53 エナドリが結ぶ縁
受験生の放課後は余暇ではない。勉強時間である。
「いい国作ろう鎌倉幕府……っと」
真っ直ぐ家に帰った僕は、黙々と日本史の復習をしていた。今解いているのは選択式の問題、正確には松浦大の過去問である。鎌倉幕府ができたのが何年かを答えるだけ。うん、これはさすがに簡単すぎた。サービス問題かな。
しかし、「いい国作ろう」として本当にいい国にできるのであれば、今の日本の政治家がこれほど少子高齢化対策に頭を悩ませていないよなあ、とも思う。実際、鎌倉幕府って確か途中から北条氏が実権を握り始めて、150年もしないうちに滅亡してるし。政治って難しい。正解がない世界だ。
個人的に、鎌倉時代の歴史上の人物で好きなのは後鳥羽上皇だ……まあ、名前の響きが好きなだけなんだけどさ。カタカナ表記にすると謎のかっこよさを感じるし、何なら特撮ヒーローのフォーム名とかを想起させる。ゴ・ト・バ! ゴトバ・ゴ・ト・バ(歌は気にするな)!
さて、今日は木曜日。このまま行けば明後日にはヒロインたちとのデートが待っているはずだけれど、僕としたことがまだ何のプランも立てていない。勉強に一区切り付けたら、本格的に考えなければ。
今週末、桜井先生は教育実習のレポートがあるので来れない。一度に二人ずつデートする方式に切り替えてから(星加さんの不意打ち以外は)まずまず上手くいっているので、これを継続するとして、立花先生、湯川さん、星加さんの中から参加者を二名選ぶことになる。
ただ、彼女らは決して相性が良いわけではない。
まず、立花先生と星加さんのペアは危険度マックス。鹿之島のときみたく星加さんが何か仕掛けてきたら、今度こそ収集がつかなくなりかねない。湯川さんと星加さんのペアも仲はかなり険悪、というか星加さんが一方的にいじめられているので可哀想。そうすると消去法で立花&湯川ペアしか選択肢がなくなるのだけれど、この二人もこの二人で性格が真逆なので、一緒にいて会話を盛り上げられる自信は正直ない。
桜井先生が今週参加できなくなって、改めて彼女の存在の大きさを思う。やっぱりあの人、人間関係のバランス調整が巧みだ。湯川さんとは全然違うベクトルで。
「……って、ダメだ。勉強も終わってないのに、今からデートの計画練ってどうするんだよ、僕は。もっと集中しなくちゃ」
自分の頬を両手でぱしんと叩き、活を入れた。が、学校の疲れが取れていないのか、どうも眠気に襲われて集中できない。最近、模試ばかりで正直しんどいのだ。模試よりも、模試の振り返りをする時間をください。いやマジで。
ちょっとだけ仮眠を取って、頭をスッキリさせてから勉強するか。そう思ってベッドに体を投げ出し、まどろもうとしてみた。が、どうも眠れない。
(エナジードリンクでも買いに行って、強制的に目覚めるか)
ドラッグストアで買うのが一番安いのだけれど、少し距離が遠い。10円か20円くらい高くても、家を出てすぐのコンビニへ向かうのが最短だ。行き帰りの時間を短縮すればその分勉強に時間を割けるし、それでいいか。時は金なり。
「ちょっとコンビニまで行ってくる」
「はいよ」
夕飯を作ってくれていた母に一声掛け、自転車で出発。あっという間に到着した。
そういえばここのコンビニ、しばらく前に星加さんと待ち合わせた場所だっけ。でも、まさか今日のこのタイミングで、ピンポイントに鉢合わせるなんてことはないだろうな。
と、楽観していたせいだろうか。
「……あっ」
「……あっ」
エナジードリンクが並ぶ棚へ手を伸ばしかけたところで、僕たちの視線は交差した。僕たちというのは、つまり適当に選んだ私服(古着)でふらっと外出していた僕と、同じく適当に選んだっぽいタンクトップにジャージ姿の星加さんだった。
「おお~。奇遇ですなあ」
にへら~と柔らかい笑みで、会釈する星加さん。
