59 俺がお前を寝取る
「稲田さん、か」
名前は純和風テイストで真面目そうなのに、実際は俺っ娘で褐色なギャップが凄まじい。
「湯川さんとは同じ中学だったの?」
「ああ。こいつとは腐れ縁でな。勝浦中の女子グループの実権をどちらが握るかで、延々と抗争を繰り広げていたもんだぜ。ま、最終的には俺が勝ったんだが」
壁にもたれ、腕を組む仕草が妙に様になっている。
「あの湯川さんと張り合えるなんて、すごいね。てことは、その……言い方は悪いかもしれないけど、稲田さんもいわゆる、腹黒い感じのキャラだったわけ?」
「腹黒いかどうかで言えば無論、腹黒いだろうさ。けど、俺と湯川じゃ腹黒さのベクトルが違う。一緒にしてもらっちゃあ心外だ」
栞を一瞥してから、稲田さんは続けた。
「湯川の奴が性悪だってのは、井上の高校の人らも大体知ってんだろ?」
「まあ、大体の人は知ってると思う」
「本当の悪とは、自分が悪であることさえも悟らせない。本当に性格が悪い人間は、自分の性格の悪さを悟らせない。俺は自らの歪みきった性格を決して露呈させず、あくまでも影から人間関係を掌握してきた。湯川より格上ってことだな」
「ちょっと、黙って聞いてれば好き勝手言ってくれるわね!」
栞が口を挟み、頬を膨らませる。
「あたしの方があんたよりモテてたんだから、調子に乗らないでくれる?」
「いいや、そいつは的外れな指摘だ。てめえが男と付き合うことにあまり抵抗がなかったのに対し、俺はたとえイケメンから告白されてもあっさり振って、男を意図的に遠ざけていたのさ。そうすることで俺は高嶺の花になり、異性から見た価値を高めていった。てめえはただ自分を安売りして、薄利多売してただけってことだよ。超高級品にまで成り上がった俺の、足元にも及ばねえ!」
なるほど。聞けば聞くほど、湯川栞とは対極に位置する人間だ。何から何まで、考え方が異なる。どちらのやり方が正しいということはなく、人の数だけ正義があるのかもしれないけれど、考えようによっては稲田さんの方が格上と見る向きもありそうだ。
年上であるはずの桜井先生を困らせ、星加さんを容赦なくいじめ、4人のヒロインの中で異彩を放っている栞。そんな彼女に匹敵する強烈なキャラクターと、僕は出会ってしまったようだ。
「フン。じゃあ言わせてもらうけどね、あんたはあたしに絶対に勝てないポイントがあるわ!」
「な、何だよ。俺は本物の悪党にして高嶺の花だぞ。偽物かつ安物のてめえに、負けるはずもねえ。一体、どんなポイントで俺に勝とうってんだ!」
「ここよ!」
会議室内にギリギリ聞こえない程度の声量で告げ、栞は両手を伸ばした。稲田さんが抵抗する間もなく、彼女の慎ましやかな胸を鷲掴みにする。
「なっ……てめえ、どこ触ってるんだよ⁉」
「井上、あんたもしかと目に焼き付けておきなさい。これが稲田愛の弱点、紛れもないAカップの貧弱な胸よ! 中高と陸上部で活動し続けられたのも、この空気抵抗が少なさそうな胸なら頷けるわね。あたしのこのわがままボディーに比べれば、天と地の差だわ!」
「黙れ! あれは俺が中学のときの話だ、今は少なくともBはある! つーか、男子の目の前で俺の胸を好き放題揉みまくってんじゃねえぞ⁉ は、恥ずかしいだろうが!」
さっきまで威風堂々としていた稲田さんの表情が今や、羞恥に蕩けまくっていた。顔も真っ赤である。
「いいぞ湯川さん、もっと揉むんだ! じゃなくて、やめるんだ湯川さん!」
「井上てめえ、本音と建前が逆転してるぞ!」
「ごめん。これが積み立ておっぱいかと思うと、ついテンションが上がってしまった」
桜井先生の造語を耳にして我に返ったのか、栞は不意に、無造作に稲田さんの胸から手を離した。
「井上の言う通りね。こんなちっぽけなものを揉んでも、何も楽しくないわ!」
なかなかひどい言い草である。人権侵害で訴えたらワンチャン勝てそう。
「……やれやれ、ようやく解放されたぜ。で、何だよ、積み立ておっぱいってのは」
やっとのことで栞の魔手から逃れた稲田さんは、両腕で自分の体を庇うようにしていた。何だかんだ言いつつも、繊細で乙女なところもあるんだな。
「知らない方がいいよ」
「ふーん。よく分かんねえけど、てめえ面白い奴だな。気に入ったぜ。湯川に言うことを聞かせられる奴なんて、世界広しと言えどもそんなにいねえぞ」
「そりゃどうも」
おどけてみせたところ、彼女はずいと僕に近づいてきた。それから、栞にニヤリと笑いかけた。
「よし、決めた。俺は湯川が気に食わねえ。湯川が欲しいものは、できることなら俺が全部奪ってやりてえ。で、井上、俺はてめえのことも気に入った。そうすると、結論は一つだろ?」
「……? 稲田さん、僕にはよく分からないんだけど、これは一体どういう結論になるんだ?」
「俺が井上を寝取る!」
「何でそうなるんだよ⁉」
いまだかつて、これほど堂々たる寝取り宣言があったろうか。
「英語で言うと、カーコルド(cuckold)」
「絶対に模試に出ない英単語だ!」
「ちなみに、日本のサブカルチャーはエロ含めて海外で人気だから、人によってはNTRって言えば『ああ、寝取りのことね』って通じるらしいぜ」
「かなりどうでもいい豆知識⁉」
こんなろくでもない雑学を知っているなんて、さては稲田さん、むっつりスケベだな。
「つまり稲田さんは、湯川さんを出し抜いて僕と付き合いたいんだよね。気持ちはよく分かったよ。ただ、実は僕ら、ちょっと複雑な関係でさ」
「何だよ。もう孕ませちまったのか?」
「違う!!」
断固として否定したのち、僕は現在の状況を説明した。立花先生、湯川さん、桜井先生に星加さんと、自分が今4人のヒロインから好意を寄せられていること。彼女たちが喧嘩したり互いを攻撃したりするのを避けるため、4人が仲良くなれるような機会を設けつつ、デートする時間も各ヒロインになるべく均等に割り振っていることなどを。
「へえ。一言で言うと、ハーレムだな」
「たぶん、稲田さんが思っているほど明るく楽しいものでもないよ。実際、かなり気を遣うし」
これでも色々あったんだよ。何度か、人間関係が崩壊する寸前までいったこともある。
「そんなわけだから、もし稲田さんが僕と付き合いたいとしても、湯川さん含む4人をないがしろにして付き合うような真似は僕にはできないんだ。あくまで、5人目のヒロインとしての交際になる」
「んー、そうか。まあ、俺は別に構やしねえよ。井上が予想以上のプレイボーイだったのには驚いたが、逆に燃えてきたぜ。そいつらもいずれぶっ倒すことで、俺の価値を証明してやる」
まさか物理的に「ぶっ倒す」わけじゃないだろうけど、物騒な話になってきた。闘志を燃やす稲田愛の目は、らんらんと輝いている。
次回の更新は7月7日になります。
七夕に関係のある内容というわけではないのですが、7月7日です。よろしくお願いします。




