60 人生はババ抜き
「……どういうつもりよ、井上」
と、栞が僕の制服の袖を引っ張り、責めるように小声で問うた。
「まさかあんた、本当にこいつと付き合ってみるつもりじゃないでしょうね? 中学時代にあたしと犬猿の仲だった奴をヒロイン枠にしたら、どういう結果になるか想像つくでしょ?」
「そうかな。少なくとも僕には、僕らの関係が悪い方に転ぶ未来は見えないよ」
肩をすくめる僕。
「今の僕たちの中には、周りを巻き込んで動かしていく湯川さんのパワーに対抗できる人がいない。桜井先生はまだどうにか対抗できてるかもしれないけど、立花先生はやんわりなだめる程度で、星加さんなんかもう見てて可哀想な感じだし。要するに、ヒロイン内で発言力の差が開きすぎてるんだ。正直、このパワーバランスの悪さは以前から感じていた。湯川さんと肩を並べる悪人、稲田さんがここに加われば、均衡がとれる」
「何よ。あたしが目の上のたんこぶだって言いたいわけ?」
「もちろん、星加さんが早まったことをしたときに取り繕ってくれたのには感謝してるし、今まで湯川さんのおかげで切り抜けられた場面は何度もある。たださ、ピンチに陥るたびに、全部湯川さんが解決するのも違うと思うんだよ。ほら、トランプで大富豪をするとき、ジョーカーは二枚あった方が戦略に幅が出て面白いだろ?」
「人生は大富豪じゃないわ。むしろ、ババ抜きよ!」
「深いな……いや、深いのか?」
なんか上手いこと言っているようで、全然言えてないようにも思う。大富豪でのジョーカーって最強カードだけど、ババ抜きのジョーカーは手元にあってもあんまり役に立たないし。共通点は、「最後まで持っていたら負け」なことくらいだろうか。
なお、僕の通っていた小学校では「スペードの3はジョーカーより強い」というローカルルールがあった。ジョーカー一枚出しに対してのみ有効で、スペードの3が最強のカードとして通る。いざという時に役立つ反面、スペードの3で上がるのも禁止だった。二人の地域ではどうだったんだろうな。
「――それにさ、湯川さん。稲田さんってああ見えて、結構可愛いところあると思うよ」
先刻、栞に胸を揉みしだかれて赤面していたときのギャップを思い返して、僕は補足した。
「内緒話はもう終わったかー?」
くあ、と退屈そうにあくびをした稲田さんが、僕たちを見やる。
「どうなんだよ、井上。俺を仲間に入れてくれるのか、くれないのか、どっちだ?」
「歓迎するよ。稲田さん」
栞へ強い対抗心を燃やしている彼女のことだ。どのみち、断ったって引き下がってはくれないのだろう。ならば潔く受け入れるのも、一つの道。
「ありがとよ」
不敵に笑い、稲田さんは手を差し出してきた。握手しようというのだろう。
「模試が終わったら、連絡先を交換しとこうぜ。そのヒロインたちとのトークルームとやらに、俺も混ぜてもらおうじゃねえか」
「喜んで」
僕はその手を握り返した。
日曜日の夜。
稲田さんと連絡先を交換して帰宅した僕は、他4名のヒロインに事情を説明し、稲田さんをトークルームに追加した。そして、4人を稲田さんへ簡単に紹介した。
『貴様という奴は、貴様という奴は! 私が目を離している隙に、またヒロイン候補を増やしたのか!』
その直後、桜井先生から僕個人宛てにメッセージが送られてきたのは予想外だったけれど。
「あれ、桜井先生。どうしたんですか? 実習のレポートは?」
『たわけ。レポートの締め切りは今日の夕方、とっくの昔に提出済みだ。で、レポートを終えて休んでいたところ、貴様からメッセージアプリに通知が来たから見てみれば、何だこれは⁉』
「で、でも、事情は説明した通りですよ。稲田さんの存在は、僕たちの人間関係にとってプラスになると信じてます」
『うむ。貴様の言い分も分からなくはない。湯川には私も高級かき氷を奢らされた苦い思い出があるし、これ以上奴を野放しにせず、稲田に牽制させるのは名案かもしれん。……だ、だが、今よりもヒロイン候補を増やしてどうするつもりなのだ、貴様は! 5人だぞ、5人。戦隊ものが結成できるレベルだぞ!』
「何言ってるんですか、桜井先生。戦隊ものも今や50作品くらいありますけど、メンバー全員が女性の戦隊なんて一つもありませんよ。勉強不足ですね」
『ええい、今のは単なるたとえだ! たとえは女児向けアニメでも何でも構わん。ともかく、人数が多すぎると言っているんだ!』
いつもより返信スピードが速い。このところ出番が少ないのを気にして焦っているのだとしたら、それは杞憂だ。安心して下さい、桜井先生。たとえ直接的な出番がなくとも、先生が作り出した積み立ておっぱいの概念は受け継がれました。
「戦隊ものでも女児向けアニメでも、追加戦士って初登場時は大活躍しますけどだんだん苦戦が増えてきて、劇場版では噛ませ犬になる場合もありますよね。そうやって、各戦士のパワーバランスがいい塩梅になっていくんですよ。稲田さんがいることで、僕らもほどよくバランスを取れるんじゃないかと思います」
今度は少し間があってから、先生は応じた。
『そうか。貴様がそこまで言うのなら、任せよう。ただ、一応忠告はしたからな』
「……信じてくれて、ありがとうございます」
画面越しに、僕は軽く頭を下げた。
こういうわけで、5人目のヒロインとして、新たに稲田愛が加わったのだった。それにしても、さすがに5人は多すぎる気はするなあ……。
稲田さんが皆と打ち解けてくれることを期待しながら、僕はその日、眠りについた。




