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56 運動会の裏の顔

「え? 適当に家にあるジャージでいいかなと思ってたけど……ダメか?」

「ダメよ!」


 両手で大きなバツを作って、拒絶の意を示す栞。


「どうせランニングを始めるのなら、形から入りなさい。このあたしが惚れてるあんたが、ダサい格好で走るだなんて許さないから。きちんとしたランニングウェアを買って走るの! 分かった?」

「お、おう」


 一度決めたら梃子でも動かないことに定評のある彼女を、説得するのは困難だと判断する。

 そんなわけで僕たちは放課後、一緒にランニングウェアを買いに行くことになった。つまり、僕が買うウェアを栞に選んでもらうのである。



 城山公園からほど近いショッピングモールの三階、衣料品売り場。

 インナーにレギンス、その上に着る半袖Tシャツと短パンを、すべて同じメーカーのもので揃えて買うことになった。栞が「統一感があった方がかっこいいわ!」と主張し、僕も賛同したからだ。シューズは今履いているのが元々ランナー向けのものだから、しばらくはこのまま使い続けて大丈夫だろう。

 衣料品セールをやっていて、意外にも合計で5000円いかなかった。初期投資としてはずいぶん安く済んだなと思う。卓球とは大違いだ。

 中学時代、僕は卓球部に所属していた。卓球はラケット本体に赤色と黒色のラバーを二枚張ってプレイするスポーツなわけだけれど、困ったことにこのラバー、数か月で寿命が来る。プロの選手にもなると、1,2週間で寿命が来るという。したがって、定期的に張り替える必要がある。


 問題は、ラバーが高いことだ。僕が使っていたラバーは一枚あたり3000円くらいするから、両面張り替えるとなると6000円の出費。中学生の小遣い事情的には、まあまあ厳しいものがある。プロが使うような高いラバーだと一枚で6000円以上したりするし、卓球って意外とお金がかかるスポーツなのだ。ラバーの張り替えだけで数千円が飛ぶ卓球に比べれば、5000円程度の初期投資で何か月も走り続けられるランニングはめちゃくちゃコスパが良いと言えるだろう。



「……で、何で湯川さんもウェアを買おうとしてるわけ?」


 会計を終えて戻ってきた僕は、割とノリノリでレディース用のウェアを眺めている栞を発見した。


「? あんたと並走するからだけど?」

「聞いてねえよそんな話!」


 おい、そんな澄んだ瞳で僕を見つめないでくれ! 裏切られて絶望したような表情を浮かべるのもやめろ!


「今までの流れのどこに、僕と湯川さんが一緒に走る伏線があったんだよ」

「だって、あんたが本当にそのウェアを着てかっこよく走っているかどうか、自分の目で確かめておきたいじゃない」

「確かめるだけなら別に並走しなくても、遠くなら見ているだけで良いと思うんだけど……」


 正直、湯川栞レベルの美少女が並走してくれること自体は、一般男性にとってご褒美以外の何物でもないと思う――周囲の視線を気にしなければ。

 彼女のムチムチ度合いは凄まじく、制服を着ている今はともかくとして、体操服のときなんかはもうヤバい。目のやり場に困る。比較的ゆったりした着心地の体操服でさえ童貞を殺す破壊力なのに、こんな体に密着するデザインのランニングウェアを着たら最後、地球上から男性を絶滅させかねない。スポーツブラでも揺れを抑えることはできず、もうバインバインのゆっさゆさ、ギュインギュインのズドドドドだ。

 こんなこと本人にはとても言えないので、それらしい理屈を述べておくとしよう。まあ彼女の場合、自分の魅力を自覚していそうな節はあるけどね。



「とにかく、僕はあくまで一人で、自分のペースで走りたいからさ。今日買い物に付き合ってくれたのはすごく助かったけど、並走までしなくてもいいよ」

「そうね……分かったわ。確かに、体力も走るペースもあんたの方が上だろうし、あたしじゃ並走するのは難しいかも。せいぜい頑張りなさい」


 ああ、良かった。すんなり納得してくれたみたいだ。

 しかし考えてみれば、女子学生が体操服を着ているのを眺めても犯罪にならないという点において、学生の身分は最強なのではないだろうか。もちろん、あまりジロジロ見ていると失礼になるけれど、チラッと盗み見る程度なら問題なかろう。週に何度か体育の授業があり、その度に女子の体操服姿を合法的に拝める。これが天国でなくて何だと言うのか。

 僕が生まれる前、具体的には1980年代くらいまでの日本の学校では、女子の体操服としてブルマが採用されていたと聞く。そういう時代にもし生まれていたら、きっとさらに素晴らしい体験ができたはずだ。


 ……はっ! もしかして、運動会を見に来る人たちの中には、体操服姿の女子を眺めるのを主目的としている層が一定数いるのでは? 学校によっては男子が上裸で組体操とかをする風習が残っているし、そっち方面のフェチの女性客だっているかもしれない。何ということだ、運動会は特殊性癖を持つ方々を楽しませるド変態イベントだったのか!



「ねえ、今なんか変なこと考えてたでしょ」

「い、いや別に?」


 めちゃくちゃジト目で見られた。


「本当? エッチなこと考えてない?」

「今年もうちの高校の体育祭は素晴らしかったなあと、遠い過去に思いを馳せていただけだよ」

「1か月と少し前のことを遠い過去って言う人に出会うの、初めてなんだけど」

「無理もないよ。僕と君じゃ、流れている時間の速度が違う」

「厨二病かあんたは!」


 でも、ここ最近色々なイベントが発生しているし、体感時間がすごく長かったのは本当だ。体育祭が終わった直後に桜井先生が実習に来て、星加さんの乱入で何度かややこしい事態になって苦労した。


「まあいいわ。せっかくあたしが選んであげたんだから、大事に着なさいよね」

「もちろんだよ。ありがとう」


 僕が礼を言うと、彼女は照れ隠しのように踵を返した。


「じゃ、あたし、そろそろ塾に行かないといけないから。また明日」

「うん、また明日」


 栞とは家の方向も違うし、途中まで一緒に帰るというわけにもいかない。ショッピングモール内であっさり別れ、僕は駐輪場へ急いだ。


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