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41 略奪の口づけ

「あーっ! 星加ちゃん、抜け駆けは良くないよっ。私も反対側の腕を絡める!」

「立花先生、気持ちは分かるんですけど落ち着いて下さい! それをやっちゃうと、周りからの好奇の視線を免れません!」


 あまり人気のない島ではあるものの、土曜日の昼過ぎとなればちらほらとカップルや家族連れの姿が見られる。無駄に注目を集めるのが僕は嫌いだ。


「ほら、星加さんも。立花先生が膨れてますから、ほどほどにして下さいよ」

「分かったよん。じゃ、また今度、二人きりのときに続きをしようね~」


 腕を絡める行為の「続き」って何なんだろう。手を繋ぐとか?

 ひとまずヒロイン同士の対立を収め、僕たちは鹿が飼育されているところへ向かった。策の向こう側に、何匹かのキュウシュウジカの姿が見える。小柄だけど元気そうだ。



「わーい、鹿だっ! 鹿、可愛いねっ!」

「そうですね」


 小学生みたいな感想を漏らしてはしゃいでいる立花先生に、相槌を打つ。


「私とどっちが可愛い?」

「いやもちろん立花先生ですけど、急に何ですか⁉ 怖いですよ!」


 ひょっとして、さっき星加さんが抜け駆けしようとしたから拗ねているのだろうか。だとしたら可愛いな。


「井上君、鹿は可愛いものだねえ」

「……星加さん。先に言っておきますけど、星加さんの方か鹿より可愛いですよ」

「え~、何でバレたの⁉」

「この流れでバレないわけがないでしょうが!」


 立花先生のを真似しようとしてるのが丸分かりなんだよ。

 一通り鹿を眺めて、海岸を散歩する。今日は水着は持って来ていないので、本当にただぶらぶら歩くだけだ。本当は島の周囲を一周できる遊歩道もあるのだけれど、土砂崩れか何かあったのか、現在は一部が通行止めになっていて裏側まで行けない。



「せっかく来たので、恋人の聖地とやらにも行ってみましょうか。展望台の近くに撮影スポットがあるんでしたよね」


 僕の提案で、3人で山を登ることになった。正確には小高い丘だけど、ところどころで野生の鹿が出没するのを丘と呼んで良いのか、僕には分からない。ついこの間も、栞と桜井先生と3人で松浦城に登ったばかりだ。どうやら僕たちは山に縁があるらしい。

 でも、あのときよりも今回は、人間関係的に少し楽なんじゃないだろうか。いつもツンツンしていて誰にも懐かない栞、良くも悪くもデートプランが強引な桜井先生に比べれば、誰とも仲良くできて天真爛漫な立花先生、基本ゆるふわ系の星加さんは喧嘩とかしなさそうに思える。おそらくこの4人のヒロインの中で、一番平和な2人だろう。平和が一番。

 30分ほど登っただろうか。やっと開けたところに出た。


「まあまあ歩きましたね……」

「うんっ……」

「思ったよりアクセスが悪い恋人の聖地だねえ」」


 さすがに疲れた。それは二人も同じようで、タオルやハンカチで汗を拭き拭きしている。

 でも、しんどい思いをして登った甲斐はあった。展望台からの景色が素晴らしかったからだ。

 360度のパノラマで、鹿之島全体が見渡せる。通行止めになっている遊歩道周辺の景色も見えるし、今しがた登ってきた登山道も見える。島を取り巻く、青々として雄大な海も一望できる。その向こうに広がるのが、僕たちが住む街だ。電車の本数は少ないし何なら普通に田舎だけれど、僕らなりの愛着を持って生まれ育ってきた、何だかんだで愛すべき街だった。

 桜井先生じゃないけれど、やっぱり自然の雄大さを目の当たりにすると、人間はちっぽけだと感じる。立花先生も星加さんも何か感じ入るところがあったようで、皆、しばし言葉を失って景色に見入っていた。


「これが撮影スポットですかね?」


 右手に吊り下がっている、小さい鐘のような物体を指差す僕。


「幸せのベルって書いてありますけど」

「きっとそうだよっ! 皆で一緒に鳴らそう!」

「いいね~」


 満場一致だった。

 僕らは肩を寄せ合ってベルの前に並び、手を重ねた。そして重ねた手で、ベルから伸びる紐を左右に揺らした。りんごんりんごん、と心地よい音色が響く。

 ああ。確かにこれ、幸せな気分になるな……。



 来た道を戻って、山を下りた。


「喉乾いちゃったっ!」


 持参した水稲の中身が空になったらしい立花先生が、残暑の厳しさと登山のハードさに音を上げた。


「私、自販機で何か買ってくるね。確か、船着き場の近くにあったと思うからっ!」

「いえ、僕行きますよ」

「何のために、私が井上くんのご両親からバイト代を巻き上げてると思ってるのかなっ? こういうときに、年上としてご馳走してあげるためだよ!」

「気持ちは嬉しいですけど、『巻き上げてる』って言い方はないでしょう! どういう言い間違えなんですか⁉」


 おかしいな。立花穂乃花大先生は、国語を担当している家庭教師のはずなのだけれど。なぜこんな初歩的なミスをするんだ。


「あっ、ごめん間違えたっ! 『頂いてる』だった!」

「『てる』の部分しか合ってないじゃないですか。絶対わざとでしょ!」

「わざとじゃないもーん」


 じゃあ行ってくるね、と手を振り、立花先生は歩き出してしまった。残された僕と星加さんは手持ち無沙汰になり、海岸のすぐ近くのベンチで少し休憩することにした。

 よし、良い機会だ。立花先生が離席している今のうちに、星加さんへ質問しておこう。



「あの、星加さん。そろそろ、前にはぐらかされた質問の答えを聞いてもいいですか?」

「ええ~? 私、何かはぐらかしたっけ? 体重? 血液型? それとも、今までに殺した人間の数?」

「そんなことは聞いてないですし、星加さんがシリアルキラーという説はやめて下さい!」


 あまりにも超展開すぎるだろ。

 けど、設定が奇抜すぎて、一周回ってアリかもしれない。「ヒロインがシリアルキラーだった件」みたいなタイトルのラノベが本屋に並んでいたら、興味を惹かれて立ち読みしてしまうかも。面白いのかどうかは知らんけど。


「とぼけないで下さい。なぜ僕のことを好きになったのか、その理由を教えてほしいと言っているんです。死んだ元カレに似てるなんて嘘は、いい加減にやめて下さいよ?」

「も~。分かったよお」


 不承不承、星加さんは頷く。それから、実に自然な所作で、スッと僕の隣へ距離を詰めてきた。


「でも恥ずかしいから、小声で言わせて? 耳元で……」

「良いですよ、それくらい」


 照れている星加さんには逆らえない。僕も首を縦に振った。

 もし、今日の彼女がタンクトップだったなら、このときに僕の理性はどうにかなっていただろう。何と言ってもノーブラなのだ。あのおうちデートのとき、シュレーディンガーのタンクトップ問題は解決されてしまったのだから。しかしダウナー系コーデなので、動揺せずにいられる。


「……んっ」


 動揺せずにいられる、と思っていたのだけれど。



「なっ⁉」


 さすがの僕も、耳まで赤くならざるを得なかった。当然だ。 

 星加さんは嘘をついた。顔を近づけた後、耳元で秘密を囁くのではなく、僕の唇を奪ったのだから。


「何を……何をするんですか、星加さん!」


 要するに星加七海は、立花先生が飲み物を買いに行った隙に、僕を騙してファーストキスを略奪したのである。


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