31 突然のおうちデート
なお、星加さんとも連絡先は交換してある。今後、何か相談する度に出前を頼むのもなかなかの手間だし、出前を頼んだからといって確実に星加さんが来る保証はないからだ。
ただ、先述したトークルームには、まだ彼女を追加していない。一応第4ヒロインに名乗りを上げかけているものの、本当に僕へ好意を寄せているのか、だとしたら好きになった理由は何なのかが判然としないからである。
さて、渾身のアイデアが否決されたことで途方に暮れた僕は、またもや星加さんを頼ることになった。というか、それくらいしか方法が思いつかなかった。ぼっちを舐めてはいけない。
放課後、メッセージアプリで「また相談してもいいですか?」と送ると、ややあって位置情報が送られてきた。近所のコンビニを示している。徒歩でも全然行ける距離だ。
星加「そんじゃ、1時間後にそこのコンビニに来て~」
僕「わ、分かりました」
ずいぶん急だなと思いつつも、今の状態で勉強に集中できる気もしなかったので、了承。時間の15分前くらいになって家を出て、てくてく歩いてコンビニへ向かう。
「おっは~」
「もう夕方ですけどね……」
夕日を避けるように、星加七海は駐車場の隅に立っていた。今日の服装は、タンクトップにジャージ。うん、いつも通りだ。皆でファミレスに行ったときのダウナー系がむしろ例外で、普段着はこっちなのだろう。
ていうか、またしてもタンクトップだった。ノーブラか否か、シュレーディンガーのタンクトップ問題再びである。星加さんが下着を付けているかどうかについて考えないようにしながら、僕は「急にすみません」と頭を下げた。
「あれから自分でも色々考えて、皆にアイデアを出したりしてみたんですけど、納得してもらえなくて。やっぱり僕一人でどうにかなる問題ではない気がして、もし良かったら、また知恵を貸してもらいたいです」
「お安い御用だよん。じゃ、まあちょいと買い物してから移動しましょっかねえ」
にまにま微笑むと、星加さんはコンビニの店内へ入っていく。さりげなく僕のシャツの裾をつまんでリード(?)してきたところに、大人の女性の余裕を見た。
「井上君、何か飲みたいものある~?」
「えっと……じゃあ、カフェオレで」
「おっけ~。私はフルーツティーにしようっと」
何度か来たことのあるコンビニなのだろう。どの棚に何が置かれているか熟知している様子で、星加さんは目当てのドリンクをカゴへ入れていく。
「今日はお姉さんの奢りなのです。えっへん」
セルフレジでササッとお会計を済ませたかと思うと、星加さんはまた僕のシャツの裾を引っ張って、店の外へ誘導した。え、イートインで飲み物を飲みながら軽く話すのかと思ってたけど、そうじゃないのか。
「あの、これからどこに行くんです?」
「私の家~!」
「突然のおうちデート⁉」
何てことだ。先日、栞や桜井先生に「校外でのデートは、初めてなのにその一回で判断するのはいかがなものか」と苦言を呈されたけれど、あろうことかその二人を差し置いて、星加さんが僕とデートする展開になるとは。しかも、いきなりおうちデート。
相談に乗ってもらうという明確な目的があり、かつ飲み物も奢ってもらっているので、僕としては非常にこの流れから脱しづらい。めちゃくちゃ断りにくい。
「えっ⁉ ち、違うよ~!」
意識せずに、自宅に誘ったのだろう。途端に星加さんは赤くなり、ふるふる首を振った。
「別に、変なことしようって言うんじゃないから。この辺ってお洒落なカフェとか少ないし、仮に遠出してカフェに行っても、この時間帯だと井上君の同級生と鉢合わせる可能性があるからね~。今日はお母さんの帰りが遅い日だから、家でも良いかな~って」
「……一応聞きますけど、お父様は?」
「いないよ~」
あっけらかんとした口調で、彼女は言った。そして、すたすたと歩き出す。
「うち、母子家庭だからねえ。お父さんはずっと昔に、お母さんと離婚しちゃったの。で、他の女の人と一緒になっちゃった」
「そ、そうだったんですね。大変ですね」
慌てて後を追う。どうやらおうちデートをするのは星加さんの中で既に決定事項になっていて、実家のある方向へ向かっているらしい。
「ううん、大丈夫だよ~。人生、意外と何とかなるもんだよ。……ただ、お母さんが苦労してるのを見て育ったから、『私は必ず素敵な人と結ばれよう。そしてお母さんにも心から喜んでもらおう』って思ってるのはあるかなあ」
振り向き、ちょっと照れくさそうに笑う星加さん。
『25歳独身フリーター、彼氏なし、実家暮らし。役満すぎて鬱ですな~。あーあ、白馬の王子様が現れて、私を養ってくれたらなあ。ちらっ!』
彼女は以前、あんなことを言っていた。
