46 二郎を食らえ
突然だが、皆さんは二郎系ラーメンなるものを食したことがあるだろうか。僕はある。
この、ある種独特な様式によって提供されるラーメンの存在を初めて知ったのは、高校一年のときだった。クラスの運動部の連中がある日、興奮気味に話していたのをたまたま耳にしたのである。
「昨日、先輩にラーメン屋奢ってもらったんだけどさ。いやー、あれ、マジでヤバかったわ。量がとにかく多いのよ」
「そうそう。もやしが山盛りになっててさー、麺に辿り着くまでにめちゃくちゃ苦労したぜ。奢りだとしてもだいぶキツい」
オーバーリアクションで語るサッカー部男子たちに、野球部も興味を惹かれていた。
「もしかして、アレじゃね。いわゆる二郎系?」
「あ、たぶんそれだわ! 先輩もそんな感じのこと言ってた気がする!」
「でも、二郎系って体に悪そうじゃね。アブラとかニンニクとかが大量にぶち込まれてるんだろ?」
「俺もネットで色々調べたんだけどさー、しょっちゅう食べなきゃ問題ないっぽいんだよ。量も自分で調節できるし、加減を間違えなければ大丈夫っしょ!」
「そ、そうか。俺も今度行ってみようかな」
「てか、俺らもまた行きてえわ。野球部の人らも誘って、皆で行くか」
「決まりだ」
会話を聞いていた僕も内心、「決まりだ」と思った。未知の世界との遭遇に、否が応でもテンションが上がる。もっとも僕はぼっちなので、行くとしても一人で行くわけだけれど。
帰宅してすぐ、僕は我が県の二郎系ラーメン店についてネットで調査した。残念ながら我が県ではまだまだ二郎系が定着しておらず、店舗数は相当限られる。しかし、だからこそ、クラスメイトらが行ったという店を特定するのも容易かった。
店の公式SNSや、口コミなどを閲覧。おお、何だこれは。僕の知っているラーメンじゃない。尋常でない量のもやしの上に背脂がかかっている様は、もはや芸術の域に達している。ニンニクをこんなに入れて大丈夫なんだろうか。チャーシューは厚切りで美味そうだな。などと考えているうちに、どうしようもなく行きたくなってしまった。
十分にリサーチしたのち、同級生がまだ部活中で、物理的にラーメン屋に行けないタイミングを僕は見計らい、お忍びで問題の二郎系ラーメン店へ出かけていった。こういうとき、帰宅部だと時間の融通が利いて便利である。
空いている時間帯を狙ったので、ほとんど並ばずに入店できた。まずは、券売機での食券購入。初心者が大盛りを頼むのは危険だと予習してきている僕は、迷わず「小ラーメン」を選択した。
ある程度食べ慣れている人であっても、初めて行く店で大盛りを頼むと予想外の量が出てきて撃沈することもあるので、初心者や初見さんは小サイズで試してみるのが無難らしい。
ちなみに、僕がそのとき行ったのは、あくまで「二郎系」であって、直営店のラーメン二郎ではない。理由は詳しく知らないけれど、関西圏には直営店がほぼないんだとか。
直営店は店員さんが怖いところもあると聞く。正直ビビりながら入店した僕だったけれど、ここの店はどうやら接客が良さそうだ。終始、ニコニコしている。
カウンター席について待つこと数分、「ニンニク入れますか」と声を掛けられる。そう、このタイミングが最重要。うっかり「はい」とだけ答えると、トッピングの量がほぼ無調整のラーメンがお出しされるからだ。ヤサイ、アブラ、ニンニクなど各種トッピングの分量をどうするかについても、このときに伝えておかないといけない。ローカルルール的なやつみたいだ。
「ヤサイ少なめ、アブラでお願いします」
はたして、予習した内容通りに僕はオーダーした。
よし、これで完璧。どれくらいの量のもやしが出てくるか分からないため、ヤサイは様子見で少なめにした。チキンだと言われるかも知れないけれど、迂闊に「ヤサイマシマシで!」などと注文して食べきれずに残してしまうよりはマシだ。マシマシだけに。
我ながら面白くないジョークである。高校一年時の僕のギャグセンスは、まだまだキレが足りていない。
アブラは単純に美味しそうだったから足してみた。翌日も学校があるので、口臭を気にしてニンニクはなしで。考え抜いた最適解をオーダーすると、ほどなくして、ちょうどいいくらいのボリュームの二郎系ラーメンが提供された。ちょうどいいと言うのは、さほど大きくない僕の胃袋でも完食可能という意味だ。
