初デートは終わらなかった。


「井上って今日、チャリで来たのか?」

「うん。駅前に停めたよ」

「そっかー。俺は電車で来たんだ。とりあえず駅までは一緒だな!」

「ああ」


 会計を済ませて店を出た辺りでこんな会話をして、僕たちは駅までの道を歩いた。といっても、五分もせずに着く程度の短距離だったけど。


「よっと」


 道中、不意に稲田さんが僕に腕を絡めてきた。今度は別段恥じらう様子もなく、むしろ堂々としている。


「急にどうしたんだよ」

「てめえは俺が寝取るって言ったろ? これはその第一歩だぜ!」


 ずいぶん可愛らしい一歩だった。

 駅舎が見えてくると、彼女はパッと腕を離した。人通りの少ない裏道ならともかく、大通りではちょっと恥ずかしかったのかもしれない。うーん、可愛い。



「なあ、井上」


 腕は離れたけれど、心までは離れていなかったらしい。

 ここで稲田さんが駅構内に、僕が駐輪場に向かって解散という流れには、はたしてならなかった。若干もじもじしつつ、彼女は言った。


「今週末のデートからは、他のヒロインも交えてどこか出かける感じになるんだよな?」

「今のところは、その予定だね」

「そっか。じゃあ、なおさらだ。……せっかく二人きりになれたんだし、俺、もうちょっとだけ井上と一緒にいたいな。ダメか?」

「ダメなわけないよ」


 思わず、食い気味に答えてしまった。稲田さん、見た目は肉食系なのに内面は意外と乙女なところがあるから、ギャップに脳が混乱してしまう。

 湯川さんも彼女を見習って、おしとやかに振る舞ってほしいものだ――実際にそんなことが起きたら、湯川さんのキャラが崩壊しかねないのは置いておいて。

 性格がいい湯川栞なんて、酸っぱくないレモンみたいなものじゃないか。レモンは酸味があるからこそ、唐揚げにかけることができる。もしレモンが甘ったるい味だったら、そんな使用法はできない。


「でも、どこに行く? この近くで遊んだりショッピングしたりするとなると、多少歩かないといけないけど。たとえば、富士とか」


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