素敵な恋人と巡り合って、あわよくば養ってもらう。仕事が長続きせず、アルバイトで生計を立てている星加七海からすれば、正直、高望みだと非難されても仕方がない夢かもしれない。でも、だからこそ、理想の人と出会えたときの喜びは大きいのだろう。
「……その素敵な人とやらは、もしや僕のことだったりするんでしょうか」
「ピンポンピンポン、大当たり~!」
「ちなみに、僕のどこを好きになったのか聞いても?」
そう尋ねると、星加さんはもじもじし始めた。さっきまでテンション高めだったのに。
「う~んとね。死んだ元カレに似てるから、ってことにしとこうかな!」
「何なんですかその理由!」
雑にはぐらかされてしまった。外見じゃなくて中身を見てほしい。
そんなことを話しているうちに、星加家に到着した。思ったよりご近所さんだった。敷地面積は決して広くないけれど、いぶし銀の瓦屋根が印象的な、ザ・日本家屋といった趣の建物である。
「ささ、どうぞどうぞ~」
玄関で靴を脱ぎ、階段を上がって星加さんの部屋へ。ドアプレートに「七海」と書いてあるのですぐ分かった。
「お邪魔します」
星加さんの部屋は整理整頓が行き届き、すっきりしていた。デスクに鎮座しているのは、ゲーミングPCと思われる長方形の物体と、大きなゲーミングモニター。モニターは画面が湾曲していて、なんかかっこいい感じのあれだ。
パソコンは毎年のようにより高性能なグラボやCPUが発売されるから、最新のものを揃えようとするとかなりお金がかかるらしい。ゲーム配信に使うからとはいえ、フリーターの収入で揃えるのは難儀したろうと思われる。僕自身はパソコンに詳しくないけれど、運動会準備のときに伊藤がそういう風なことを言っていたっけ。
「ふふーん。ゲーム配信中、手元を映すこともあるからねえ。誰に見られても恥ずかしくないように、部屋は常に綺麗にしてるんだよう。あ、私はこっちのゲーミングチェアに座るから、井上君はベッドにも腰掛けててね~」
「は、はい。では、失礼して……」
待て、落ち着け。伊藤に吹き込まれたパソコンの知識が先行して、ついパソコンをじっくり眺めてしまったが、よく考えなくても僕、女性の部屋に上がるの人生初じゃないか? なんか良い匂いするし。ベッドふかふかで、可愛いぬいぐるみとかもそこら辺に置いてあるし。年上とはいえ、やはりこれは「女の子の部屋」だ。
もはや、ノーブラか否かなどどうでもいい。女性の部屋に上がってしまった事実に比べれば、些末な問題だ。いやしかし、ノーブラの女性の部屋に上がり込むのと、ノーブラでない女性の部屋に上がり込むのとでは、意味合いが違ってくるのではないだろうか。ブラの有無はそっくりそのまま、警戒心の有無。いやいや、何言ってるんだ僕は。
「あれ~、もしかして井上君、緊張してる?」
心を読んだかのように、星加さんは心配そうに僕の顔を覗き込んだ。
「ごめんねえ、急に連れてきちゃって。お姉さん、何でも話聞くからね~。まあまあ、飲み物でも飲みながら、ゆっくり話してみなさいな」
こうも近距離で覗き込まれると、角度的に星加さんの胸の谷間が見えそうで見えない。ノーブラか否か問題が一向に解決しないことをやや残念に思いつつ、僕は「実は」と話し始めた。トークルームを作成して二つの案を出したけれど、あえなく却下されたことを微に入り細に入り語った。
「なるほどねえ。井上君、頑張ったんだねえ」
うんうんと頷き、星加さんは不意に、その華奢な手を僕へ伸ばしてきた。何をする気なのだろうと思っていると、彼女の手のひらは僕の頭を優しく撫でた。
「よしよし。偉いぞ~。わしゃわしゃ」
「……」
謎の安心感。これが母性というやつか。
「あの、それで星加さん。僕はこれから、一体どうしたら良いと思います? 正直、もう良いアイデアが浮かばなくなってしまって、限界を感じてるんですけど。下手の考え休むに似たりというか、もはや考えるのを諦めて最初から有給休暇取ってるまでありますよ」
「そうだねえ。井上君は馬鹿正直だからね~」
にへら~と笑って、星加さんは僕の頭を撫で続ける。
「話聞いた感じ、井上君の一個目の案だと――つまり、皆と一回ずつデートして決めようってやつだとね。『今週は立花先生とデートします、来週は湯川さんとです』みたく、井上君がいつ誰とデートするかが皆にも大体分かるようになってるんだよね?」
「まあ、そうなりますね」
「言ってみれば井上君は、『○○さんとデートします』って宣言してからデートする状態になるわけだよねえ。でも、そういう騎士道精神めいた心がけは、恋愛においては必ずしも必要ではないと思うよ~。宣言しちゃうと皆が嫉妬したりして大変だろうから、あくまでこっそりと、一人一人個別のデートを重ねていって、それで最終的に判断すれば良いんじゃないかな?」
なるほど。一理あるようにも思えるけども。