初の二郎系ラーメンを記念して、ラーメンの全貌をスマホのカメラでパシャリ。手を合わせ、さっそく食べ始めた。……うおっ、美味い。今までに食べたことがない、それでいて想像以上に美味い味だ。やみつきになりそう。スープやアブラがしみ込んだもやしって、こんなに美味いものなのか。スープもなんか独特だな。豚骨や醤油といった一般的なラーメンのスープの味とは一線を画す、どうやって作っているのかよく分からないけどとにかく美味いスープ。どうしよう、さっきから「美味い」しか言ってない。あまりに劇的な味で、僕の舌も言語中枢も馬鹿になっているんだろうか。
と、まあ、いつまでもダラダラと食レポをしていると「あーあ、また井上悟が地の文だけで何ページも使ってるよ」と思われそうなので、この辺にしよう。とにかく、めちゃくちゃ美味いことだけ伝わればそれで構わない。
この初二郎系ラーメンが衝撃的すぎて、僕はすっかりはまってしまった。一緒にラーメンを食べに行く友人もいないのに、隠れラーメンオタクを気取り始め、遠出する機会があれば必ずご当地のラーメンを食した。
色々食べてみたけれど、特に印象的だったのは京都のラーメンかな。九条ネギがたっぷり入った黒っぽいスープのラーメンと、魚介系スープのラーメンの二種類を、修学旅行のときに食べ比べた。どちらも美味しくて、京都ならではの味わいだと感じた。この味は京都以外ではなかなか体験できない。
あとは、徳島で食べた醤油ベースのもなかなか良かった。僕が行った店がたまたまそうだっただけかもしれないけれど、生卵のおかわりが無料という非常に珍しいサービスを行っていて、コスパ最高だった。家系ラーメンでライスおかわり無料なのはよく見かける(この系統の店も我が県にはあまりないが)けど、生卵が無限に食べられるのは相当レアなんじゃなかろうか。この物価高の時代によく頑張っている。あの徳島のラーメン店だけは、何があっても絶対に潰れないでほしい。
ただ、他県のラーメンを味わった後でも、しばらくすると「また二郎系を食べたいな……」と思ってしまうのが問題だった。要は、二郎系中毒である。食べ終わった直後は「うわー食べ過ぎた、しばらくは何も食べられない! 当分は二郎系には行かない!」と強く誓うのだけれど、一週間もすればまた二郎系を食べたくなってしまう。
バイトをほとんどしていない高校生の小遣いで、毎週二郎系に行くのは少々キツい。二郎系中毒になってしまった僕は、禁断症状に耐えつつ、何とか月に一回程度のラーメン屋通いで己の心を鎮めていた。
で、ここからが本題。
僕が二郎系ラーメンに通っていたのは、立花先生の指導が始まる前のことだ。始まってからはそれまでよりも口臭を気にするようになり、僕は「受験が終わるまでは二郎系を封印する」と決めた。たとえニンニクをほぼ入れなかったとしても、独特のスープの匂いが残ってしまう場合もある。そして立花先生は僕のすぐ隣に立って教えてくるから、近距離だとちょっとした匂いが伝わりやすいのだ。
立花先生の個別指導を受け、湯川栞を一週間ほど家に泊め、桜井先生が教育実習に来て、配達員の星加さんと知り合って。実に様々なことがあった。僕はその間、実はずっと口臭や体臭を気にして、二郎系ラーメンに行くのを我慢していたのである。
「……だ、ダメだ。もう我慢できない!」
しかし、ついに限界が訪れた。自室で一人、頭を抱えて唸る僕。
一時期、動画サイトでラーメンを食べる人の動画ばかり見ていたせいで、おすすめ動画には連日のようにラーメン関連が出てくる。ついついそのおすすめを眺めていると、壮大な飯テロを食らい、どうしてもまた二郎系に行きたくなってしまうのだ。受験勉強もいよいよ大詰めで、勉強のストレスがそれなりに溜まっているのも一因かもしれない。たまには、頭を空っぽにしてドカ食いしてみたいものだ。
やはりこの欲求に逆らうことはできない、と情けない確信を得た僕は、ヒロインたちとのトークルームに謝罪文を投稿した。
僕「すみません、皆さん。僕は今週末、どうしても二郎系ラーメンを食べに行きたいんです。けれど、そうすると翌日まで口臭が残ってしまうから、皆とデートすることはできません。したがって、大変申し訳ないのですが、今週のデートはお休みさせていただいてもよろしいでしょうか?」
栞「ダメよ!」
速攻で却下されてしまった。こいつ、僕が何か案を出すと大体すぐに反対してくるな……。




