49 令和の桶狭間
栞「ま、あたしは世界史選択だから、日本史のことなんてほとんど何も分からないけどね。ちなみに、好きな戦国武将は浅井長政」
僕「何で浅井長政が好きなのに日本史は知らないんだよ! 実はそこそこ詳しいだろ!」
浅井長政、良いよね。1570年の金ヶ崎の戦いのとき、織田軍に味方するか朝倉軍に味方するかで迷った末、恩義のある朝倉軍に味方した武将だ。義理堅い人というイメージがある。
栞「なぜ金ヶ崎の戦いで織田を裏切ったのか、はっきりした理由が分かっていないのがミステリアスでまた好きだわ」
僕「湯川さん、浅井長政が好きなことはよく分かったよ。でも、今からやろうとしているのは桶狭間の戦いなんだ。もうちょっとこう、雰囲気を信長っぽくだな……」
立花先生「敵はガソリンスタンドにありっ!」
僕「いや確かに信長ですけど、本能寺の変はやめて下さいよ⁉」
何で僕らが光秀側で、ガソリンスタンドに陣取ってる人たちが信長側になってるんだよ。しかもそれ、三日天下で終わるやつじゃん。
桜井先生「ええい、全軍突撃だ!」
一番日本史に縁がなさそうな桜井先生が、一番それっぽいことを言って指揮を上げてくれた。
僕たちを乗せたスポーツカーは、山の斜面を一気に駆け下りて敵の眼前へ躍り出た。給油中の敵が驚き、車から降りて迎撃しようとする。
栞「もらった!」
けれど、僕たちが攻撃動作に移る方が一瞬早かった。初心者なので皆エイムは甘かったけど、敵が二人だったのを良いことに、数に物を言わせて撃ちまくる。激しい銃撃戦の果てに、敵は倒れた。
僕「やったな。何気に初撃破じゃないか?」
回復アイテムを使用し、何発か撃たれたダメージを癒しながら僕は言う。
僕「残っているプレイヤーは半数を切ってる。この調子で勝ち進めば、ワンチャン最後まで……」
残れるかも、と続けようとして、自分の体力ゲージが残り2割を切っていることに愕然とした。なぜだ。今さっきまで、確かに回復していたはずなのに。
桜井先生「井上! 貴様、撃たれたのか⁉ だとしたら、一体どこからだ?」
立花先生「分かんないよっ! 銃声とか全然聞こえなかったし!」
わたわたしている二人を横目に、栞も青ざめている。
栞「……あたしが拾った武器の中に、『消音器』があったわ。何に使うものなのかいまいち分かってなかったけど、もしかしたら消音器を装備しているプレイヤーは、撃ったときの音を消せるんじゃないかしら。おそらく、それを使って撃たれたのよ」
桜井先生「近くに敵の気配はない。となると、やはり遠距離から、消音器付きで狙撃された可能性が高いな」
僕「とにかく、敵の居場所が分からなければ反撃のしようがない。早く車に燃料を補給して、この場を離脱しないと……あれ?」
『サトシは、狙撃銃で撃たれて死亡しました』
気づいたら体力ゲージがゼロになって、死んでいた。速やかに観戦モードに移動する。
桜井先生「よ、よくも私のヒモを。許さん!」
栞「珍しく意見が合いますね、桜井先生。こうなったら、やぶれかぶれで突撃しましょう!」
立花先生「一致団結だねっ!」
僕のリタイア後、残った三人はめちゃくちゃな方向に車を走らせ、僕を殺した犯人へ車ごと体当たりしようと試みたようだった。が、逆効果で、敵の格好の的になってしまった。撃たれまくってついに車両の限界が来たのか、スポーツカーは大爆発。
『シオリ、ホノカ、イオリは、車の爆発に巻き込まれて死亡しました』
システムメッセージが、無慈悲にヒロインたちの玉砕を知らせる。
こうして、第一回リモートデートは大敗に終わったのだった。
一回目の試合が終了し、マッチング前の画面へ5人揃って戻る。
立花先生「いやー、見事にやられちゃったねっ!」
栞「でも、悔いはないわ。井上の仇を取るため、皆で全力で頑張ったもの」
桜井先生「うむ。私たちはベストを尽くし、スポーツマンシップに則って、正々堂々と戦った。それで十分だ」
桶狭間の戦いを「正々堂々」だと主張する人も珍しい。
星加さん「……納得がいきません!!」
皆がわいわい感想を述べている中、一人膨れているスタープラスさん。
星加さん「私が車に轢かれたときは皆スルーしてたのに、何で井上君が撃たれたときは皆で仇討ちに行ったんですかあ~」
桜井先生「皆、井上のことが好きだからだろう」
至極当然といった風に、チェリーブロッサム以下略が答えた。こっちが恥ずかしくなるからやめてほしい。桜井先生、たまにストレートに愛情を伝えてくるのが普段とのギャップですごく良いと思う。
桜井先生「湯川が好きな武将・浅井長政は、朝倉氏と組んだ結果、最終的には信長に滅ぼされてしまった。何と言っても、あの信長が相手だ。不利な戦いになることは、長政自身も薄々分かっていたのではと思う。それでも最後まで信長に抵抗したのは、やはり朝倉義景と信頼関係で結ばれていたからなんじゃないか。相手が好きだから、信頼しているからこそ、人は不利な状況でも裏切らずに足掻くんだ」
星加さん「つ、つまり皆さん、私のことは好きじゃないんですね……ぐすん。あの、やっぱり今日、早退します」
桜井先生「そう思い詰めるな、星加七海。私たちは井上とはそれなりに長い付き合いだが、貴様とはまだ出会ったばかりだ。これから、いくらでも仲良くなればいい」
栞「先生の言う通りよ。よろしくお願いしますね、星加先輩♪」
皆は先日の一件を知らないのを良いことに、栞は思いっ切り猫を被っていた。星加さんを嘘の情報で脅して、半泣きにさせていた人が何を言ってるんだよ。
今回のリモートデートにしたって、星加さんを置き去りにしたのは湯川さんだもんな……。この二人が真に仲良くなるときは、はたして訪れるのだろうか。
一回目の試合はこんな感じで、まあひどいものだった。けれど、二回、三回と数をこなしていくうちに皆上達してきて、少しずつチームワークも身に付いてきた。星加さんも、「これでやっとまともな動画が撮れます~」と安堵していた。
五回目の試合で、初めてトップテンのチームに入れた。キリが良かったので、そこへお開きになる。
リモートとはいえ、こうして5人でデートしたのは初めてじゃないだろうか。まだ多少ギスギスした部分が残るのは確かだけれど、ちょっとずつ、本当にちょっとずつながら、ヒロインたちの仲が深まっていくのを感じる。
(――願わくば、星加さんの不意打ちキスみたいな事件が二度と起こらず、皆で楽しく喧嘩せずに過ごせますように)
ゲームを終えた心地よい疲労感の中、僕はぼんやりとそんなことを考えた。
今更ながら、塩分量の多いラーメンをドカ食いしたことによる、猛烈な眠気に襲われる。少し昼寝してから勉強するか。
うたた寝しているときに見た夢の中では、浅井長政と織田信長が戦っていたような気がする。




