58 宿敵との再会!
土曜日。
かねてから考えていた通り、その週にデートするメンバーは立花先生と湯川さんになった。桜井先生を除く三名から二名選ぶ組み合わせの中では、たぶんこれが一番無難だろうと思ったからである。
実際、ひどく無難な内容のデートになった。
栞から城山公園の話を聞いたのがヒントになって、今回の行き先は松浦城の麓、二之丸にある日本庭園に決定。入園料がびっくりするくらい安い割に、土日でも全然混んでいないし、穴場感ありだった。観光客はロープウェイやリフトが整備されたメインの登山口に集中するため、反対側にあるこの庭園や、ましてや裏登山口にはほとんど来ないらしい。
中を散策すると、庭園の池には何匹もの鯉がいて、また水面を無数のアメンボがすいすいと移動していた。木々の緑も美しく、空を見上げると松浦城が見える。いやはや絶景。めちゃくちゃ良いところじゃないか……これで入園料がたった200円なのは、何かのバグに違いない。500円以上しても誰も文句言わないレベル。
「綺麗なところだねっ!」
立花先生もはしゃいでいた。
なお、この庭園には学割が存在するため、「制服姿で入園するのはまずいのでは」との判断に基づき、彼女には私服で来てもらっている。袖がふわっとした感じのブラウスに、花柄のスカート。本当にこの人、何を着ても似合うなあ。
栞の私服も比較的ゆったりしたデザインのものだったけれど、さすがと言うべきか、服がふわっとしていてもボディラインの妖艶さが隠し切れていない。
「ねえ井上、知ってる?」
「そんな豆柴みたいに聞かれてもな……」
ブーム終わったのがいつだ? もう10年くらい前なんじゃないか。
「アメンボって、昆虫の分類的にはカメムシ目に属するらしいわよ。そう思うと、何だか急に醜悪な虫に見えてくるわよね」
「湯川さん、お願いだからもうちょっと素直に楽しんでよ! 立花先生が若干引いてるだろ!」
そういえばアメンボって、飴のような臭いを体から発するからそう呼ばれるんだったっけ。臭いを発生させるのは、カメムシ目だからできることだったのか……。
カメムシは悪臭を発し、農作物を荒らすから害虫扱いされる。アメンボは甘い臭いを発し、稲を枯らす害虫を食べるため益虫とされる。人間側の都合で、ずいぶんと対照的な扱いを受けている二種の昆虫たちだった。
ちなみに、アメンボが食べる害虫というのはカメムシの仲間なんだとか。アメンボ、お前、本当にカメムシ目なのか……? 「一族を裏切ったダークヒーロー」的なポジションなんじゃないのか?
健気に生きているアメンボたちを懸命に擁護しながら、僕は二人を連れて園内を一周した。その後、近くのカフェに入ってランチプレートを注文。舌鼓を打ってから解散、とまあ割とあっさりしたデートになった。
別れ際、気になっていたことを立花先生に尋ねる。
「あの、立花先生。最近、あまり『やりたいことリスト』を達成できてなくて申し訳ないです。鹿之島のときも、色々あってやる余裕がなくなってしまって」
「色々」とは無論、星加さんの不意打ちである。
「ううん、全然大丈夫だよっ!」
立花先生は優しく微笑んだ。
「私、一番やりたかったことはもう達成できてるから!」
「え、そうなんですか?」
「うん!」
そう言って、栞に聞かれないように、こそこそっと僕に顔を寄せて囁く。
「――だって、好きな人と一緒に、色んなところへ出かけられてるもんっ」
おおっと。これはガチで可愛すぎる。照れて頬が熱くなりそうだ。
「じゃあせめて、立花先生の内面的なことを聞いていくのは継続しましょうか。『やりたいことリスト』は、できそうなときに無理せずやっていくことにして」
「そうだねっ! えーと、ではでは、今日の私の秘密は……」
ちょっと考えて、先生はウインクした。ちなみに上手くできてなくて、両目瞑っちゃってる。うーん、控えめに言って可愛いっすね。
やっぱり前言撤回して、立花先生しか勝たんと大声で叫んでやろうか。恋愛っぽいムードに全然ならないこと以外は、特に欠点がない最強のヒロインだし。……いや待て、でもそれってラブコメ的には一番まずい欠点じゃないか??
