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28 年上からアドバイス

 さらに一週間が経過した。

 僕は悩んでいた。立花穂乃花、湯川栞、桜井伊織――三人のヒロインとの関係性を、本当に今のまま続けて良いものだろうか。このやり方は本当に正しいのだろうかと。

 決して、現状の体制に不満が出ているわけではない。誰かが困っているわけでもない。誰も傷つかず、誰も損をしていない。

 たとえば、以前なら昼休みのたびに、栞と桜井先生が競って僕にお弁当やお菓子を食べさせようとしてきたはずだ。けれども、今では彼女たちと会う曜日をあらかじめ決めてあるので、そんなことは起こらない。



「火曜日はあたしのターンなんだからね!」

「貴様の胃袋、金曜日に限っては私が掴んでみせよう」


 二人とも、曜日限定とはいえ僕を独占できて、独占禁止法に触れることなく独占できて、嬉しそうに見える。

 ただ、歪だと感じた。接触頻度を均等化して、平等な条件の下で恋愛しましょうだなんて、普通に考えたら不自然だからだ。自由競争ではなくなっている。

 しかし、まさか両親や同級生に相談するわけにもいくまい。自分の息子が家庭教師とデートしていたり、腹黒いことで有名なあの湯川栞が僕に好意を持っていたり、どれもこれも爆弾級の破壊力を持つ情報である。情報を漏らしたが最後、僕を取り巻く環境には焼夷弾が降り注ぎ、焼け野原となるだろう。


「となると、完全なる第三者へ相談するしかないわけだけれど……」


 ふと思い立って、僕は先週と同じ曜日、同じ時刻に、弁当の出前を頼んだ。奇しくも、その日はまた両親の帰りが遅くなりそうだった。



「すみませ~ん、お届け物です~」


 こうして彼女は再来した。僅かながら第4ヒロインの可能性を秘めている、まだ名前も知らない、配達員のお姉さんが井上家に来た。


「おお~、また頼んでくれたんですねえ。ありがとう~。はいこれ、のり弁一つね」


 今夜のお姉さんの服装は、上はタンクトップ、下はジャージだった。どうやらジャージはデフォルトらしい。


「どうもです」


 にまにましながら弁当を渡してくるお姉さん。代金と引き換えに、僕はそれを受け取った。そして、切り出してみた。


「……あの、もしお時間あれば、相談に乗っていただけないでしょうか。家族や学校の人には言いにくい内容なんですが」

「いいよ~」


 思った以上にあっさりOKされた。拍子抜けである。前回来たときは、早めに撤収していたのに。



「今日はこれから一雨来る予報だから、元々この辺で切り上げようと思ってたんだよねい」

「そ、そうなんですね」


 立ち話もあれなので、上がってもらうことにした。お姉さんをリビングに通し、テーブルを挟んでソファに座って向かい合う。よし、お茶も出したし、我ながら人並みにおもてなしの精神があるな。おもてなし検定というものがもしあったら、一級くらい取れるんじゃなかろうか。


「で、相談というのはどういう系なんでしょうなあ。うむむ、家族にも相談できないとなると、まさか……お客さん、妊娠しちゃった?」

「僕はタツノオトシゴじゃありません!」


 ある種のBL作品では、男性も妊娠するらしい。一方、百合で妊娠する展開ってあんまり見ない気がする。大学で卒業論文を書くときは、この差異の原因究明をしてみようか。いや絶対しないけど。



「話すと長くなるんですが、実は今、三人の女性となるべく均等な接触頻度を持つように調整していまして」

「すご~い。ハーレムですなあ」


 ぱちぱち、と拍手するお姉さん。嫌味とかではなく、素直に感心しているようだ。


「まあ、『気づいたらハーレムめいた状態になっていた』というだけで、最初からこうしようと思っていたわけではないんですけどね……」


 僕は三人のヒロインのプロフィール、出会った経緯、ハーレムっぽくなってしまった理由などについて簡単に説明した。


「というわけなんですが、最近、本当にこれで良いのか不安になってしまって。配達員さんはどう思います?」

「ほむほむ」


 タンクトップのお姉さんは考え込んだ。この人、喋り方がいちいち面白いんだよな。癒されるというか。


「星加七海!」

「えっ?」

「私の名前だよん。まだ名乗ってなかったからねえ」

「……」



 唐突に名乗られた。まあ、この流れでお互いの名前を知らないのも、変と言えば変かもしれない。

英語にすると、スタープラス・セブンオーシャン。ううむ、チェリーブロッサム・グッドケージの方が語感は良いな。やっぱり英語で呼ぶのはやめよう。当たり前だけども。


「名前の由来は世界の七つの海らしいんだけど、海なんて宇宙から見れば一個しかないって思わない? ほぼ全部繋がってるし。何なら陸だって太古の昔はパンゲア大陸でほとんど一つだけだったんだから、海も陸も地球上には実質一つしかないと言えなくもなくない~?」

