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43 嘘つきは泥棒猫への仕返し

 昨日の鹿之島の一件について、昨夜、僕はベッドの中で熟考していた。

 結論として、キスされたこと自体や、僕の純潔云々はさほど大きな問題ではない。が、やはりキスされたシチュエーションが大問題だったと思う。

 いや、もちろん僕の純潔だって十分大事なことではあるのだけれど、僕はうぶな女の子ではない。「ふええ……ファーストキスを奪われちゃったよお……」と、しくしく泣くようなキャラではない。まあ、それはさておき。

 これがもし、僕と星加さん二人きりのデートだったならば、別にいつキスされたって構わない。彼女の言うラッキースケベ的展開として処理しよう。けれども、立花先生も加えて三人で出かけている最中に、立花先生の目を盗んでの騙し討ちのようなかたちでキスされたのはまずい。せっかくヒロイン同士に仲良くなってもらおうと思って企画したのに、これでは逆効果になりかねない。



「ワンチャン、立花先生との関係を進展させる起爆剤になるかもしれない」と考えて今回星加さんを呼んだのに、まるっきり貢献してくれなかったな……。何なら星加さんの方が進展させに来ている。

 さて、目下の課題は、このことを誰に相談すべきかである。

 立花先生へすぐに伝えるのは、ショックが大きすぎるだろうから避けた方が良い気がする。となると、栞か桜井先生だ。

 恋愛経験がより豊富そうな湯川さんが、今回は適任なんじゃないかな。確かに彼女は性格に難アリだけれど、口は堅いし信頼できる。

 というわけで、僕は栞へアプリでメッセージを送り、事情を説明した。


僕「助けてくれ、湯川さん。星加さんに唇を奪われてしまった!」

栞「死ねバカ」

僕「誤解だ! これには訳がある!」 

 僕の伝え方にも語弊があったのは認めるけど、性格と口の悪さが思いっ切り出ていた。

栞「ふーん。遺言なら聞いてあげてもいいわよ」

僕「僕が聞いてほしいのは説明だ。遺言じゃない。何が悲しくて、齢18歳で遺言を残さなきゃならないんだよ」


 どうにか説明を終えると、栞は少し考え、「分かったわ」と返してきた。


栞「あたしに考えがある。任せときなさい!」



 翌週のデートは、僕と栞と星加さんの三人で行くことに決定した。

 立花先生と島へ泳ぎに行ったときに待ち合わせたのと同じ駅で、合流。打ち合せ通り、僕と栞は約束の時間の30分前には改札前に着いていた。


「わあ、二人とも早いね~」


 10分前になって、星加さんも現着。栞へ軽く挨拶すると、それとなく僕の方へ顔を近づけてきた。


「……井上君。この間の件、他の女の子には言ったの?」

「立花先生と桜井先生には話してませんよ。言えるわけないじゃないですか」

「うんうん。そうだよねえ。これで私たち、共犯のままだね~。いやあ、私もずるいことしちゃったなあと反省してるんだけど、4番手でスロースターターな私が勝機を掴むには、少々強引な方法も使わないとダメかなって……え? え、井上君、今何て?」


 ゆるふわな笑顔が刹那、引きつった。


「だから、立花先生と桜井先生には話してませんって」

「つまり?」

「あ、もう湯川さんにはバラしましたよ。さっき、星加さんを待ってるときに」

「うぎゃあああああっ⁉」


 悲鳴を上げて、頭を抱える星加さん。パッと栞へ振り向くと、彼女は意地悪な笑みで獲物を迎え入れた。



「え、えっと、湯川ちゃん?」

「井上とキスしたんですね、星加先輩」

「は、はい……」


 7歳下のJKに対して恐縮しているフリーターの姿が、そこにはあった。


「ゆ、湯川ちゃん、怒ってるよね。私が勝手にこんな、抜け駆けみたいなことしちゃったから。ごめんなさい。本当にごめんなさい!」

「怒ってるだなんてとんでもないです」


 星加さんは今にも土下座しかねない勢いだ。一方の栞は、シチュエーションに対して不自然なほど柔和な笑顔で応じている。


「あたしはただ、歓迎しているんですよ。星加先輩がようやく、真の意味で、あたしたちの仲間に加わってくれたことを。それがたまらなく嬉しいんです!」

「……??」


 はてな、むむむーん、と星加さんは首を傾げる。どうでもいいけど効果音がいちいち可愛い。


「えっと、すみません。一体どういうことですか? 私、湯川ちゃんが何を言おうとしているのか、いまいち分かってないんですけど」

「それじゃ、馬鹿にも分かるように説明してあげるわ!」


 得意げに胸を張り、栞はしれっと星加さんをお馬鹿呼ばわりした。

 こいつ、一応彼女のことを「先輩」付けで呼んでるけど、心の底では一ミリの敬意も抱いていないに違いない。きっと「いい歳して実家暮らし&フリーターだなんて、惨めな人生ね。あたしはあんたみたいな大人には絶対ならないわ。なってたまるもんですか。立花先生と桜井先生は教師だけど、あんたはただの反面教師よ!」とか思ってるんだろう。



「星加先輩。あんたもしかして、井上とキスしたからあたしたちを一歩リードできた、とか思ってるんじゃないでしょうね?」

「ふえ?」


 とうとう「あんた」呼びである。何て奴だ。

 ペーパーテストでそこそこ点は取れるけど性格が腐っている高校生、つまり湯川栞みたいな人間を入試で落とせないのが、日本の大学入試制度の欠陥であるように僕は思う。彼女、先生の前で猫を被りまくった結果すごくウケが良いらしく、成績は中の上でずば抜けてはいないが、内申点だけなら有名私大の指定校推薦を狙えるレベルらしいのだ。解せぬ。


「馬鹿じゃないの? キスくらい、皆してるわよ」


 言うが早いか、栞は僕の肩を掴んで自分の方を向かせた。それから背伸びして、僕と唇を重ねた――ように見せた。

 さすがは名女優、湯川栞の演技である。唇が触れる直前で寸止めし、「実際にはキスしていないけれど、少し離れた位置から見ればいかにもキスしているように見せる」ポーズを取ってみせた。



「な、なっ……」


 見ている星加さんの方が恥ずかしくなったようで、「何してるのお⁉」と叫び、僕たちを引き剥がした。


「まだ昼間だし、人通りだってあるのに、こんなところでキスしたらダメでしょ⁉」

「えー? だって、あたしたちそういう関係だもんね? ねえ、井上」

「ああ。これくらい日常茶飯事だ。この間なんか、渋谷のスクランブル交差点でベロチューしたもんな」

「さすがにそこまではしてないわよ!!」


 おっと、栞に軽くビンタされてしまった。向こうも、僕のアドリブに笑いを堪えている。


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