「井上君も、このエナドリを買いに?」
「はい。勉強のお供に」
「これ、結構効くし味も好みなんだよねえ。私も大好きだよ~。ゲーム配信のお供に最適!」
「……ゲーム配信って、眠気に耐えてまでやらなきゃいけないものなんですか?」
中にはほとんど徹夜で、ぶっ通しで十時間以上も配信を続ける猛者もいるらしいけれど、そこまでやる情熱がどこから来るのか、門外漢の僕には分かりかねる。ゲームというのは適度に遊ぶから楽しいのであって、それにすべてを捧げんばかりの勢いで遊び、勝敗に一喜一憂していたらあまり楽しくないような気がする。
百歩譲って、配信で生計を立てているプロの人ならまだしも、本人曰く「お小遣い稼ぎ」程度にやっている星加さんが身を削る必要性は感じなかった。
「たまにだけど、長時間配信もやってるよん。ああいうのって、どの動画が伸びるかはアップしてみるまで分からないからね~。色々挑戦してみてるんだよ」
「なるほど。どういう系の動画が人気だとか、何か傾向みたいなものはないんですか?」
「気まぐれに顔出ししたり、首から下だけ映したりして配信するとバズりやすかったかも~?」
「傾向が分かりやすすぎますね……」
結局皆、星加さんのタンクトップ姿を見たいだけじゃねえか! 男性視聴者諸君の、熱い下心が伝わってくるようだ。
でもまあ、気持ちは分からなくもない。かく言う僕も最初の頃は、シュレーディンガーのタンクトップ問題にずいぶん悩まされたものだ。今ではその難問も、不慮の事故によって解決されているけれど。
いい国作ろうと思っても鎌倉幕府はそんなに上手くいかなかったのに、特に何の志もなくシュレーディンガーのタンクトップの難問が解かれてしまう辺り、人生は不思議なものだ。
「確かに星加さんのルックスは大きな武器になるかもですけど、最近はネットで顔出しするとすぐ特定されますからね。実写配信はあくまでも切り札として使って、それ以外の部分をウリにした方が無難じゃないですか?」
「ふっふっふ~。甘いねえ、井上君。25歳独身実家暮らしフリーターの私に、失って困るようなものは何もない! 失うものがないから、危険な賭けにも出れるのさ」
そう言った直後、自分で虚しくなったのだろう。急にしゅんとして項垂れ、彼女はため息をついた。
「何もない……私の人生、本当に何もないよお……。あーあ、誰かお嫁に貰ってくれないかなあ。ちらっ」
「そこで僕を見るのはやめて下さい!」
僕が社会に出て働くのは、どんなに早くとも大学卒業後、すなわち5年後だ。5年間は星加さんを養えないわけだから、現実的に考えるなら、他の人をお婿さんにした方が良いのではと思う――二人でバイトして貧乏生活でも良いのならば、話は別だが。
こうして近所のコンビニで談笑していても「あっ! 配信者の○○さんだ!」などと話しかけてくる人が誰もいないところを見ると、動画投稿者としての星加さんはさほど有名ではないんだろうなと想像できる。特定される危険はほぼなさそうだ。
しかし彼女としては、いつまでも楽しいお喋りを続ける気はなかったらしい。コホンとわざとらしく咳払いすると、エナドリを二本買い物かごに入れた。
「ここはお姉さんが奢ってあげましょう~」
「すみません。ご馳走になります」
「ふふん。社会人として、年上として当然のことをしたまでさあ」
なんかドヤ顔で語っちゃってるけど、この人、ごく平均的なスペックのフリーターなんだよな……。
サクッと会計を済ませ、星加さんは僕をイートインへ誘った。並んで腰掛け、買ったばかりのドリンクを一気に飲み干す。
「その代わりにってわけじゃないけど、井上君。井上君に、前々から一つ聞きたかったことがあるんだよねえ」
「何ですか?」
おっと、予想外の展開だぞ。僕に何を聞きたいんだろう。




