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38 短所は長所

「僕を今日ここに呼んだのは、この前のお礼がてらって感じですか?」

「それもあるが、トークルームの件もある」


 スーツのポケットからスマホを取り出し、トーク履歴を眺める桜井先生。


「おそらく貴様は、私たち4人のヒロインの仲を現状よりも深めたいのだろう? 先日、私と湯川が普段よりも親しくしているのを見て、『これならいける』とでも考えたのかもしれんな。実際、悪くない案だと思う。貴様にしては上出来だ」

「全部お見通しみたいですね。さすがです。……まあ、目下の問題は、星加さんが僕の案に乗ってくるかどうかなんですけど」


 あの人、何を考えているのかいまいち分からないからな。栞も相当な曲者だけれど、ひょっとすると一番扱いが難しいのは星加さんという可能性すらある。



「ところで、僕からも桜井先生に伝えたかったことがあります」

「ん。何だ? 愛の告白をするには、適したシチュエーションではないように思うが」

「違いますよ!」


 なぜ真っ昼間の進路指導室で愛を叫ばなくちゃいけないんだ。


「こうやって皆の絆を深める方針でいくと、僕とヒロインとの親密度よりも、ヒロイン同士の親密度の方がどうしても優先されるわけであって。それはすなわち、もしかしたら、桜井先生の実習期間内に全てに決着がつかず、結論が出せなくなる可能性があるということです。それでも大丈夫ですか?」

「私なら構わん」


 僕と割と本気で心配していたのだけれど、即答だった。


「こうして学校で井上の顔を見れなくなるのは寂しいが、卒論があるとはいえ、週1日程度のデートなら勉学の妨げにはならん。逆に、井上が私の大学へ遊びに来たって良いしな。オープンキャンパスがてら」

「ちなみに、桜井先生ってどこの大学でしたっけ?」

「県立教育大だ」

「僕は私立専願で松浦大志望なので、それはオープンキャンパスに行く体を成していないのでは……? 教員になるつもりもないですし」


 進もうとしている道が全然違うじゃないか。

 実際、教員は採用試験に受かるのに一苦労だし、採用されても部活の指導やら何やらで残業ばかりだと聞く。僕の従姉妹は徳島県で小学校の先生をしているのだけれど、近年はモンスターペアレントへの対応も大変で、激務だと語っていた。なるべく楽をして生きるのが僕の信条なので、教員にはなりたくない。



「大学生活ってこんな感じなのか、と肌で感じるだけでも良い刺激になると思うぞ。気が向いたらいつでも来てくれ」


 断られてもまるで気落ちせず、桜井先生は微笑した。


「井上は松浦大を志望しているのだな。担当しているクラスの者の成績にはざっと目を通しているが、貴様の成績はこのところ伸びてきている。立花先生の指導が始まった辺りから、文系科目が顕著に伸びているようだ。頑張ったな」

「いや、それほどでも。先生の教え方が上手いだけですよ」


 褒められると照れくさい。

 謙遜でも何でもなく、先生のおかげなのは事実だ。最初の頃は、授業が始まると僕がしょうもない雑談をして時間を取りまくっていたっけ。



『よしっ。今日は日本史の授業の初回だね!』

『どこの範囲をやるんです?』

『人類誕生からっ!』

『つまり、アダムとイブが禁断の果実を食べて原罪を背負い、楽園を追放されるところからですね』

『違うよ! ホモ・サピエンスが誕生するところからだよっ!』


 キリスト教に準拠した人類誕生を答えるというボケを僕が一発目からかまして、立花先生がノリ良くツッコんでくれた。人によっては「ふざけているのか」とキレてもおかしくないような前振りなのに、よく付き合ってくれたものだと思う。



「正直、貴様の成績なら、まず間違いなく松浦大には受かると思う。理数系科目をもう少し補強すれば、国公立大学への進学も夢ではないと思うが」

「危ない橋は渡らない。絶対に勝てると確信しているときにしか、勝負に出ない。僕はそういう男ですよ、桜井先生」

「相変わらずのひねくれ加減だな。うむ、さすがは私の惚れた男だ。そうでなくては養い甲斐がない」


 そこは加点ポイントになるのかよ。ダメ男ばかり好きになってしまう女の人ってごくまれに存在するらしいけど、あれに何か近いものを感じる。まあ、その仮説が正しければ、僕がダメ男ということになってしまうのだけれど。

 もし僕が桜井先生を振って他の人と付き合ってしまったら、先生が他のダメ男に引っかかって不幸な目に遭ってしまうかもしれない。そうなるくらいなら、僕が先生をお嫁に貰った方がお互い幸せなのでは――って、何を考えているんだ僕は。危うく、正常判断を下せなくなるところだった。 

 結婚って普通はもっとこう、前向きな動機でするものじゃないだろうか。少なくとも、「結婚しないとこの人が不幸になるかもしれないから」という動機では結婚しない方が良い気がする。仮に、万が一、この物語のゴールに立っているのが僕と桜井先生だったとしても、前向きな動機で立っていたいものである。



「ともかく貴様も私も、週一でデートをしても学業に影響が出ない程度には、良好な成績を維持しているようだな。今後、会える頻度が落ちることもあるだろうが、会えるうちは会っておこう」

「ですね」


 僕も頷いた。


「お互い、無理せずに会える機会をつくりましょう」

「うむ。会えないと、その……寂しい、からな」


 桜井先生の頬に赤みが差している。自分の台詞に自分で恥ずかしくなったのか、刹那、僕から視線を外した。


「最近、私は変なのだ。夜、自分の部屋で一人になると、いつも貴様のことばかり考えてしまう。おかげでよく眠れん。私はもう、貴様なしでは生きていけないかもしれない」

「桜井先生、そ、そこまで僕のことを……」


 向こうは覚悟を決めている。僕も態度を決めるしかないのだろうか。彼女と共に生きていくと、彼女が他のダメ男に引っかかるくらいなら僕が幸せにすると、そう決意するしかないのか。


「すまん。さすがに誇張しすぎたかもしれん。本当は、寝る前に『今日も井上は可愛かったな、ふふっ』と一人でこっそりほくそ笑んでいる程度だ。そして毎日7時間寝て、健康的な生活を送っているぞ」

「いやだいぶ盛りましたね⁉」


 台無しじゃないか。僕の決意を返せ。


「だが、一人の時間に貴様のことを想っているのは本当だぞ。――改めて伝えよう。私は貴様が好きだ、井上」


 再び視線を戻し、桜井先生は凛として告げた。


「貴様が自分の短所だと思い込んでいることのほぼ全てが、私の目には長所として映る。私は井上のことを愛している」


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