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2 やりたいことリスト

「……で、これのどこがやり残したことなんですか」


 そして、現在に至る。

 あーんし合っての気恥ずかしさがようやく引いてきた僕は、目の前に座っている立花先生をじっと見た。


「待ち合わせ場所に着いたら、なんかJKの制服姿の先生がいるし。説明を聞く間もなく、近くのカフェに連れ込まれるし。もうわけが分からないですよ、僕は」

「ふっふっふっ。では真実を教えようか、ワトソンくん、もとい井上くんっ」


 ブレザーを押し上げる膨らみの前で腕組みし、立花先生はやけにもったいぶって言った。


「私のやり残したこととは、ズバリ! 高校時代に青春っぽいことを何一つしたことがないってことだったのでしたっ!」

「それはカフェで男子高校生とあーんをし合った理由の説明にはなっていても、先生がJKの制服を着ている理由の説明にはなっていません!」

「えー、だって、制服着てた方が雰囲気出て良いじゃん?」



 立花穂乃花は小首を傾げた。畜生、可愛い。元々顔立ちが幼いし体も小さいので、女子大生が女子高生の制服を着ていてもほとんど違和感がない。

 唯一違和感があるとすれば、髪色が明るいことくらいか。この辺の高校は校則が厳しいところが多いから、髪を染めている生徒はまず見かけないのだ。

 と、髪の色について僕が疑問を抱いたのを悟ったからではないだろうが、先生は「私ねっ」と話し始めた。


「こんなこと話しても信じてもらえないかもしれないけど、高校生のときはすっごく地味な子だったんだよっ。黒髪眼鏡で、図書委員とかやってたの」

「信じますよ、僕は」


 黒髪眼鏡というのはどちらかというと陰キャ男子を揶揄した表現である気がするが、僕はツッコミを入れずに続きを促した。


「親も厳しくてねっ、毎日夜遅くまで部活や塾、家に帰っても勉強漬けにされて。遊ぶ時間なんかほとんどなくて、ていうか遊ぶ友達もあんまりできなかったの。悔しかったから私、このメモに『やりたいことリスト』を書いてたんだっ」

「どれどれ……うわ、すごい量ですね」



 ポーチから取り出したメモ帳を見せてもらったが、びっしりと文字で埋め尽くされたページに圧倒された。「制服でディスティニーランドへ行きたい」とか、「学校帰りにファミレスで勉強会やりたい」とか、ささやかで微笑ましい願いでいっぱいだ。現役高校生の僕だって、ここに書いてあることの半分も達成できていない――いや、まあ、僕が典型的な陰キャだからっていうのもあるだろうけど。


「結局、高校時代には全然やりたいことできなかったんだよねっ。今じゃ大学一年生になっちゃったけど、少しでも過去の私の後悔をなくしたいなって思って!」


 リストの端の方にあった「カフェで美味しいパフェを食べる! あわよくばあーんしたりしてみる!」という項目の横に、取り出したボールペンで「クリア!」と書く立花先生。


「私一人でやり残したことをクリアしてると、周りから『コスプレしてるヤバい人じゃん』って思われそうだからさっ。現役で高校生やってる井上くんが一緒に来てくれたら、何かと安心なんだよね。こんな感じで一か月に何回か、私に付き合ってもらおうと思うんだけど。どうかなっ?」

「――良いですよ」


 ややあって、僕は頷いた。



 僕だって、まともに青春できているわけではない。別にクラスで嫌われたりいじめられたりしているわけではないけれど、ただなるべく目立たず、浮かないように息を殺して潜んでいるだけだ。

 18年しかまだ生きていない僕にも、人生には楽しいことより辛いことの方が多いことは分かる。だったらせめて、なるべく楽しいことを増やそうじゃないか。後悔なんて、少ない方が良いに決まっている。僕が協力することで先生の後悔が減るなら、先生の楽しいことが増えて先生の役に立てるなら、嬉しいじゃないか。そう思った。


「ただ、一つ質問があるんですけど」

「何かなっ?」

「立花先生が雰囲気を出すために毎回制服を着てくるっていうなら、僕も制服で来た方が良くないですか? 何でまた私服で?」

「それはね、井上くん」


 立花穂乃花ははにかみ、ほんのり頬を染めた。


「井上くんの私服が私好みで、かっこいいからだよっ!」

「そんなことだろうと思いましたよ!!」


 初回の授業のときと同じ、無地のグレーのシャツを着て来たのは正解だったかもしれない。やれやれこれから大変そうだぞ、と僕は頭を掻いた。



 こうして僕、井上悟と、家庭教師の立花穂乃花は、彼女の「やり残したこと」をやり遂げるためのあれこれを授業外にやることになったのだった。

 先生のやり残したことリストは、まだ一つしか埋まっていない。一か月に何回かのペースで出かけるとのことだが、このペースだと僕が高校を卒業するまでに全部終わらないんじゃないかという懸念もある。

 まあでも、何とかなるんじゃないかな。

 再びあーんされたパフェを一口頂きながら、僕はポジティブに考えた。


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