「私、中学で放送部に入ってたんだけどねっ。発声練習でよく使われる『あめんぼあかいなあいうえお』について、でもアメンボは赤くないよなーってずっと思ってたの!」
「確かに、何でなんでしょうね?」
結局、終始アメンボに話題が引っ張られる散策だった。
そして、日曜日。
家でゆったり自分のペースで勉強し、運動不足解消にふらっとランニングに出かける。そんなのんびりした日常を、しかし今週の僕は送ることができなかった。なぜなら模試があったからである。
私立文系志望者向けの、校外模試。正直めちゃくちゃ受けたくなかったのだけれど、担任の先生に強く勧められ、しぶしぶ受ける羽目になった。
まったく、なぜ休日に自宅で受験勉強させてくれないんだ。近頃はどこの進学校でも土曜日に授業をやったり、土日に模試を半強制的に受けさせたりしているけど、そんなことばかりしていては生徒の自主勉強の時間がどんどん削られていくはずである。模試を受ける時間はあっても、その結果をフィードバックする時間が足りなくなるのでは本末転倒だ。
土曜授業はともかく、模試は受けても出席日数にはカウントされないのが地味にキツい。受けに行くモチベーションがなくなる。
「まあでも、松浦大に近い傾向の問題も出るらしいし、一度受けてみても損はないか……」
残りカスのようなモチベーションを振り絞り、僕は日曜日だというのに制服を着て、自転車を漕いで出かけた。行き先は、市内にある総合コミュニティーセンター。通称コミセン。図書館や体育館、プール、会議室などがある複合施設だ。今回用があるのは、会議室で受験する模試である。
指定された大会議室に入ると、栞も来ていて、僕より2,3列前の席についていた。声を掛けようかとも思ったけれど、部屋がしんとしているので沈黙を破るのが躊躇われる。
湯川栞は、関関同立クラスの有名私大を指定校推薦で受けるらしい。学力は僕とどっこいどっこいだけど、先生へのウケが良くて内申点も高いからなせる業だ。推薦とはいえある程度の学力は必要だし、そもそも推薦に落ちる可能性だってあるわけで、模試を受けに来ていても決しておかしくはないのだった。
徐々に会議室の席が埋まっていき、騒がしくなる。そろそろ栞に話しかけてみようか、と思った矢先、僕の先駆者が現れた。
「よう、湯川じゃねえか。元気そうで何よりだぜ」
台詞だけ見れば、どう見ても男性。だが、外見はどう見ても女性だった。
背格好は栞と同じくらいだ。褐色に日焼けした肌が特徴的で、髪形はウルフカット。制服はうちの高校のものとは違い、セーラー服っぽいやや古風なデザインだった。
その女子生徒が、あの湯川栞の肩を馴れ馴れしく叩き、彼女の隣の席へ腰掛ける。
「あんたは……!」
対する栞は目を見開き、親の仇を見るような目で女子生徒を睨みつけていた。
「おいおい、そんなに警戒するなよ。久々の、中学以来の、感動の再会だろ? 俺に会ったことをもっと喜べ」
あろうことか、一人称が「俺」だった。レアキャラである。僕っ娘ならぬ俺っ娘の登場に、まだ知らない僕の性癖が開拓されていく予感がする。
いやいや、一人称はそこまで重要じゃないだろ。重要なのは、中学の同期らしいこの二人が無用な言い争いをして、模試受験会場の空気を悪くするのを避けることだ。
「何よ、偉そうに!」
「おうおう、相変わらず威勢だけは良いみてえだな。売られた喧嘩は買うぜ、俺は」
一触即発の様相を呈しているのを見て、僕は居ても立っても居られず、「湯川さん」と声を掛けた。
「ちょっと立て込んでるみたいだね。よかったらその人も連れて、廊下に出て話さない?」
「……」
二人は顔を見合わせ、不承不承頷いた。
「で、てめえは誰なんだよ?」
静かな廊下に出るやいなや、ウルフカットの女子は僕を問い詰めてきた。
この人、マジで遠慮も何もなく、いきなり本題に入るタイプだな。僕とはまるで正反対だ。僕は少し目を離すと、地の文を好きに使って無駄に文字数を浪費してしまう。
「井上悟。湯川さんのクラスメイトで、一応、お付き合いをさせていただいている。もし君が彼女に何か危害を加えようとしているのなら、見過ごすわけにはいかない」
自分の立場を簡単に紹介し、褐色の俺っ娘を見つめ返す。ふう。たまには、こうやってかっこよく決めておかないとな。
「湯川と付き合ってんの? てめえが?」
まじまじと僕と栞を見比べ、俺っ娘の頭上に疑問符が浮かぶ。
「うーん。まあ確かにてめえも身長は相当高いし、スラッとしてかっこよくなくもないけどよ。でも、俺の知ってる湯川が好きなタイプの男子とは、ちょっとばかし系統が違うんじゃねえかなー」
「知らないの? 人は生きている限り、変わり続けるのよ!」
なぜかそのタイミングで、栞がドヤ顔で割り込んできた。「いいこと言ってやった」と思っているのが丸分かりである。
「僕の自己紹介は以上だ。次は、君の自己紹介を聞かせてもらいたいな」
栞をスルーして先を促すと、ウルフカット女子は小さく首を縦に振る。
「いいだろう。問われて名乗るもおこがましいが、先に名乗られた以上は名乗ってやる。俺は稲田愛だ」




