40 今は君がいる
今回の行き先は、「鹿之島」という。その名の通り、飼育されているものも野生のものも含め、キュウシュウジカが多数生息している。鹿がたくさんいると言うと奈良公園みたいなのを思い浮かべるかもしれないけれど、キュウシュウジカは警戒心が強いので、あんなに人懐っこくはない。
僕は電車を乗り継ぎ、フェリー乗り場に到着した。約束の時間の15分前だけれども、星加さんはもう来ている。立花先生はまだらしい。
良かった。今日も安定のダウナー系衣装だった。もしタンクトップにジャージだったら、いくら人通りの少ない島だとしても少し目立ってしまう。
「お待たせしました」
「ううん、今来たところ~」
ダウト。もし僕が少年探偵団の一員だったら、「あれれ~? おっかしいぞ~?」と疑問を呈していたレベルの嘘だ。
このフェリー乗り場の最寄り駅への電車は、1時間に2.3本しかない。つまり、「5~10分前の電車に乗って来ちゃった! てへぺろ!」で済む話ではなく、30分くらい前の電車に乗らない限り、僕よりも先にフェリー乗り場へ到達することは不可能なのだ。
「いやあ、親に車で送ってもらったんだけどねえ。『用事があるから、あんた早めに家出てくれる?』って言われるがままに送迎されて、5分ほど前に着いちゃったの」
「あ、電車じゃなかったんですね……」
まあ、車社会だしな、田舎は。1時間に2.3本しかないめっちゃ不便な電車を利用するくらいなら、車の方が良いに決まっている。
しかし5分前に送迎してもらったということは、確率的には、僕が駅からフェリー乗り場まで歩いてくるまでの間に、星加さんの親御さんの車とすれ違った可能性はある。鹿之島周辺は本当に田舎で、通行人どころか車とすれ違うことすらも割とレアなので、僕が今日すれ違った車は数台しかいない。あのうちのどれかに、星加さんのご両親が乗っていたのだろうか。わけもなく緊張する。
何はともあれ、合流できて良かった。立花先生が来るまでは星加さんと雑談でもしていようと、僕は話題を振る。行きの電車の中で考えた、僕の素晴らしい販促計画についてでも熱弁を振るってみよう。
「星加さん、ご当地ヒーローって知ってます?」
「物語のメインキャラクターだけど、『理想が高い』『勇気がある』『道徳的である』といったヒーローとしての特徴が欠けているやつ~?」
「それはアンチヒーローですね」
「地域おこしに貢献する、可愛い着ぐるみを着たやつだっけ?」
「それはご当地キャラですね。ゆるキャラとも言います」
どんどん遠ざかっていく気がする。
ご当地ヒーローの例を軽く紹介した後、僕は自分の考えたご当地ヒーローのロボについて、とりわけセトナイカイオーについて熱く語った。
「……という感じに売りだしたら大ヒット間違いなしだと思うんですけど、どうでしょう?」
「うむむ」
星加さんは小首を傾げた。
「でも、ご当地ヒーローって一人で戦うやつが多いよねえ。5人も6人もキャストを揃えて合体するのは、無理があるんじゃないかな~? 制作側からしたら、人件費が数倍になるのってキツいじゃん?」
「うっ」
確かにそうだ。星加さん、普段はのんびりしている風なのに、たまに正論を言う。
それによくよく考えたら、僕が提唱してる販促方法、本家のスーパー戦隊の売り方をパクッてるだけだもんな……。パクリは良くない。オリジナリティーを大事にしなくては。
「お待たせ~っ!」
立花先生がフェリー乗り場へ駆けてきて、この不毛な話題は中断された。
今日の服装は、カーキ色のノースリーブワンピース。以前、体育祭のときに着ていたのとたぶん同じのだろう。相違点は、今回は麦わら帽子を被っていることか。よく似合っていて良いと思う。
今回は制服姿ではない。本人的に、あの格好は僕以外の人にあんまり見られたくないらしい。
「電車から降りたときに井上くんっぽい背中を見つけて、追いかけてきたよっ!」
「同じ電車だったんですか⁉ 気づけなくてすみません!」
田舎の電車なので、車両の数が少ない。その数、今回は2両編成。ひどいときは1両だけのこともある。2両しかないのに気づけなかった辺り、自分の視野の狭さを猛省する。……まあ大方、セトナイカイオーの妄想に夢中になっていたからだろうけども。いい歳して何をやってるんだ、僕は。
「じゃ、とりあえず行きましょうか」
「うんっ!」
「は~い」
3人仲良く、フェリーのチケット売り場へ。
鹿之島へのフェリーは片道3分、あっという間の旅だ。距離的にはそんなにないのだkれど、この辺りは潮の流れが早く、泳いで渡ろうとすると流されて危険らしい。実際、僕の祖父が若い頃に泳いで渡ろうと試みた結果、危うく溺れるところだったと聞く。昔はやんちゃだったのかな、爺ちゃんも。
運賃はさほど高くないので、命が惜しければ大人しくフェリーに乗るべし。
出航して間もなく、島が近づいてきた。ん? 何だあれは。船着き場に、「恋人の聖地 鹿之島」と書かれた旗が乱立しているではないか。
「立花先生、鹿之島はいつから恋人の聖地になったんですか? 僕が小さい頃に来たときは、こんなのなかったと思うんですけど」
「割と最近だねっ! ほら、とりあえず恋人の聖地に認定しておけば、雑に観光客やカップルを呼び寄せられる的なところあるから!」
「身も蓋もない言い方⁉」
そうか、鹿之島は恋人の聖地だったのか。そうとは知らずに二人を連れて来てしまった。
「確か、島の中央にある小高い丘みたいなのを登ったところに展望台があるんだよね~」と星加さん。
「その展望台に、カップル向けの写真撮影スポットがあったはずだよん」
「へえ。詳しいんですね」
「まあね~。カラオケバイト時代に、元カレと行ったことあるから」
おっと。ここで新情報だ。星加さんの恋愛遍歴が唐突に語られたぞ。
全然未練なさそうに話していることから察するに、「死んだ元カレに似てるから井上君のこと好きになっちゃった」ってくだり、絶対嘘だろ。まあ十中八九嘘だろうとは思ってたけども。
フェリーが停泊した。両サイドに「恋人の聖地」の旗が並ぶ中、僕たちは船から降りていく。
「ま、あいつ、付き合いだしてすぐに暴力振るおうとしてきたから、速攻で別れたけどねえ。むふ」
「サラッと重い話しますね……。何というか、大変でしたね」
「ううん、全然平気~」
にまにまと幸せそうに笑って、星加さんは不意に僕へ駆け寄り、腕を絡めてきた。
「だって、今は井上君がいるもん!」
「ちょ……」
不意打ちにやられた。かあっと頬が熱くなるのを感じる。