「思想強いですね。あ、僕は井上悟って言います」


 超大陸パンゲアと、現在の地球にあるような大陸は、何十億年という周期で交互に形成されるらしい。超大陸は乾燥した気候になりやすく砂漠地帯が広がり、生物の多様性に乏しいんだとか。人間が住むには苦労が絶えなさそう。

 でも、大陸が一つしかなければ移動はめちゃくちゃ便利そうだし、言語や人種の違いによる壁も今ほどないんじゃないかな。案外、悪いことばかりでもないかもしれない。

 と、パンゲア大陸についてしょうもない考察をしつつ、僕も礼儀として名乗った。



「うーん。私は頭良くないから、難しいことは分かんないけどねえ」

「実はパンゲア大陸のことを詳しく知らないって意味ですか?」

「違うよ~! 井上君の相談内容についてだよ~!」


 星加さんはお腹を抱えて、おかしそうに笑った。しまった。日頃、現代文の読解問題に取り組んでいるくせに、こんな簡単な問題でミスをするとは。

 いや、白状すると、僕は他の問題で頭がいっぱいで、脳のリソースをこっちにあまりs割けなかったと言った方が正しい。他の問題というのは、パンゲア大陸ではない。パンゲア大陸は、僕が真に考えるべき問いから目を背けて集中するために、僕が生み出した影武者のようなものだったのだ。

 真に考えるべき問題とはすなわち、「星加さんのタンクトップの下はノーブラなのか?」ということである。これはゆゆしき問題だ。もしノーブラであれば、僕は今、ノーブラの女性を家に上げているということになってしまう。破廉恥である。ワンチャン、PTAから苦情が来るレベル。


 星加さんにバレないようにネットで素早く検索したところ、タンクトップには、カップが付いていて下着を着なくても良いデザインのものもあるらしい。また、パッと見分からないが、紐のないブラを内側に付けているパターンもある。つまり、可能性は三通りだ。カップ付きのタンクトップゆえのノーブラか、紐なしブラを着用しているか、あるいはカップなしかつノーブラか。三分の二、つまり約66%がノーブラだ。降水確率で66%というとほぼ間違いなく降るので、この場合もほぼ間違いなくノーブラということで良いんじゃないだろうか。

 しかし、カップ付きのノーブラとカップなしのノーブラでは、雲泥の差がある。女性経験がある人ならば、見ただけでどっちか判別できるのかもしれないけれど、僕には無理だ。想像するしかない。

 ただ、自分の相談に乗ってくれている女性がノーブラかどうか考えることの無意味さというか、馬鹿馬鹿しさというか、恩を仇で返している感にだんだんといたたまれなくなってきたので、この辺でやめることにした。



「シュレーディンガーのタンクトップ……」

「えっ? 何て?」

「いえ、何でもありません。それで星加さん、僕の置かれている状況についてどう思いましたか?」

「えっとねえ、私がまず思ったのは……恋愛って普通、『早い者勝ち』じゃないかな? ってことかな~。皆で足並み合わせなくても、別に良いんじゃないかなあ?」


 それは正直、自分でもちょっと思っていた。


「でも、桜井先生は『三人の前提条件を揃えるべきだ』って。過ごした時間が長い方が有利なのは当然だからって、言ってましたけど」

「うにゃー、それがそもそも違うと思うなあ。愛情の大きさと一緒に過ごした時間は、必ずしも比例しないよ~」


 猫みたいに大きく伸びをして、星加さんは言った。


「たとえば、何年も妻と連れ添った夫がある日突然不倫しちゃった、なんてニュースをたまに聞くじゃん? 長く一緒にいた奥さんよりも、最近出会った他の女性に強く惹かれてしまったということだよねえ」

「た、確かに……」


 言われてみれば、アニメでも幼馴染が負けヒロイン枠だったりするもんな。



「要は、ケースバイケース。恋愛の価値観なんて人それぞれなんだから、あんまりその桜井先生? って人のペースに吞まれちゃダメだよ~」


 超的確なアドバイスじゃないか。こんなに参考になる助言をくれた人がノーブラかどうか考えていたとは、僕は何てダメな奴なんだ。最低だ、僕って……。


「なるほど。ただ、僕が指摘しても、桜井先生が方針を変えてくれるかどうか分からないんですよね。あの人、一度決めたら梃子でも動かないところがありますし」

「そうだよねえ、相手が年上の女の人だと、なかなか言いづらいよね~」

「星加さんはあまり年上って感じしませんけどね」

「え、そう⁉ 若く見える~? わーい!」


 解釈は人それぞれだ。


「よしっ。では、ここはお姉さんにお任せあれ。桜井先生よりもさらに年上、アラサーへ片足突っ込んでいるピチピチの25歳、星加七海。この星加七海に清き一票を投じていただければ、桜井先生を上手く説得してご覧に入れましょう~」

「何で選挙演説みたくなってるんですか……」


 ついでに「アラサーなのかピチピチなのかどっちなんですか」とツッコむことも可能だったが、やめた。自ら地雷を踏みに行くことはない。

 それにしても、やはり25歳には見えない。20代前半、ワンチャン大学生か。ああ、どうして僕の周りには、年上の女性ばかり集まるのだろう。同い年なのは栞だけじゃないか。


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