42 危険な共犯者
顔を離した彼女に、僕はまくし立てた。
「質問に答えないどころか、こんな騙し討ちのような形で僕の純潔を汚すとは。楽しかった鹿之島デートが最悪の終わりを迎えようとしてるじゃないですか! どう責任取るんですか!」
「純潔って……」
一方の星加さんは、僕が貞操観念を持ち出したことで若干引いていた。
「いやね、井上君。これがもし男女逆だったら、セクハラだとか何とか言われても仕方ないかな~って思うよ? けど、井上君って男の子じゃん? 男の子って皆スケベなところあるじゃん? だからこれも、ラッキースケベとして処理してくれないかなあ。なんちゃって」
「そういう感じのツッコミを期待して、ツッコまれることで多少場の空気が明るくなることを期待してあえてボケてみたのに、ガチでドン引きされたら意味ないじゃないですか……。僕の努力を無に帰さないで下さいよ」
どんな局面でも希望を捨てないのが、僕の数少ない長所だ。一応これでも毎週毎週立花先生の指導を受けて、少しずつ真人間になろうと、ひねくれた性格を矯正しようと頑張っているのだ。
「まあ、そうですね。感想としては、キスって思ったより気持ちよくないんだなって感じですかね。唇と唇がフニフニしてるだけじゃないですか。何なんですか、これ。世のカップルは、こんなしょうもない行為を一生懸命にやってるんですか? 馬鹿なんじゃないですかね」
「めちゃくちゃひねくれてる~⁉」
さしずめ、立花先生を出し抜いて僕と急接近するつもりなのだろうが、そうはいくか。正直星加さんとのキスは新感覚で痺れたけれど、受けた衝撃をおくびにも出さず、思いっ切り酷評してショックを与えてやる! どうだ、参ったか!
などと考える僕は、あまり性格が矯正されていないのだと思う。
「まあ、キスをラッキースケベ扱いにするか、キスが快感だったかどうかはどうでも良いんですよ。問題は星加さん、なぜあなたがこんなことをしたのかです」
「キスしたかったからで~す」
「そんな理由で納得できるか!」
シリアスパートに突入したかと思ったら、やはりギャグが始まってしまった。
「めんごめんご。真面目に答えるとねえ……責任を取ってもらおうと思ったからかなあ」
「責任?」
「うん」
「何の責任ですか?」
「……わ、私のおっぱいを触った責任だよ!」
ごにょごにょと、恥じらうように呟く星加さん。そんなに思い詰めていたとは。めんごめんご。やはり、あのとき切腹すべきだったかしら。
「実を言うとね。私、最初に井上君に近づいたときは、井上君のこと別に好きじゃなかったの。今まで、年下の男の子をあまり意識したことがなかったから。死んだ元カレに似てるってのも、嘘。井上君が素直で可愛いから、からかってみたかっただけだったの」
「えっ、この僕が、井上悟が『素直で可愛い』……? 失礼ですけど、星加さんの目は節穴ですか?」
「失礼だよ普通に!!」
怒られてしまった。
「井上君は自覚ないのかもしれないけどさ~、君って何ていうかこう、女の人の母性本能をくすぐる要素を持ってる気がするんだよねえ。だから、色んな人から好意を寄せられてるんじゃないかなあ」
「ふーん」
「真面目に聞きなさ~い⁉」
「で、何ですか。つまり星加さんは、あのとき偶然にも僕に胸を揉まれたがゆえに、ついでにキスもしちゃえと思ったわけですか? まるで痴女ですね」
「だいぶ語弊があるねえ」
むむーん、と悩ましげな表情を垣間見せる星加さん。
いや、痴女だと言われたことは否定しないのかよ。むしろそこは否定してほしかったのに。積立おっぱいを推奨する桜井先生に続いてキス爆撃の星加さんまで爆誕してしまったら、僕を取り巻く人間関係はだいぶカオスになってしまうぞ。
「ええとね。井上君におっぱいを触られたとき、私、初めて君のことを異性として強く意識したの。手の力も私より強いし、血管浮き出てるし、なんか体全体がゴツゴツして硬い感じだし。やっぱり、男の子なんだなって。そしたら私、何だか急に……井上君のこと、すっごく意識しちゃって」
今までで一番の恥じらいを見せる星加さんは、もう耳まで赤くなっていた。
「それで、好きになっちゃったと?」
「うん。さっきのキスはねえ、初めはそんなつもりじゃなかったんだけど、衝動的に体が動いちゃったの。我慢できなくって」
「事情は分かりましたけど、自分の気持ちを伝える前にキスするのは違う気がしますよ。普通、逆じゃないですか?」
「それは、うん。ごめんね」
急にしゅんとされると、何だか僕の方が申し訳なくなってくる。
「こうなったら私、もう切腹するしかない……」
「やめて下さいよ!」
奇しくも、僕が不慮の事故でシュレーディンガーのタンクトップ問題を解決したときと、互いの立場が逆転していた。
「ただいまっ! 島の自販機は割高だったねっ!」
そこへ立花先生が戻ってきた。
「おかえり~」
何事もなかったかのように僕から離れ、星加さんは彼女を迎える。大した役者だ。
僕の側から体を離す間際、星加七海は囁いた。
「――これでまた、『共犯』だねえ」
共犯。
図らずもおうちデート的なことをしてしまった件は、既に他のヒロインたちへ報告済み。僕と星加さんとの間の秘密は、ついうっかり手が滑って胸を揉んでしまったことだけのはずだった。
しかし今、星加さんとのキスがそこに追加された。よりによって、立花先生が席を外しているタイミングを狙ってのキス。本人は「衝動的にやってしまった」と供述しているけれど、はたしてどこまで信用できるか。元カレのくだりが嘘だったように、一定量の嘘を織り交ぜている可能性は否定できない。
当初、デリバリーのバイトをしている星加さんへ相談事を持ちかけたのは、僕とヒロインたちとの関係性を改善するためだった。確かに、星加さんの知恵を借りることで前進できた部分はあると思う。けれども、その星加さんも第4ヒロインとして恋愛に参加してきたし、さらには抜け駆けめいた行為もしている。タンクトップノーブラ事件はあくまで事故だとしても、今回のは明らかに意図的だ。
星加七海は、次にどんな行動を起こすのか予測不可能だ。不確定要素を抱えたまま、僕とヒロインたちとの交際は続いていくことになる。それはさながら、いつ爆発するとも分からない時限爆弾を抱えて歩き続けるようなものだった。爆発すれば、僕だけでなく立花先生たちも傷を負う。
何も知らない立花先生が無邪気に話しかけてくるのに相槌を打ちながら、僕の心の中には不吉な暗雲が立ち込めていた。
※追記
次回の更新が少し遅れそうです。申し訳ございません。